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少女に勇気と走る夢を……

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少女に勇気と走る夢を……

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第一章 頑な少女との対話


 美絵華の分身が走り去り、街がとんでもない事になっている頃、病院の中庭。

「美絵華、どこか行きたい場所はないか? そこに分身がいるかもしれない。教えてくれないか」

 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は美絵華の分身を追う前にある程度の見当を付けようと美絵華に訊ねていた。

「……マラソン
 美絵華は小さく答えた。

「そうか。助かる」
真司は『ゴッドスピード』でマラソンコースに急いだ。

「……こんにちは、事情は聞いたよ。私、見習いだけどお医者さんなんだよ。だから、美絵華ちゃんが辛いの分かるけど、頑張って欲しいな。ねぇ、もし分身薬の改良薬が作れたらプレゼントさせてくれないかな?」

 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は解除薬捜索の前に少しだけ美絵華に話しかけた。

「……薬なんかいらない。分身薬なんてあたしが頼んだんじゃないもん」
 すっかり苛立っている美絵華からまともな答えは返って来ない。

「……ごめんね、美絵華ちゃん」
 夕花がおろおろと謝っている。

「……それでもいいよ」
 ローズは怒らず笑顔だった。手術前で心が荒れているだけだと分かっているから。
 そして、真司の話を聞いていたローズはマラソンコースを中心に解除薬捜索に行く事にした。

「マラソンコース、か。会って話をしたいな」
 ローズの後ろにいた斑目 カンナ(まだらめ・かんな)も動き始めた。音楽家の夢を諦め、自暴自棄になっていた自分と重なったカンナは何とかしたいと思っていた。

 その後、三人と入れ違いで美絵華と夕花を励ます最初の一人がやって来た。

「ほえ? ルカ?」
「ルカだよ」

 友達の見舞いのために来ていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は分身薬を浴びて外見も中身もそっくりの分身を目の前にしてた。

 顔を見合わせ、この状況を受け止めた二人は

「ま、減るよりいいよね♪」

 と同時に声を上げた。

「……何か不安そうな子がいるよ」
「どうしたんだろう、行ってみようよ」

 ルカルカが苛立ちながらも不安気にしている美絵華と夕花を発見し、分身と仲良く手を繋いで行った。

「何かあったの?」

 二人のルカルカは同時に夕花に事情を訊ねた。
「実は……」
 夕花は分身騒ぎの事、ローズやカンナ、真司が解除薬捜索に行った事を話した。

 事情を聞いて怒ったり困ったりするのかと思いきや

「……だから、ルカが二人になったのか。あはは♪」

 楽しそうに二人のルカルカは感想を口にして両手タッチをしてから美絵華に顔を向けた。

「自分のせいだって思ってるのね」
「お薬を取りに行ってるって聞いたよ。大丈夫、きっと取り返してくれるから」

 自分の責任に顔を伏せている美絵華にルカルカは彼女の頭を撫で、分身は解除薬は大丈夫だと彼女に目線を合わせてにっこりと笑いかけた。

「そうだよ。大丈夫」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が言葉を挟んだ。ルカルカと夕花達の話しを耳にして医者見習いとして美絵華の心から不安を取り除きたいと思ったのだ。

「初めまして、美絵華ちゃん。この騒ぎは、美絵華ちゃんのせいじゃないよ。全ての責はあの双子にあるよ。魔法薬というものを軽々しく扱うべきではないからね。だから、君が気に病む必要は無い。とりあえず、あの二人は帰って来てお説教かな。まぁ、懲りずに悪戯を続けるだろうけど」

 涼介はルカルカの励ましに続いて自分も彼女を励ます事にした。ほんの少し事件を起こした迷惑双子に苦笑を浮かべていた。同じ学校なので双子達の悪戯ぶりはよく耳に入っていたりする。

「……でも」
 じっと分身被害に遭ったルカルカと気遣う涼介を見た。

「分身、なかなか面白いよ、折角だから楽しむかなってね」
「何事もポジティブシンキング、明るく、楽しく♪」
 二人のルカルカは事件に巻き込まれても気にしていないと笑った。

 しばらくして、ルカルカと夕花の話を近くで聞いていた者達が集まってきた。

「話を聞いた。自分に責任があると思うかい?」

 ルカルカが夕花達と話しているのを聞いて御宮 裕樹(おみや・ゆうき)が現れた。
 内心、分身薬がどこまで散布されたのか気になりながらも他の奴らが見つける事を願い、美絵華と話すためにやって来た。

 裕樹は美絵華の前に屈み、

「―――率直に言えば、その通り、この騒ぎの原因の……少なくとも一端は、治らないと自棄になっている君にあるよ」

 裕樹は会ったそうそう突き放すような事を言った。ルカルカや涼介の言葉とは真逆の事を口にする。

「……だって治るって言われてた薬でも治らなかったんだよ。治るはずなんかない!!」
 当然、美絵華はカッとなって怒りを吐き出す。

「そう思っている限り手術は成功しないな。周りの人がどんなに頑張っても君自身が無理だと思っていたら絶対に成功しない」
 突然、現れた神崎 優(かんざき・ゆう)が裕樹の話に加わり、さらに厳しい励まし役が増えた。

「こんにちは、美絵華ちゃん。俺は神崎優だ。街で君の事を知って会いに来た」
 優は改めて挨拶と自己紹介をした。

「その通りだ。薬で治ると言われて治らなかったと言っていたが、まだ一度上手くいかなかっただけだろう? 今度は上手く行くさ。凄腕の医者が担当するんだろう?」

 優の自己紹介が終わるなり、裕樹は大した事はないと少し厭味っぽく続けた。
 嫌われてもいいと思いながら自分なりに励ます裕樹。まだ12歳の彼女が自棄になるのは当然だと思いながらも。

「だからって上手く行くなんて分からない。失敗するかもしれない」
 励まして素直に元気になるほど幼い子供ではない美絵華は苛立ちながら言い返した。

「……確かに手術はしてみなければ分からないが、だからと言ってこのままというわけにはいかないだろう? 辛い事があって不安だろうが、変える事の出来ない過去の事をいくら言っても無駄だ。変えられるのは未来だけだ。未来はいくらでも変える事が出来る。変わりたい、変えたいと君が強く願って行動すれば、必ず答えてくれる」
 挨拶を終えた優がなおも厳しく続ける。

「まぁ、実の所、世の中上手く行かない事だらけだ。俺なんぞ初めから上手く行った事なんて一つ足りとて無い。だが、優の言う通り変えられるのは未来だけだ。諦めてしまえば、どんな事だって叶わない。逆に言えば、諦めないで努力して初めて“夢”は叶いうるんだよ」
 ここで裕樹は厳しさに緩みを持たせ、自分の事を引き合いに出した。

「……努力ってしたよ。苦い薬も痛い注射も我慢したしうんざりする検査だって」
 美絵華は努力という言葉に敏感に反応し、言葉を荒げた。すぐに良くなると信じて今まで頑張って来たのに。

「その努力を後もう少しだけ続けられないか。そうすれば、きっと何もかも変わる」
 優は裕樹の言葉を続けた。どんなに考えても美絵華がするべきは努力しかないから。

「そんな事みんな言ってる。もう少しで良くなるって我慢すれば歩けるようになるってもう少し入院すれば元気になるって、ずっと、前から!!」
 入院してからいろんな人に散々聞かされた言葉。美絵華も最初はそう思っていた。薬治療が失敗するまでは。

「きっと今度の手術で最後だ。俺も俺のパートナー達もそうやって、今ココにいるんだよ。だから変わろう。辛かった時の事をバネにして、絶対に走れるようになるんだ!! って強く願って手術を受けよう。それが君の最後の努力だ。ほんの少し勇気を出す事が。どうしても勇気が出ないなら俺が一緒にいてあげる」

 美絵華の怒りの目に涙が浮かんだのを見て優は表情を少しだけ綻ばせ、膝の上で握り拳を作っている手に触れた。

「……」
 美絵華はじっと優を見るだけで言葉を発しない。

「……あとは、任せるか」
 裕樹はそっと退場した。言うべき言葉は言った、形にするべき思いは形にしたので。

「優達が辛い事を言って傷付けてゴメンね。でも悪く思わないで。美絵華ちゃんの事を想ってあんな言い方をしたの。だけど、絶対に嘘は言わないよ。私も美絵華ちゃんのように何度も諦めそうになって辛かったけど優に出会って勇気を出して話し掛けて、今はそのお陰で優と結婚が出来て幸せなんだよ」

 優と一緒に来ていた神崎 零(かんざき・れい)は、優しい言葉で優と裕樹のフォローをする。

「……」
 優は、零に微笑まれ、少し困ったように顔を背けて美絵華から手を離し、後ろに下がろうとしたが、腕に零が抱きついてきて逃げられなくなった。

「零だけではありません。私も聖夜も優の優しさによって心や孤独が救われたんです。お陰で今は自分の事を責めずに前を向いて歩く事が出来ているんです。ただ、周りや私達の事を想うばかりで自分の事を考えず疎かにしがちなのが困った所なんですけどね」

 陰陽の書 セツ那(いんようのしょ・せつな)は零の話が終わり、間髪入れずに言葉を挟み、少しふくれっ面をして優をちらりと見た。

「入院して孤独で心が荒れるのは分かる。俺も孤独で荒れていたから。だけど、変わらないか、一緒に来ないかと優に手を差しのべてくれたお陰で仲間や大切な人達に出会える事が出来たんだ」

 今度は神代 聖夜(かみしろ・せいや)が陰陽の書の後を継いだ。怒ったり泣いたりする美絵華の様子から病気で走れないという事でたまらないほどの孤独を感じ、それが手術に対する不安に拍車をかけているのだろうと推測していた。

 優や零、陰陽の書に聖夜は互いにうなずき合い、笑顔を美絵華に向け、

「独りじゃ辛くても俺達が一緒にいる。勇気を出して頑張ろう。今まで出来なかった事を今度は思いっきりしよう」
「美絵華ちゃんもこの日をきっかけに頑張ってみませんか」
 聖夜と陰陽の書は自分達の励ましの終わりを言葉にした。

「……でも、手術を受けるのは私だもん。それに頑張ろうって何度も聞いた。その度に私、頑張った。なのに今歩けてない」

 美絵華は優しく励ましくれた四人に顔を向けた後、飾りのような存在になった両足をぼうっと見つめた。使う事がなくなって萎えてしまっている両足。

 ……この少し前、裕樹が新たな励まし役となる二人と出会っていた。