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リアクション
院内に入ってすぐに涼介がダリルを発見した。
「いた」
仕事に一段落が付き、休憩しようと廊下を歩いているダリルがいた。
「事情を話そう」
「ダリル!!」
ローズが涼介にうなずき、分身がダリルを呼ぶ止めた。
「……?」
呼び止められたダリルは足を止め、自分の所に急いで来る三人を迎えた。
「どうした?」
ただ事ではない様子を察し、訊ねた。
「分身を消す解除薬と美絵華ちゃんの分身は戻って来たんだけど」
涼介が事件がほぼ解決した事を話した。
「そうか。それで何かあったのだろう?」
涼介の話し方から続きがある事を察したダリルは話を促した。
「その解除薬がこれでちょっとしたトラブルで空になったんだけど」
二人のローズが役立たずになった解除薬を見せた。
「新たに作ろうと思っているんだ。手伝ってくれないか?」
「ルカルカから手伝ってくれるかもと」
涼介が呼び止めた理由を話し、ローズがルカルカの推薦である事を話した。
返事はすぐに返ってきた。
「……急ごう。あまり時間は無いんだろう」
ダリルは休憩を取りやめ、解除薬製作の手伝いに入った。
「ありがとう」
「通常と効果が違うから解除薬も強力にしないと」
二人のローズは礼を言い、涼介はこれから作る薬の事を考えていた。
予想外の効果に通常の効果を発揮する解除薬では意味が無いと。
この後、四人は病院の調合室を借り、解除薬を作り始めた。
四人は『薬学』を持ち、ローズと涼介はそれと共に『医学』を持っているので薬の製作は問題無かった。その上、ダリルの『ゴッドスピード』により時間はかなり短縮された。
医療の心得のある四人が作り上げた解除薬はロズフェル兄弟が作った薬よりも最高の出来だった。
解除薬を待つ間、美絵華は改めて自分の分身と対面していた。
「……」
車椅子の美絵華はじっと立っているもう一人の自分を見つめた。
「……私、こういう風に」
上から下に分身を見た後、ぽつりとつぶやいた。
「なりたいんだろう、走れる自分に。マイナス思考だと治るものも治らん。この分身は、治った後をイメージするにはうってつけだろう? イメージしてみてくれ」
エヴァルトはうじうじが始まった美絵華に言った。
「……うん」
こくりとうなずき、じっと分身を見つめる。
「……走ってて楽しかった? マラソンのコースを走ってたんでしょう」
美絵華は分身に訊ねた。何か吹っ切れるきっかけになればと。
「楽しかったよ。でも、邪魔されてゴール出来なかった」
分身はにっこりと笑って答えながらも邪魔をした人達の方に振り向いた。
「……それは事実だからな」
真司は否定しなかった。言葉通り事実なので。
「だからね、その続きはあなたが走ってよ」
「……私が?」
「……うん。どうなるのか分からないってだから諦めちゃだめだって。本当はちょっとだけ怖いだけで」
分身はちらりとカンナの顔を見てから話した。
「それにすぐに終わるって言ってたよ」
「……でも手術をするのは私であなたじゃない」
やたらに励ます分身に苛立った美絵華は思わず、言った。
「……そうだけど。でも治って欲しいって思って」
正論なので何も言い返せずに言葉を失い、泣きそうになる分身。
「その通りだが、辛い気持ちは同じように持っている。それは分かっているんじゃないか」
優が誰かが何か言うよりも先に厳しい言葉を投げかけた。
「……」
泣いている分身を見る美絵華。優のように分かってはいる。自分の分身という事は辛い気持ちも一緒に持っているだろうと。だから逃げたのだと。
「……泣かないで下さい。美絵華ちゃんは分かっていますから」
陰陽の書が泣き出した分身に微笑み、慰めた。分身はこくりとうなずいて腕で涙を拭った。
「……本物が分身を泣かした」
「……あちゃー」
脇で余計な事を口走る空気を読まない双子。
「……そなたらは少し大人しくしておるんじゃ」
場を乱す事件の張本人達にルファンが注意をした。注意をしなければまた無駄な騒ぎを起こすだろうと察して。
「……はい」
注意をされた双子は静かに黙った。
「……美絵華」
聖夜は美絵華に声をかけ何か言うように促した。
「……分かってるよ。私も分身も走るのが好きなことは」
そう言って美絵華は黙った。苛立ちを鎮火させ、心の中でみんなに言われた事や自分の気持ちを改めて整理している。自分が何をしたいかを。結局残るのはただ一つ、走りたいと。そのために手術が必要だと。
しばらくして、考え込んでいた美絵華の元に解除薬を作り上げた四人が戻って来た。
「あ、ダリル!」
「解除薬は出来た?」
解除薬製作組が戻って来るなりルカルカはダリルの姿を見つけ、分身は薬の事を訊ねた。
「……問題無く」
ダリルは静かに答えつつ車椅子の美絵華の方に視線を向けていた。
「効果も強化してるからどんな分身でもたちどころに解除出来るはず」
涼介が解除薬について話した。
「……美絵華ちゃん」
解除薬を持ったローズは分身と共に美絵華の元に。
「……大丈夫」
「解除薬を使って」
美絵華はうなずき、分身はにっこりと笑った。
「それでどうやって街に散布するんだ?」
真司が最もな事を訊ねた。
その問いかけに調子よく悪戯双子が乗り出した。
「ここは俺達に任せろ」
「最後の仕上げはオレ達の役目!!」
そう言いつつローズから薬をかすめ取り、何やら不気味な薬品を注ぎ始めた。こういう時ばかりは最高の素早さを見せる二人。
「おい、何入れている」
止めようとするダリル。
「……嫌な予感するぜ」
注ぎ込まれ、どす黒い色に変化する液体を眺めながらウォーレンが一言。
「また騒ぎを起こすつもりですか」
エッツェルも止めようとする。二人が動いて何も起きないはずはないので。
「……まだ間に合います。そこでやめて下さい」
陰陽の書が優しく言う。
「やめろと言われてやりたくなるのが俺達」
「今度は心配無用だぜ」
ロズフェル兄弟は周囲の言葉など意に介さず、手を止めない。
液体を全て注ぎ終わった。
そして、起きるのはまたまた予想通りの
バフンッ
大爆発。
「……大成功!」
「これで一気に散布だぜ」
爆発共に解除薬は空に舞い上がり、雨となって降り注いだ。
満足そうに眺める双子。
「喜ぶのはいいけど、今後もう少し後先考えてするんだ。最初の目的も忘れて……」
涼介が楽しそうにしている双子に軽く説教をした。
「……だってなぁ、キスミ」
「まさか、こんな騒ぎになるなんて思わなかったんだ」
説教をされた二人はうなだれた。
「……あなた達は本当に」
涼介はうなだれる二人にため息をついた。この双子は今回の事を重大に思っていないのは明らかだ。また何かやらかすに違いない。
「……全く」
優は、降り注ぐ解除薬と説教をされてしょんぼりしている双子を呆れたように眺めていた。
「優、解決して安心だね」
隣に零が立ち、呆れの他に隠れている優の思いを見て取り、笑みながら言った。
「……まぁな」
優は零の笑みに答えた。
「……これで街の方の騒ぎも収まるな」
真司も雨を見上げながらつぶやいていた。
「ルカが消えちゃうよ」
「バイバイ」
少し悲しそうにルカルカは消えていく笑顔の分身を見送った。
「お疲れ様」
「そちらもね」
ローズと分身は互いに労い合った。
「じゃな、2号」
「おう、1号」
エヴァルトは清々しく別れをした。
「……手術をして早く元気になってくれよ、お姫様」
和輝の分身は、最後まで優しいまま消えていった。
「……ありがとう」
美絵華は自分の世話を焼いてくれた和輝の分身に礼を言って見送った。
「……あっ」
「約束だよ」
そして、美絵華の分身も消えていく。消える間際、小指を立てた。美絵華はゆっくりとその指に小指を絡めてしっかりと約束をした。少し寂しそうに。
「……もう、大丈夫かな」
カンナは分身と約束をしている美絵華の様子を眺め、少し安心していた。
「……心も元気になったみたいだな。これなら」
ダリルは解除薬の雨を楽しんでいる美絵華を見守りながら言葉を洩らした。
「……手術は成功するかのぅ」
ダリルがどのような用事で来ているの知っているルファンは訊ねた。
「……あぁ」
言葉少なにうなずいた。
「じゃ、この騒ぎも無駄じゃなかったって事だな」
ダリルの言葉を聞いていたウォーレンは、しょんぼりから復活して騒ぎまくっている双子を見ながら言葉を洩らした。
「……美絵華ちゃん、元気になったよ」
アニスは嬉しそうに言った。
「途中、どうなる事かと思ったが」
みんなの励ましを台無しにしようとしていた分身を思い出しながら息を吐いた。
「これで和輝さん、一人になったから安心ですぅ」
ルーシェリアは消えていく分身から隣の和輝の方に顔を向けた。
この後、三人は静かに病院を出て行った。
みんなは美絵華と夕花に見送られながら病院を後にした。
ダリルは病院に残り、仕事に戻った。