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春をはじめよう。

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●Epilogue

 コンロン山からの黒煙と西空より流れ来る厚い雲に覆われた空は、決して青くなることはないし、そも、太陽の光とは無縁である。
 ここはコンロン・ボーローキョー。亡者が作った虚栄の都だ。死臭の街と呼ぶ者もいる。闇に沈んだ呪いの都市と、忌み嫌う者も少なくない。
 けれどそれは一面的な見方であると御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は考えている。ボーローキョーではすべてが偽りであり、同時に真実でもあるのだ。人の心がそうであるように。
 この地に駐在したことで、ボーローキョーとて季節は巡ると千代は知った。
(「先日まで雪が降ったり、氷点下になったりと『早く春になりませんかねえ』なんて思っていましたが」)
 宇宙と地続きのような暗黒の空を眺め、彼女はこの気持ち良い朝を胸に吸い込む。
(「いつの間にか、春の足音が感じられるようになってきましたね」)
 夜のみぞ支配するコンロンの気温は低い。けれど千代はこの地でも、三寒四温を感じていた。
 重くて長い冬だった。けれどそれは、もう終わろうとしているのだ。
 本日、非番なのを利用して小さな『春』を探そうと、千代は一人、魔都の郊外へと繰り出していた。
 いくら春が来ようとボーローキョーではコートが必須だが、心のコートなら千代は脱ぎ捨てていた。折しも、先だって婚約したばかりである。心は軽い。いつもは普通に通り過ぎるだけの道のりを、視点を変えて眺めてみる。
「さっそく……」
 千代の唇に紅い笑みが浮かんだ。
 黒いアスファルトの端に、植物の芽が顔を覗かせているではないか。砕けた石畳の裂け目に、白い花が咲いているではないか。陽をほとんど浴びぬゆえ弱々しいが、剥き出しの地面からはつくしすら姿を見せている。
 青い空の下、命満ちあふれる春もいいが、闇色の空の下、それでもたくましい命に、春を感じるのもまたいいものだ。むしろ後者こそを貴重に感じる千代がいる。
「……さて、一通り見てまわっていたら結構いい時間ですね」
 誰に言うわけでもなく独言し、廃墟の庭に適度なロケーションを見出して千代は座った。つくしが見え、わずかながら花もあるこの場所でランチタイムを楽しむのだ。
「今日はお弁当を作ってきました……自分一人で食べるんですけどね」
 苦笑しながらバスケットを開き、常夜の空の下では白さ際だつサンドイッチを取り出す。充実感がある。
(「ふむ……次は彼氏を誘ってこの素敵な時を共に味わってみたいですね」)
 千代は乙女のように、その言葉を呟いたのである。
「春は始まったばかり……♪」

 春が来たのだ。いずれの人のもとにも。


担当マスターより

▼担当マスター

桂木京介

▼マスターコメント

 小さな春、大きな春、ほのぼのする春に愉快な春、感傷をともなう春、ときめきの春……様々な春模様が展開されましたね。皆様のアイデアやアクションの多様さ、豊富さには本当に脱帽です。
 この話になんらかの楽しさや共感を抱いてくださったとしたら、それは参加者の皆様のアクションのおかげであり、私はほんの少し、それを具現化する手伝いをしただけですと言わせて下さい。ありがとうございました。

 それでは、ここで一旦お別れしたいと思います。

 次回シナリオ……は、まったくもって不明、予定もアイデアも全然ありません。
 ですのでもしかしたら、次回シナリオ公開まではこれまでになかったほどのブランクを空けることになるかもしれません。
 ですが必ず、戻って参りますので記憶の片隅にでもとどめておいてくださると幸いです。

 またお会いするその日まで。さようなら。
 桂木京介でした。

―履歴―
 2012年4月29日:初稿
 2012年5月11日:改定第二稿