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空京の通り魔

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空京の通り魔

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 犯人は犯行現場に必ず戻る。常套句である。それが、霧島 春美(きりしま・はるみ)が人気のない脇道に足を運んだ理由だった。
「最新の事件現場はこの先だよね、お兄ちゃん」
 くるりと振り返ってカリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)に確認する。
「おう、ここやな。三人目の被害者が襲われた場所」
 カリギュラが手元の新聞に目を落として答えた。
 春美の見回すそこは、表通りから一つ脇へと入った、地元の小学生がちょっとした近道に使うような道だった。その先には公園があり、そこが第三の通り魔事件の犯行現場だった。
 質素な公園もあったもので、遊具といえばジャングルジムと申し訳程度の砂場が見えるだけ、あとはベンチ一つという小さな公園だった。やはり一つきりの、大して明かりも強くない電灯が働く今の時刻は当然誰もいないし、昼間であっても子どもがこの公園で遊んでいるとはあまり思えなかった。
「だいたいこの時間に、この公園で気絶して伸びてるところを発見されたのが今んとこの最新の事件やな」
 春美が不敵な笑みを浮かべた。
「そしてそれが最後の事件だよ、お兄ちゃん。なんたって、このマジカルホームズが動き出したんだから」
 胸を張って宣言する。頼もしいことや、とカリギュラが微笑んだ。
 事件現場に来たのは、犯人の痕跡や手がかりを見つけることを期待してのものでもある。そうはいっても、ぐるりと見渡せばなにを見逃すこともなさそうな狭い公園に、それらしきものがあるようには見えなかった。
「事件から少し日も経ってるし、仕方ないかな」
「せやけど、ここに手がかりが見つからんと、他の場所だって似たようなもんやろ。これからの方針はどうするんや?」
「他のとこも回りながら、向こうから来てくれることを期待しよう。ほら、そのための工夫もしてるんだから。ね。えーと、アーティ」
「まぁ、そやな。あー、セッカ」
 胸を張る春美のジャケットにはセッカのネーム入り。カリギュラの着るジャケットも同じようにアーティのネーム入りだった。春美の言う工夫とは二人で犯人が狙っているらしい「セッカとアーティ」に成りすまして通り魔をおびき出そうというものである。わざとらしさすら感じる名前呼びも工夫の一環であり、こうした小さな積み重ねが実を結ぶと春美は信じている。
 それに、探偵は必ず犯人に引き合うものだ。なんたってかのシャーロック・ホームズはそうだったのだから。
 視界の端に人影が映った。首を動かしてそちらを向くと、ゆっくりと歩いてきた。なんの根拠があるわけでもないが、通り魔だと、ほとんど確信していた。
「お話を聞こうと思ってたんだけど……」
 若い男だった。
「なんか話なんて通じそうにないね」
 右手にトンカチを持ってするような物騒な挨拶もない。噂と全然違うじゃん、と思ったが、そうくるならやることは一つだけだ。
 春美は腰を落として、カリギュラに向けて言った。
「お兄ちゃん、後ろに下がってて」
 春美のやる気にカリギュラがにやりと笑った。
「おけおけ、ほなボクは離れたとこから指示したるわ。存分にやりな。危なくなったらボクも加勢したるわ」
 カリギュラが春美の後ろに下がって動きを見極めるため男を観察する。
 男が向かってくる。


「物好きよね、セレアナも」
 パートナーの意向に、セレンフィリティは呆れ切った顔を向けるほかない。
 先を歩くセレアナが振り返った。
「そうかしら?」
「そうよ。相手が武道家だから自分の強さを確かめたい、って、それはいいけど、通り魔が武道家だなんて所詮噂よ? どこまで信用していいのやら」
 今更言われずとも、セレアナは百も承知だろうとはセレンフィリティも思う。それを承知の上でこうして通り魔を探し求めて歩き回っているのだから、セレンフィリティは呆れてしまうのだ。
「現実的なのはセレアナの役目だと思ってたけど」
「いつもセレンの尻拭いをしてるんだから、たまには逆になってもいいじゃない」
 悪くはないけどさあ、とセレンフィリティは歯切れ悪く答える。セレアナはセレンフィリティの様子に微笑んで茶化すように言った。
「セレンじゃあるまいし、無茶はしないわよ」
 むぅ、とセレンフィリティが唸ってセレアナが声を立てて笑った。
 収穫のない時間が過ぎて、やがて、
「すまない、少し尋ねてもいいだろうか?」
 人気のない場所だった。いよいよ来たかな、とセレアナは思う。
 セレンフィリティとセレアナの前方から現れた若い男は、二人の警戒した表情に気付いたか、口を閉じてがりがり頭をかいた。
「弟と妹を探している、かしら?」
 セレアナは慎重に相手との間合いを測りながら言い放った。俗に言う一足一刀よりは少し遠い。当然、素手の間合いからはだいぶ遠い。突然襲いかかってこようと、対応してお釣りが来る距離だ。
 セレアナは一歩詰めた。お釣りは望めない距離。男が眉をしかめる。
「……言っておくけど、俺を通り魔だと思っているなら、違う」
「そう言って油断したところを、がつん、かもしれない」
 余計な言葉を使うつもりはないの、とセレアナは構えた。今の言葉が真実かどうかは知らない。分かるのは、めちゃくちゃ姿勢がいいこと。姿勢がいいからといって武道が強いとは限らないが、ちょっとは期待できるだろう。後のことは、それこそ少年漫画的に言えば、戦えば分かる、とセレアナは思っている。