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リアクション
●No-one but you
その夜、まだ懇親会も半ばだというのリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、
「先に帰るね」
と言って席を立った。
「どうした? まだ……」真司が問うと、
「まだ? これから、でしょ?」
リーラは片目を閉じたのである。
「ずっと心ここにあらず、って感じだったよね? いいのいいの、わかってるから。でも彼女と話したい人、大勢いるみたいだから、懇親会が終わるまで電話するのは待ったほうがいいかもよ」
「ユマのことなんて俺は、何も……」
はっとなって真司は口を閉じた。
「『ユマ』なんて私一言も言わなかったよね〜?」
ウフフと笑ってリーラは手を振ったのである。
「じゃ、がんばって! いい? 緊張しすぎてこわばったら上手くいくものも上手くいかなくなるわ。コツは自然体でいることよ、自然体!」
という言葉だけを残して小走りに姿を消す。
「自然体、って……」
呆然と立ちつくす真司だ。
今から異性に告白、それもストレートに想いを告げるつもりなのに、自然体でなんていられるのか。
その頃クローラも、肩に力が入りすぎた姿をセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)に茶化されている。
「ほら、僕がせっかく、リュシュトマ少佐に頼んで休暇をもらってあげたんだからさ。大事にしようよ?」
「……俺はつぎ、どんな顔をして少佐に会えばいいんだ!?」
クローラは天を仰ぎたい気分だった。
確かに本日、少佐と魍魎島に同行するのは気が引けた。ユマに会いたかったからだ。それを目ざとくセリオスが察知し、クローラ本人の意思を確かめもせず少佐に言って休暇をもらったのである。しかもその理由というのが、
「ユマと一生の話があるって言っただけだよ」
なんてけろりと言うあたり、大物ではないか。
「少佐にバラしたのか!?」
クローラが血相を変えても、やはりセリオスは平然としていた。
「バレてないと思ってたの?」
かくて懇親会に参加できたまではいいが、肝心のユマはなかなか来ず、その間、鉢植えに栄養剤を与えてみたりしてじりじり待つうち、ついに夜になってしまったのだ。
木陰からユマを見守りつつ、ようやくユマが一人になったところで、
「さあ、感じたままを伝えておいでよ」
セリオスは彼を送り出したのだった。
クローラの手には、事件が終わったら渡すと約束していた鉢植えとマフラーがあった。
彼は彼女を呼び止める。
「ユマ……少し、いいか?」
「取りに行くとユマが書いていたプレゼントだ。もう少し落ち着くまで待ってもよかったが、そろそろ季節外れになるかと思って……持ってきた」
クローラはユマに、ゼラニウムの鉢植えとマフラーを渡した。
「は、春にマフラーって……変か?」
「いいえ。むしろ、もっと早くおうかがいしなかった私が悪いんです」
ユマは告げて、プレゼントをしっかりと両手で受け取った。
「ありがとうございます。クローラさん。これでようやく、私の戦いにも区切りがついたのでしょう」
「魍魎島のこと……すまん。あの日は少佐の別働隊にいたため、近くには……」
「いいえ」
ユマは、吸い込まれそうな瞳をして微笑した。
「あの日、私はずっと、クローラさんが守ってくれてるって感じていました。あなたは……私のそばにいたんです。そう思っています」
クローラは決意した。
言うなら、今しかない。
「好きだ」
「えっ……?」
ユマは驚いたように彼を見上げた。
「ユマのことが、好きだ。異性として、人生を共に歩く伴侶として……愛してる」
祈りにも似た気持ちで返事を待つ。
やっと落ち着いて話せるな、と真司は言った。
「そういえばユマとは、じっくりと話す機会はなかなか得られなかった気がする」
少し歩こう、と真司は言い、そうですね、とユマは彼に並んだ。
誰もいない小道を二人きりで歩く。
初めての出会いは二年前……異常繁殖した植物に覆われた世界で、彼は彼女を助けた。
七夕、彼女の浴衣姿は今でもよく覚えている。
百合園では手を繋いだ。あの頃からだろうか、ユマを異性として意識するようになったのは。
二人は思い出話を交わしたが、それが尽きる頃、真司から切り出した。
「ところでユマ、この前花を渡した時に俺が言った言葉。覚えてるか?」
「ええ。嬉しいお言葉でした」
「お前の悲しみを消し去るのは無理でも、傍に居て和らげてやりたい、共に歩んで行きたいと思っている……この先どんな時も、どんな事があろうとも……」
そこから先はユマも唱和した。
「『だから……俺のそばにいてくれないか?』でしたね」
忘れませんよ、と彼女ははにかんだように微笑していた。
「一応、俺なりの想いの告白だったんだが……どうもそんなもってまわった言い方じゃ駄目らしい。だから今回はもっとわかりやすく言わせてもらう」
「わかりやすく……? どういうことです……?」
もう気持ちが抑えられない。真司はユマの正面に立ち、その瞳を見ながら言った。
「ユマ。お前が好きだ、愛してる」
彼女の返答は怖かった。しかし、待った。