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リアクション
第三章 空の散歩と分身祭り
事件発生源である病院の中庭では、励ましや説教を受けた美絵華が病室に戻るとわめいていた。
「ちょっと、美絵華ちゃん。せっかくお兄ちゃんやお姉ちゃんが美絵華ちゃんのために来てくれたのに。もう少し居ようよ」
グリップを握る夕花はそれを止めようとする。美絵華が元気になるせっかくの機会を逃すわけにはいかないので。
「やだ、戻る!!」
「お願いだから」
美絵華と夕花は行く行かないの攻防を始めた。
さすがの夕花もこの時ばかりは少しムキになって車椅子のグリップを必死に握っていた。
その攻防の末、
「うわ!?」
美絵華は車椅子から落ちてしまった。
誰かが美絵華に駆けつけるよりも先に助けに現れたのは、和輝の分身だった。
「大丈夫か?」
和輝の分身は、美絵華を起こして抱き抱えた。車椅子に座らせるのかと思いきやナンパな性格を発揮し始めた。
「……大丈夫だよ」
聞かれて答える美絵華。
「このまま俺とデートをしよう。こんな騒ぎ、君が気にする事は無い」
抱き抱えたまま美絵華を口説く。
「……」
美絵華は戸惑った様子で和輝の分身を見ている。
周りにいる他の者達は、登場した和輝が分身である事を見抜いていた。イメージの事を考えていた和輝にとってほんの少しの救いだった。
「……ナンパだね」
「……分身かな」
ルカルカは本人と違う性格に声を上げ、ルカルカの分身は正体を当てた。
「分身だな。和輝も被害に遭ったのか」
優も分身である事を察した。
「……絶妙のタイミングだな」
あまりに素晴らしい登場にウォーレンが言葉を洩らした。
「……あの、美絵華ちゃんを助けてくれてありがとう」
夕花は倒れた車椅子を元に戻し、恐る恐る声をかけた。ターゲットしか目に入っていない分身は彼女には答えなかった。
「この騒ぎを楽しんでいる奴もいるんだ。気にする事は一つもない。君には気晴らしが必要だ」
アニスの発言通り美絵華から最初に会った時のアニスを重ねている和輝の分身は、口説くというよりは、世話を焼きたがっているように見えた。
自分の分身を追う和輝、アニス、ルーシェリアが病院の中庭に到着した。
「あ、あそこに……っ……ストップ!和輝! 偽者を消すのは……もうちょっと待とう?」
先に見つけたアニスは、排除しようとする和輝を止めた。
「待とうって」
車椅子から落ちた美絵華に近付く分身。明らかにナンパ目的だ。どこに躊躇う理由があるのかと和輝は聞き返した。
「排除じゃないんですかぁ」
排除の準備万端のルーシェリア。
「……あのね、その、何となくだけど、あの子がアニスに似てる気がするの。だから、偽者でも、あの子を救えるんじゃないかな」
アニスはゆっくりと二人に理由を話した。
美絵華を見かけた瞬間、親近感を抱き無意識に分身に彼女を助けて欲しいと思ったのだ。
「……確かに今、美絵華ちゃんを救ってはいたが……はぁ、分かったよ。だから、そんな顔をするな。まぁ、俺の分身があの子を助けるかもって言うのなら、見守ってやるさ……」
和輝は冷静に目の前で転んだ美絵華を抱き起こしている分身を眺めながら言い、じっと訴えるように自分を見つめるアニスに答えた。
「和輝、ありがとう」
嬉しそうににっこりと笑った。
「それなら私も見守るですぅ」
和輝が排除をしないならこちらもする必要は無いのでルーシェリアは構えていた剣を下ろした。
「お姫様、歩けなくてもこの俺が姫の専用の脚になる。それでどこに行こうか?」
「……病室」
美絵華は、和輝の分身から悪意を感じなかった上に世話を焼こうとしている事に気付き、行こうとしてた場所を口にした。
「そうか。病室でゆっくり話そうか。行きたい所ならどこでも俺が連れて行くから手術が嫌ならやめたらいい。君の心がそれほどに痛むのなら。それを見るのは俺はとても辛い」
励ましに来たみんなとしてはたまらない事を和輝の分身は美絵華に言い、そのまま病室へ向かおうとする。
しかし、そのまま行ってしまっては困る。
「それはだめです!」
強く止める夕花。
「もう少し、話そうよ」
二人のルカルカも止める。
「美絵華ちゃん、考え直して」
美絵華に訴える零。
「……どうせ私の気持ちなんて誰も分からない!! 歩いたり走ったり出来る人になんか歩くことも出来ない私の気持ちなんて!! 友達はみんな走れて私だけ走れなくて置いてけぼりにされた時の気持ちなんて!!」
止めようとするみんなに美絵華は大声で吠えた。
離れた所で和輝とアニス、ルーシェリアはこの様子を見守り、それぞれの思いをつぶやいていた。
「……病室に戻ったらまずいだろ」
和輝は、励まし役の今までの仕事を無駄にしようとする分身に呆れる。
「和輝さん、排除ですかぁ」
ルーシェリアは剣を構えつつ言った。
「……もう少し待って」
アニスはルーシェリアを止めた。病室に戻るなら戻るまで見守りたいのだ。
美絵華は病室に戻ると頑なで和輝の分身は美絵華の言う事しか聞くつもりはないというどうにもならない、美絵華の言葉に切り返す者はいないという状況の時、最後の励まし役が到着し、この状況を止めた。
「……分かりますよ。私は」
裕樹に事情を聞いたエッツェルが静かに美絵華の言葉に答えた。
「……分かるって」
返事が返ってくると思わなかった美絵華はエッツェルの方を見た。
その見る目は怯えていた。身体のかなりの部分が異形と化したアンデッド化している人には見えない人。12歳の子供が怯えるのは当然の事かもしれない。
「……こんにちわ、美絵華ちゃん。話は聞きました」
ゆっくりと近付き、和輝に抱き抱えられている彼女と目を合わせた。
外見はともかく美絵華を見る目は優しい。
「……美絵華ちゃん、大丈夫だよ。この人は怖い人じゃないから。誰よりも美絵華ちゃんの気持ちを分かっているはずの人だよ」
涼介がスムーズに二人が会話できるようにと言葉を挟んだ。
「……私の気持ちを分かってる人」
先ほどまで自分を優しく励ましてくれた涼介の言葉に少しずつ怯えを引っ込めてじっと黒色の瞳を見つめた。
和輝の分身は、美絵華がエッツェルと話したがっているのに気付き、静かに車椅子に乗せた。
「……見ての通り、私は怖い外見です。どんな治療法も秘術もしましたが、相変わらず痛みを吐き出しながら居座っています。足が動けなくなった時の事や辛い入院生活の事、何より薬で治らなかった時の悲しさや辛い気持ちは痛いほどよく分かります」
エッツェルは車椅子の彼女に合わせて屈んでゆっくりと話しながら、少女の両足を見た。どれだけの苦しみを味合ったのか、そしてこの小さな女の子がどれだけ辛い思いをしたのかと。
「……治らないの?」
話を聞きいた美絵華は思わず、エッツェルの右腕に触れた。自分の気持ちを確かに分かってくれていると感じ、治らない事が信じられなかった。自分でも手術で治るというのに。
「……治りません。ずっとこのままです。もっと怖い外見になっていきます」
軽いジョーク的な口調で言った。絶望溢れる口調では、励ますどころか心配させてしまうので。
「……」
何も言えずに沈黙している美絵華。
「でも、この日、この時間、美絵華ちゃんと話した事は忘れません」
エッツェルは右腕に触れている美絵華の手を見、彼女の顔を見ながら優しく言った。
「……本当に?」
「本当に。だから、美絵華ちゃんには手術を受けて元気になって欲しいです。私が希望を持つために」
自分の事を忘れてエッツェルを心配する美絵華にエッツェルはゆっくりながらもしっかりと答えた。忘れないでいる保証は無いが、忘れたくはないという思いはあるので。
「……?」
意味が分からずに首をかしげる美絵華。
「もしかしたら見つかっていないだけで元気なる方法があるかもしれないという希望」
エッツェルは美絵華の疑問に答えた。
「……うん」
美絵華はエッツェルから手を離してうなずき、改めて自分を心配するみんなの顔を見回した。
出番を終えたエッツェルはそっと後ろに下がった。
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