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春をはじめよう。

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●未来へと、継なぐ

 暑い。
 これも春、なのか。
 あの雨の日は感じることがなかったが、恨めしいくらいに好天のこの日、彼らを迎えた魍魎島は、酷暑の島という本来の姿を見せていた。ドライサウナの中に置かれ、ぶすぶすと燻されているようにすら思える。
 だが暑さになど構ってはいられなかった。陽炎がゆらめくような灼熱の地を、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は探し求めていた。
 探しているものが見つかるという確証はない。いやむしろ、見つからない公算のほうが高かろう。それでもレンは投げ出す気はなかった。少なくとも、ともに探索しているメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)、あるいは七枷陣が得心いくまでは、どこまででも付き合うつもりだ。
(「確かに俺たちは彼女を助けることができなかった。しかしその事実から目を逸らしてはいけない。
 ……助けられなかった事実をどう受け止め、どう次に継ないでいくか。それが肝要だ」)
 レン、陣、そして彼らのパートナーたちが求めているものは、ほんの小さな希望だ。別の言い方をするならばそれは……この島、この場所で没した大黒美空のコア機晶石であった。
 レンは事前に、大黒美空最期の地を陣に知らせていた。レンはリュシュトマ少佐やクレア・シュミットと同じ船で上陸し、陣たちは別ルートでここを目指したのだが、結局、この場所で合流することになった。
(「大黒美空にひときわ思い入れがあるのは、陣だろう……特に、あの日同行できなかっただけにな」)
 陣が美空の死とどう向き合うのか……友として、応援してやりたいとレンは思う。
 半ば岩場、半ば硬質の土の上を這い回るようにして陣は捜索に没頭する。もし、希望があるとすれば、それはクランジΙ(イオタ)に撃ち抜かれた大黒美空のすべてを司るパーツ、コア機晶石の残存しかない。
(「普通に考えれば、コアの機晶石も砕け散ったと……思う。それでも、天文学的な確率……限りなくゼロに近い可能性であっても、もしかしたら無事に残ってるかもって……」)
 砕け散った美空の体はもう修復できない。修復しようがない。しかし機晶石さえ無事ならば、そこから再生の望みもあるのではないか……。
(「オレはアイツとまともに話した事がない。何も話さないまま終わってたまるか。この現実に足掻く、最後まで!」)
 決戦の日、魍魎島の地を踏むことのできなかった己と運命を呪ったところでなにができよう。今、陣は陣ができうる最大の努力に賭けていた。
 だが土をすくうたびに、岩をどけるたびに、陣は失望と無力感を味わうのだった。もともと、教導団があらゆるものを回収した跡である。もし機晶石のように重要なものがあればとうに発見されていたとしてもおかしくない。
 そんなことを考えるとたちまち、惨めな気分がのしかかってきた。
(「また守れなかった。オレは誰一人守ってやれない……!」)
 悔やんでも悔やみきれないものがあった。
(「オレは彼女たちにとってヤマアラシか……疫病神だったんやろうか。オレが深く触れたファイス、クシー、澪……そして美空……」)
 ファイス・G・クルーンは、陣が初めて親しくなったクランジだ。殺人機械でしかなかった自らを解放しようとしたファイスだが、果たせず、敵を巻き込んで自爆した。
 クシーこそはそのファイスの仇であった。しかし陣はクシーを許した。それがファイスの望みでもあると思ったからだ。それなのにクシーは悲劇的な姿に変貌させられ、暴走のあげく死亡した。
 クシーの姉こと大黒澪は心を開き、みずから塵殺寺院との決別を宣言したクランジであった。しかしそんな彼女も、やむにやまれぬ理由で我が身を滅ぼした。
 美空は陣にとって残された希望だった。大黒美空の正体はクシーと澪の両者を組み合わせて生み出された機晶姫、別名ΟΞ(オングロンクス)である。美空をこの世界に送り出しのは陣だ。美空が目を開けて、最初に見たのが陣の顔だった。
 ……けれど陣は、美空の目を見つめ返しただろうか。彼女と、向き合えただろうか。
 陣にその自信はなかった。
 リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)も同様に、黙々と捜索を続けている。
 土にまみれ汗にしとど濡れようと、リーズは探し続けた。爪の中が土で埋められて黒い。けれど構ってなどいられない。
 美空と自分たちは、短い期間ながら一緒に暮らした。七夕のイベントにも赴いた。
 しかし、
(「でも! ボクはまだ何も話せてない! 始まってもいない!」)
 悔しかった。彼女が失われて初めて、リーズはそのことに気づかされたように思う。
 感情が渦を巻いていた。リーズが、美空に思うあらゆることが。
 罪悪感とか責任とか、ある意味割り切った考え方はできなかった。
 ただ、会いたかった。
(「だから誰に何を言われても……元に戻らないって分かっててもボクは……ボクたちは!
 もう一度……美空ちゃんに逢いたいんだ……っ」)
 叫んで許されるのならば叫んだだろう。
 泣くことで解決するのであればいくらでも泣いた。
 けれど現実とはそういうものでないことを、リーズは陣との生活で学んでいる。だから叫びも泣きもせず、自らのエネルギーをすべて、捜索に注いだのである。
 小尾田 真奈(おびた・まな)は作業の手をとめ、立ちつくしている。
 ただ立っているのとはもちろん違う。彼女は神経を研ぎ澄ませて『反応』を求めていた。
(「空大で感じた澪様の気配……あのとき感じたクランジタイプの感覚を……」)
 魂で感じたいと願う。
 理論上はどうあれ、真奈は自身の胸の内に魂の存在を覚えているし、これまで出会ってきた幾人ものクランジにもそれを感じた。
 仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)は真奈の姿を一瞥して、すぐにその視線を外した。
 真奈は何も見つけられていないこと、それが読み取れた。
 いや、真奈に限らない。
 レンも、リーズも、陣も徒手である。
 集中しすぎたのか、真奈の足がもつれるのがわかった。そのまま倒れそうになる。そんな彼女を、
「私は、『ある』と思っています」
 メティスが支えた。
「私はあの時、美空さんから出でた二人の魂が天に召されたのを視(み)ました。でもあの二人の想いは、まだこの地上に残されているはずです。残留思念……機械の私たちに魂や心があることを笑う人もいるかもしれませんが、確かにこの胸には、二人の想いを感じて熱くなる心があります。真奈さんも、そうでしょう?」
「ええ……でも」
 真奈は悲痛な声を振り絞った。
「いま、感じられないんです。私は感じられないんです……!」
 残酷な現実がつきつけられていた。

 ――もう、この世界に大黒美空は存在しない。

 磁楠は眼を伏せた。
(「私は知っていた筈だ。零れ落ちた物はもう戻らない事を……なのに今、小僧達と共に彼女の残滓を探している」)
 仲瀬磁楠は七枷陣に眼を向けた。己の分身、もう一人の自分を見た。
(「この地へ召喚された当初と比べて、私は弱くなったのだろう。以前ならすぐに平然と事実を告げ辛辣に叱咤していた」)
 けれど今の磁楠は、陣が落ち着くまで付き合う気になっている。
(「この世界の皆に毒された、のかもな」)

 奇蹟は起こらなかった。
 彼らの捜索は魍魎島の荒野に、コア機晶石の破片と思わしきものしか見つけられないままに終わった。