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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ

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【蒼空ジャンボリー】 春のSSシナリオ
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リアクション



ガールズトーク


「……だったのよー」
 そう言ってから、照れたように少しだけ唇を引き結んだリース・バーロット(りーす・ばーろっと)の横顔があまりに綺麗だったので。
 アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)は、あぁ、と心の中で嘆息した。腑に落ちると言った方が良いのだろうか。
「ふぅん、リースはそうだったんだ。……じゃあ二人とも、一目惚れみたいなものじゃない」
 言いきらないで、みたい、と付けてしまう自分の抵抗に馬鹿馬鹿しさを感じないでもない。それでも、それはリースを照れて困らせないためだと言い訳をしてみる。
「そう……ですわね。話し合うというより、メールで伝え合うのに、随分時間がかかってしまいましたけれど」
 整った、知性を感じさせる目鼻立ちと表情に、優しい話し方。
 そんな彼女が情熱的に契約を迫ったのだから、どれほどの感情だったのだろう。
 そして才能があると言われて押されて受けた“彼”の方も、今では彼女を好ましく思っているに違いなく。
 その上で、今リースが話した一言は……、「他のパートナー……特に女性に奪われるのが嫌だと思った」という一言は、そう、牽制なんかではないと決して分かっているけれど。でも、もしかしたら嫉妬なのかもしれない。だって──リースが自分の胸、“彼”が埋まりにくる胸に時々向ける視線には、珍しく厳しい、ほんの少しだけいじわるめいた感情が混じる。
 それでもアンジェラからすれば、その気持ちも分かるけれど、嫉妬するに値しないだろうと思うのだ。
 だって、それはただ“彼”が馬鹿なのか、何も考えてないのか、単におっぱい星人だからだろうか、それともやっぱり、鈍感だからなのか。なんにせよ大した理由ではないのだろうから。考えに詰まった時だけ甘えてくるなんて、安全牌だと思われているような気もした。
(そのせいで、ふっきれないのに……。リースのことが好きなら心配させるんじゃないわよ、あの馬鹿っ)
「それでは、聞かせてくださいませんか? アンジェラさんはどのように、小次郎さんと契約されたのですか?」
 アンジェラは彼女の楽しそうな、ちょっぴり真剣味の混じった声を受けて、うーん、と考える。
「話すとちょっと長くなるかも」
 そう言って、パジャマの膝を付き、ローテーブルに置いた炭酸飲料のグラスを手にする。汗をかいたそれをリースに手渡せば、彼女はそれをハンカチで丁寧に拭いつつ、
「明日は休日ですから、遠慮されることはありませんわ」
「……そうよね」
 彼女とのつながりは、最初はただ一人戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)という地球人の存在によるものではあったけれど。
 今では仲間として、そして同じ感情を抱く者同士、口が軽くなりそうだった。
 アンジェラはグラスを傾けると、
「じゃあ、話そうかな」
 膝を抱えて口を開く──。



 ヒラニプラ近郊でクリューガー家と言えば、周辺にちょっとは名の知れた地主だった。
 機晶姫のアンジェラはその家で目覚め、我が子同然のように育てられた。その「我が子同然」の中には可愛がるだけでなく、教育という面も多分に含まれており、幼い頃から帝王学を叩き込まれていた。
 だが、アンジェラにとって、その帝王学は土地を治めることだけでは飽き足らなかった。
 日々起こる害獣や怪物の出現と農村の襲撃。学ぶにつれ、シャンバラと地球が繋がるにつれ、向上していく技術と生活水準。シャンバラ女王の復活、建国。
 そういったものへの好奇心と対処の必要性が、アンジェラを狭い土地に縛り付けておくことを許さなかったのだ。
 手っ取り早く世界を歩き、知るための手段として思いついたのが、契約者の存在だった。そして彼女の元にも、契約を持ちかける男女は訪れていた。
 だが……。
「……それでは、答えはいかがかしら?」
 アンジェラはドレスを纏い、優雅にソファに腰掛けていた。相手は、その正面で緊張の面持ちのまま首を振る。
「それでは私を使いこなすことなどできませんわね」
 何人目かの契約希望者が帰った後、アンジェラの顔には落胆の色が浮かぶ。
(私を使いこなしてくれる主人などいないのかしら……?)
 彼女は自分に相応しい契約者を選ぶため、契約希望者たちに問題を出していた。
 問題は相手に応じて多岐に渡った。地理歴史に政治経済、帝王学からの問題。珍しい品物を取ってきてほしいという問題。どれもこれもアンジェラにとってはそう難しいものではなかったが、誰も答えられるものはいなかったのだ。
「……きっとあの人も駄目ね」
 ひっそりと呟く。
 このあと、まだ一人面接を残していた。
 彼は精悍で、知的な面立ちをしていた。冷静さを漂わせる瞳に、年齢を感じさせない落ち着き。
 年齢はそれほど変わらないはずなのに、どうしても若年故に学生らしさを色濃く残す他の契約者たちとは何かが違うと感じた。いや、それよりも、もっと率直に言えば、一目惚れだった。
「一目惚れだからどうだというの? きっとあの人も、口を開けば他の契約希望者たちと同じ、何も変わらない。私を失望させるだけ……」
「お嬢様、お客様をお連れ致しました」
 メイドが扉をノックして、慌ててアンジェラは意識を現実に引き戻した。
 ソファに座り直すと、こほんと咳払いをして呼びかける。
「どうぞ」
 入って来た彼は、庭で見かけた時の印象と変わらず落ち着いた様子だった。簡単なあいさつを交わすと向かいのソファに腰を下ろし、伸びた背筋でアンジェラを見つめる。
 顔が自然と赤くなるのを、アンジェラは開いた扇で誤魔化すと、いつものように質問を浴びせた。
「……それはホブゴブリンですね。ホブは、田舎という意味があります」
 何個目かの質問を終えた後、アンジェラは最後の──そして、最大の難問を出した。
「では、これはどうかしら? ……ヒラニプラ山脈のある洞窟の奥、古代の機晶姫の名工がつくりあげた名銃があると言われているの。
 私はそれを持って冒険に行きたいと思っているのよ。どう、取ってきてくれる?」
 どこか祈るような気持ちを押し隠して、アンジェラは挑戦的な視線を小次郎に注いだ。
 この情報自体の信憑性は、それなりにあった。しかし例え契約者でも、一人二人ではとても取って来れるものではない。アンジェラは彼はどんな言い訳をするのか、一度行って、駄目でしたと戻ってくるのか、想像を巡らせる。
 ──だが、彼の言葉は彼女の想像を裏切るものだった。
「お断りします」
「な……何ですって?」
 アンジェラは思わず冷静さを失って、声をあげる。
「お会いして判りました。きっと取ってきたとしても、満足させることはできないでしょう。たとえ女王器でも。アンジェラ殿の望みはそこにはない」
 そういう彼は至極落ち着いていた。自分に何を言われても動じないと、アンジェラは思った。たとえ契約を手酷く振ったとしても、そのままここを出ていくだろう。
「答えになっていないと思いますが」
「問題は解かれてこそ価値があると仰るなら、共に解き明かしに行きましょう。きっとその間に、様々なものを見るでしょう。勿論私の手柄ではありませんが」
「……あなた自身は何をくださるの?」
 自然と早くなる口調で、尚も食い下がるアンジェラに、ならば、と彼は続けた。
「契約した私が差し上げられるのは、意外性でしょう。今のように、様々なアンジェラ殿自身を見せて差し上げられると思いますよ。……お手をどうぞ」
 差し出される手を見て、そして彼の瞳を見て。
「……いいわ」
 アンジェラはそうして、彼の手を取ったのだ。



「あの時は若かったのかも……」
 アンジェラは長い息を吐いた。
 やがてむしろ自分が甘えられることになるとも知らなかったし、きっと自分の胸が小さかったら契約しなかったんじゃないかと疑うような要素もなかった。
「どうして契約したいのか聞き忘れていたもの。自分を使いこなすという点には今のところ満足してるけど、最近は翻弄されていると言った方が正しいような気もしなくも……ないわね」
(だけど、どうせなら、リースみたいに『かわいい』なんて一度くらい言われてみたいなー、なんて)
 アンジェラはリースと肩を寄せ合って、天井を見上げた。彼女の体は長身のアンジェラと比べて小さく、そして、生身故に柔らかかった。
 しばらく無言でそうしていた二人だったが、リースがやがて口を開いた。
「そろそろ就寝なさいますか?」
「……うん」
 立ち上がって、照明のスイッチを切った。部屋は暗闇に包まれる。
「お休みなさいませ」
「……お休み」