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タイムリミットまで後12時間!?

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タイムリミットまで後12時間!?

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第1章 誘拐事件


 夕暮れ時のヴァイシャリー。
 それまで賑わいを見せていた、大通りの人が疎らになっていくと、水に囲まれた美しい都も、蒼が一斉に紅く様変わりをする。
 その中で一人の少女が、一軒のアンティークショップの前に立ち、中を覗き込んでいた。

「遅くなっちゃった……。けど、この人形可愛いよね。」

 彼女の名前はレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)
 浮かれ気分になる春休みに、ヴァイシャリーで買い物を楽しんでいたのだが、不思議な魅力のあるビスクドールに目を奪われてしまったようだ。
 先に行こうとする、パートナーのミア・マハ(みあ・まは)の声も耳に入らないかのように、彼女はそこに立ち尽くした。

「この人形が気に入ったのぉ?」
「えっ?」

 すると、横にレイシアが立っていた。
 レキシアは嬉しそうにレキに話しかけ、隣に立っていたミアを無視するように、彼女を店の中に誘っていく。
 無視されたのが口惜しかったのか、ミアは一人で商棚を眺めていた。
 だが、30分……1時間と過ぎ……、いつまで経ってもレキは戻ってこない。

「いったい、何時まで待たせるつもりじゃ! レキ! レキィー!?」

 さすがに心配になったミアが、店員に聞くと【そんな客は見ていない】との返事が返ってきたと言う。



 ☆     ☆     ☆



 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)のパートナーである、テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)も同じ店を尋ねていた。
 いつもはマリカの教育係で忙しいテレサも、春休みで油断していたらしい。
 店内に並ぶ見事な人形を、彼女は細く白く透き通るような手で持っていた。
 感銘……それ以外に表現は無い。

「これを造った造詣師は、きっと繊細な心を持ってるわね。」

 テレサは人形の造詣師に興味を持ちながらも、マリカの事を思い出す。

(……この繊細さをマリカさんに分けてあげたいわね。はぁ……。)

 マリカの女らしさを磨くために、教育係になったテレサだが、普段は色々と大変なのだろうか。
 しかし、そんな彼女の心の隙間に入り込むような影が近づいてきた。
 スッーと、音も立てずに忍び寄るようにだ。

「あなたもそのビスクドールに興味があるのね。」
「えっ?」
「造ってるところ見たい?」

 魔女はガラス球のような蒼い瞳で、テレサを覗き込んだ。
 吸い込まれるようなレイシアの誘い……。
 思わず、頷いてしまったテレサは夢遊病のように、レイシアの後を歩いていったと言う。



 ☆     ☆     ☆



 同じ様な事件は、他にも起こっていた。
 雑踏の中を、ホームランをかっ飛ばす為に作られた【野球のバット】を振り回しながら進む男がいた。
 それまで賑わいを見せていた大通りも、男を避けるように道を開く。
 そして、彼は立ち止まった。場違いなアンティークショップの目の前で……。

「むぅ、遅くなってしまった……。しかし、この人形。素敵だが……男の人形がない。」

 彼の名前は南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)
 頭の中は常に春休みな彼は、ヴァイシャリーで買い物を楽しんでいたのだが、不思議な魅力のある人形に目を奪われてしまったようだ。
 隣の川を泳ぐ、パートナーのオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)など気にせずに、彼立はその場で唸った。

「やはり、男の人形は人気がないのか。それでは絵描きさんは困らないのか? 例えば、筋肉のある人形があっても良いのではないか!?」

 そう思った光一郎は、「これはいかん!!」とばかりに走り出しだそうとすると、横にレイシアが立っていた。
 レイシアはディスプレイの中の人形を指差すと、自分が造ったと説明する。
 その可憐で妖艶な美しさに、光一郎はノックアウトされると、【メタモルブローチ】を発動させてしまった。

「ビスクドールのモデルにしてして〜ん!」

 彼女の胸元めがけて飛び込んだらしいが、その後はよくわかっていない。
 勿論、オットーもそんな事とは露知らず、夕日で紅く染まった河をバタフライで下っていたと言う。



 ☆     ☆     ☆



 まるで、神隠しのように一人、また一人と姿を消す生徒達。
 イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)や、泉 美緒(いずみ・みお)らが状況を危惧し、救出に挑むのも無理は無かった。
 だが、イングリットらよりも先にこの事件を察知し、執事であり、パートナーでもあるサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)の制止も聞かずに、レイシアの屋敷に乗り込んだのは白鳥 麗(しらとり・れい)であった。
 麗は次々と消える百合園の仲間の行方が調査し、ちょうど、イングリット達が来る三十分ほど前に、魔女の屋敷に辿り着いたのだ。

「……不気味な屋敷ね。どうやら、ここの主にはおしおきが必要なようですわね?」

 周囲に明かりはなく、屋敷の中はかなり暗い。
 麗は捨て置かれたように見える人形達をかわしつつも、奥へと進んでいく。
 すると、部屋の隅から嘆きの声のようなものを感じた。
 麗は慎重に部屋の隅に近づくと、ウォールナット製の台の上に敷かれたシルクの布の上に、数体の人形が置かれている。

「……これは?」

 その中に、見覚えのある生徒に似た人形があった。
 顔に猫のヒゲの落書きがしてあるが、同じ百合園女学院の学友で、ポニーテールが印象的なレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)だ。
 そして、その人形は正確に言えば声ではないが、テレパシーのようなものを麗に伝えてきた

『ヤバイと思って逃げようと思ったけど、魔女に呪いをかけられちゃった……どうせならもふもふがいいよー! やり直しを要求するー!』
「!? な、なんて事なの!!?」

 麗は驚きのあまり、声を失った。
 その他の人形たちもどこかで見た覚えがある。
 これは行方不明になった者たちの末路らしかった。
 しかも、良く見れば人形達の奥の壁に、結界を作り出す黒い蛙の姿があるではないか。
 油断した! 麗は身を翻そうとしたがすでに遅かった。

「く……! 屈辱ですわ……! 貴女の様な悪党に屈して、百合園の学友の方々を助けられないだなんて……! ぶっ飛ばして差し上げようと思ったのに……!」

 ヘキサグラム(六方星)に組まれた黒蛙の触媒が作動し、魔女の呪いが発動する。
 麗の身体が、黒い呪詛に囚われつつ、上下に伸び縮みながらその姿を変貌させていく。
 美しい金色の髪、大きな胸、カモシカのように引き締まった足、全てが硬く陶磁器のように変化した。
 罠……、気づいた時には麗は人形となり、魔女レイシアの手の中に収められていた。

「あらぁ〜、これはこれは、性格はともかくとして、髪の綺麗な人形になりそうですわぁ。」
(ちょ、ちょっと、何をジロジロと……しかも、その台詞ッ! 覚えてらっしゃい! 今は負けを認めますけど……必ず私は貴女をッ……!!)

 深い眠気が麗を襲った。
 急激な身体の変化に耐え切れなかったのか、呪法の副作用なのかはわからない。
 だが、一つわかるとあるとすれば、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)を脅迫する材料が増えた事だけだった。



 ☆     ☆     ☆



 レイシアの屋敷から少し離れた平野で、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)は待っていた。
 12時間以内に【聖水ネクタル】を持ってこないと、人形にされた者たちは元に戻らないらしい。
 目的地のイルミンスールの森までは、小型飛空艇の速度で片道3時間、往復で6時間。
 近くにいる生徒らに連絡を取ったが、残り時間はほとんどないと言ってもいいだろう。

「早く、早く、時間が無いですわ!」

 焦るあまり、親指の爪を噛むイングリット。すると、彼女の元へ生徒らが駆けつけた。
 最も早く辿り着いたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、彼女のパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。
 ルカの持つ空飛ぶ箒シュトラウスは、小型飛空艇の4倍の速度で機動力は抜群なので、遠い場所にいたルカでも早く辿り着く事ができた。
 ただ、3人しか乗れないのが弱点なのだが。

「イングリット! お待たせ♪」

 ルカは舞うように右手を振るい、優雅に頭を傾げるとイングリットはツンとした表情で応対した。

「ルカ、遅いわよ。まぁ、あなたのパートナーのダリルからテレパシーを受け取ったので、来たのはわかっていたけどね。」
「相変わらず、キツいわね。イングリットは……。そうは思わない、カルキ?」

 ルカはつれない感じに答えると、カルキノスを肘でつついた。

「俺に賛同を求めるな。それに他の連中も集まってきたぞ。」
「ほえ?」

 同じく空飛ぶ箒シュトラウスで、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が急行してきた。
 小夜子は箒を横にし、杖を両手で掴み、足をブラブラとさせながら口を開く。

「さっ、早く、ネクタルとやらを汲みに行きましょうよ。この箒は3人乗りだから、私とエノンとイングリットさんで。」
「そうそう、私の【ライド・オブ・ヴァルキリー】でスピードはさらにアップよ。」

 エノンは馬をなだめるように、箒のブラシの部分を撫ぜあげる。
 確かに、強化された『バーストダッシュ』である、スキル【ライド・オブ・ヴァルキリー】とシュトラウスのコンボに匹敵する速度を持つものはなかなかいない。

「待った! 待った、待った! 置いてくなよ!!」

 その時、他の生徒たちも現れた。
 皆、泉 美緒(いずみ・みお)らを助ける為に集まった者達だ。
 ……が、個性豊かな連中が揃うと、なかなか意見は一致しないのが世の常である。



 ☆     ☆     ☆



 中にはパートナーが人形に変えられてしまった者もいた。
 テレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)が、人形に変えられてしまったことを聞かされたマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は、かなりのショックを受けていたようだ。

「え? じゃ、じゃあ、テレサが死んじゃうの!? そんなのやだよ。『聖水ネクタル』、早く見つけないと……だめ、足が、体が震えて……」

 そうしている間にも、時間は刻一刻と迫ってくる。
 生徒らは、こうしようああしようと動こうとするが、目的地は広大で、危険な野生生物が棲むイルミンスールの森だし、ネクタルと言う、どこに湧いているのかわからない水を探すのも簡単ではない。
 イングリット自身も焦っている様子を見せている。

「落ち着いてよ、イングリット。あなたが焦ってたら、助けられるものも助けられやしないわ。」

 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、イングリットを肩を抱くとなだめるように声をかける。
 確かに彼女の言うとおりだった。

「……まずは作戦を立てましょう。」

 生徒らは輪になって、作戦会議を行う事にした。
 情報を集めるもの、森へ向かうもの、時間が制限されている以上、複数の隊に分かれて行動するのが論理的である。
 情報は頻繁に取り合い、単独行動は避けなければならなかった。
 広大な森は方向感覚が狂いやすく、底なし沼などに嵌れば、命を落とす可能性もあるからだ。



 ☆     ☆     ☆



 そこで急遽、即席のメンバーが振り分けられた。

 【第1班】
 イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)
 エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)

 【第2班】
 瀬島 壮太(せじま・そうた)
 上 公太郎(かみ・こうたろう)
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)
 バスティアン・ブランシュ(ばすてぃあん・ぶらんしゅ)
 ミア・マハ(みあ・まは)
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)

 【第3班】
 サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)

 【第4班】
 マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)


 この4班である。
 そのうち3班と4班は、森には行かず、単独で情報収集するようだ。
 そして、これより【聖水ネクタル】の探索が始まる。