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●春の初挑戦 その2

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『少年達のガールズライフ』

 ここは某国、貴族の指定だけが集まる全寮制の男子校。
 この学校のことを一言でいうならば、それは『すごい美形の生徒ばっかり!』となる。
 きゃあ大変、それだけでも事件よね? 違う?
 ところが本当事件というのはここからーっ!
 その日、20XX年4月某日の朝、登校する生徒たちの頭上でダイヤモンドかオパールか、ともかくまぶしい光がきらりんと輝いたわけ。
 それは隕石。遠い宇宙から飛来した謎の隕石だったの! サッカーボールくらいのね。
 つまり学校の上空に、きらり輝ける隕石が落ちて来ちゃったわけ! 校庭の中央に落下した隕石は、そのぴかぴかの光を強め、なんと学校全部を、美しくも悩ましい怪光線で包み込んじゃった!
 それが何を引き起こしたと思う?
 それは悲劇……?
 もしかしたら喜劇かも。
 じゃなくてその両方かもかも!
 だってこの謎の光線の影響で、男子校の生徒は全員女子になっちゃったんだもん!
「マジかよ……俺、女になってる〜!」
 そんで女の子になった体に戸惑いとかを感じつつも、こう女の子同士でべたべた体を触りあう百合百合な展開に〜。顔は綺麗でもやっぱり年頃の男の子、ちょっと大変なことまで試しちゃうよ!
 かくてはじまるは、恋愛あり微エロあり宇宙人とバトルもあり! のハートフル青春ストーリー!

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 と、いう手書きのメモを、レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)ロレンシャ・カプティアティ(ろれんしゃ・かぷてぃあてぃ)に見せた。
 ここはシャンバラ、百合園女学院の学生食堂。
 メモを舐めるように熟読するロレンシャの表情をどう読んだものかわからず、レロシャンは固唾を飲んで彼女の反応を待つのである。それはまるで、採用面接の結果を待つ就職活動学生のよう。
 ここに至る経緯を多少くわしく書こう。
 このところレロシャンは、自分に起こった変化を自覚しつつあった。きっかけは先日ちょうど十八歳になったことだろうか。どこがどう変わったか説明しようとすると難しいのだが、何か良い意味で解放されたというか、変に気負ったところがなくなったというか、楽に生きるようになったという感じである。少なくとも自分自身は『好ましい変化』だと思っているものの、実際のところはどうだろうか。
「あのさー、私さ、最近性格変わったかなって思うんだけど実際どうなのかなって」
 その日、食堂で向かい会いながらレロシャンは双子の姉妹ロレンシャに言った。
「自己確認になるかなって、小説を書き始めたわけよ」
 なかなか飛躍した『自己確認』ではあるが、たしかに内面を外に出してみる一つの方法ではあろう。
「へえ〜、ものぐさで武闘派の姉さまが小説を……あ、失礼。コホン、それでどのような内容なのですか?」
「よくぞ聞いてくれました。これなんだけどね……」
 そう言って取り出したが、上記メモなのであった。ここに転載したのはその大枠であるところの『あらすじ』であり、これにつづいて何枚か、実際に書き始めた文章もあった。
「どう、かな……? これは私の夢の一つを詰め込んだんだー……実際できると思うんだよねー。性転換経験した人も何人かいるわけだしさ」
 などと言いながらちらちらと、ロレンシャの反応を待つのだが、なかなかロレンシャは読み終わらない。じっくり一度最後まで読んだものの、すぐ冒頭から読み返す。
 そうして、ついにロレンシャは顔を上げたのである。
「意外性があって楽しいですわね。お世辞ではなく、姉さまの人柄が出た内容だと思います。このまま書き進めていただきたいものです」
「ほんとっ!?」
 そう言われてレロシャンが嬉しくないはずはない。『人柄が出た』という言葉で創作意欲も高まった。
「ふふ、お話づくりって楽しいですわよね」
 と微笑する妹の顔をみて、レロシャンは思い出したことがあった。
「ロレンシャも百合小説書いてるんだよね、ちょい見せてよ〜」
 そもそもレロシャンが筆を執ったきっかけのひとつは、妹が同人界ではなかなか名の知れた小説書きということがあった。ロレンシャはこれまで、恥ずかしがって書いたものを見せてくれなかったが、自分のものを見せた今なら読ませてくれるかもしれない。同人小説家の実力、見せてもらおうではないか。
「そういうことでしたら……」
 ロレンシャは応じ、自分の鞄をさぐって一冊のコピー誌を取り出した。
「姉さま以上に百合を書いてますわ。よろしければ、どうぞ」
「へぇー、ロレンシャも百合ものなの? どれどれ……」
 ホッチキス綴じだが厚みがあって表紙も美しい。意気揚々とレロシャンはこれを受け取った。
 
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『ZENRA〜楽園〜』

 とある女子高。
 一面ガラス張りの壁が美しい校舎。

 ある日地味な主人公の少女が、玉のようなお姉様と出会う。
「う、美しい、こんな美貌を持った方がこの世におられるなんて!」

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 上記はこの小説の裏表紙である。
 なお内容はシリアス純愛百合小説であり、登場人物は全員女性、そして全員全裸であった。
 筆致が至らぬゆえ詳しい転載は行わない。ただ、あられもない格好の美少女同士が愛をかわす様子を、微に入り細に入り甘美に優雅にそして丁寧に描写して、男女問わず読む者を耽美の世界に埋没させること請け合いの作品であるということだけ記しておく。
 ここでブーッ! と鳴ったのはレロシャンが、飲んでいた紅茶を鉄砲魚のように噴き出す音であった。
「なんじゃあこりゃあ! あんたって……」
 殉職する刑事のような絶叫とともにレロシャンは妹を、まるで初対面の謎の人物がそこにいるかのような目で見た。
「いやですわ姉さま、百合とは常に新しい美ですわ。解放感と裸体の美しさがテーマなんですの」
 ロレンシャはけろりとしている。さすが人気作家、そもそも『一面ガラス張りの校舎』などという狂った設定を、実にリアリスティックに、『むしろ硝子張りでない校舎のほうがおかしいのではなくって?』という気になるほど丹念に書き上げているところにレロシャンは舌を巻かざるを得ない。
「しかしおわかりですか? この内容では決して、いわゆる『十八禁』にはならないと思うのです」
 ロレンシャの言う通りだった。エロチシズムな描写は一切排除しており、直接文章で問題のある表現は使っていない。
「それゆえに、純粋な宝石のような美しさがあるだけなのです……自画自賛のようで申し訳ないのですが」
「ふーん、そういえばたしかに、読んでいて妄想しちゃうかもしれないけれど、元の文章はけっしてエッチでも下品でもないよね……いやロレンシャってすごいよ」
 我が妹ながら、なんという才能なのだろうか。
 ちょっと、自分の小説に自信がなくなってきた……そんな顔になるレロシャンを察して、ロレンシャは彼女の手を取った。
「これはあくまで私の表現ですわ。姉さまは姉さまの表現をしていただきたく思います……。お話づくりって楽しいですわよね? そのことを忘れないで下さいましね」
 そうだよね、とレロシャンは心を入れ替えた。
 がんばって書き上げてみよう。これが自分を知るきっかけになるかもしれないのだから。