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リアクション
■
それにしても近ごろは通り魔のせいで夜の散歩も疲れてしまう、と雪 汐月(すすぎ・しづく)はため息をついた。
今歩くような路地裏など人気もなく、明かりも少ないとくればいかにも通り魔が出てきそうで、常に気を張ってなければならない。いい迷惑だ、と汐月は思う。ならば事件が沈静化するまででも路地裏を歩くような真似は止めればいいではないか、そう言われるかもしれないが、性格的に人通りの多いところはどうにも好きになれない。そういう性格でこれまで生きているのだから、普段から路地裏を歩くようにしていて、もはや習慣だ。一時的にでもその習慣を曲げるのは、なにやら通り魔に負けたようでちょっとだけ癪だと思う。
「それに……個人的な恨みはないけど、見つけたら見逃すわけにはいかないと思うから……」
事件のことはあまり詳しくないし積極的にどうにかしようとも考えていない。だから、通り魔に遭遇するようなことがない限り関わるつもりはなかった。
汐月の道を塞ぐような形で人が現れた。
「……あなたが、通り魔?」
人気のない路地裏で突然現れるような相手が、真っ当な人間だとは思えなかった。
もの言わぬ相手に対して、汐月は身構えた。
マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)は微かな物音を聞き咎めた。
後になって、よく聞き逃さなかったものだ、と思うほど小さな音に、なにか確信があったわけではない。正直に言えば、野良猫の縄張り争いかゴミかなにかでも転がった音で、わざわざ確認する価値はないだろうと思わなくもなかった。が、どうせ手がかりもなにもない、これこそ刑事(志望)の直感だと信じて、表通りから裏路地へと入っていった。
明かりの弱い路地の中、目を凝らして先を見れば二人の人間が向かい合っている状況だった。さっきの物音はこの二人によるものか、と若干警戒を強めた。
いよいよもってこれは怪しい。心なし緊迫した雰囲気で、こんな裏路地で好き好んで逢引をしていると考えるよりは、なにかの裏取引でもしていると考える方がしっくりきた。
さらに言えば、まさしく今調査している通り魔が、これと定めた相手を人気のない場所まで引き込んだものではないのか、マイトはそこまで考えてずんと足を一歩進める。
もはや声をかけない理由はない。半ば思い込みではあるが、これ以上の被害者は決して出さない、という確かな正義感から、マイトは二人に対して鋭い声を上げた。
「そこでなにをしている?」
汐月が振り向いた。汐月と向かい合っていた相手は、マイトの声とほぼ同時、一もニもなく、マイトとは逆方向へと走りだした。
「待て!」
逃げるのはやましいことがあるからに決まっている。捕まえるために後を追うが、走り出したところで汐月のことを思い出し、足が止まった。彼女は逃げないから、やましいことはないと見える。となれば被害者の側である。放っておくわけにはいかない。
「怪我はないか?」
「うん……特には」
「そうか」
安堵の息をついて逃げた先を見やるが、逃げた相手の姿はもう見えない。
「逃したか」
仕方がない。気持ちを切り替えてマイトは汐月へと質問した。
「奴は? 例の通り魔か?」
「かもしれない……。聞いても、なにも答えなかった」
「そして逃げた、か。やはり怪しいな。限りなくクロに近い。それで、君は? こんなところでなにをしていたんだ?」
「歩いてて……あの人が急に現れた。ただそれだけ」
「こんなところをか? 通り魔が出没している中、このような場所に足を運ぶのは……」
「通り魔のことは一応、知ってる。でも、いつものことだし、もし見つけたら捕まえた方がいいのかなって……」
なるほどな、とマイトが頷いた。
「つまり、君も奴の凶行を放ってはおけないというわけだな」
「ん……一応そうかな」
「では、同じ目的を持つ者同士として協力し合わないか? 囮として動きたいと思っていてな。ちょうど噂話の妹役が欲しいところだったんだ。ああ、女性を危険な目に合わせるつもりはない。付いてきてくれるだけでいい」
汐月は頷いた。事件に積極的に関わるつもりもなかったが、自分の力を必要としているのなら、手伝おうと思うから。
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