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第6章 気になるあの子と――雅羅とななな

「いくよー、雅羅さん!」
「ふふふ、雅羅ちゃんとワタシの愛の絆に勝てるかしら?」
「負けないわよ」
「ふふふ、こっちもよ!」
 ぽーん。
 威勢の良い声とは対照的な、のんびりしたビーチボールの音が響く。
 想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)は、ビーチの浅瀬で雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)と遊んでいた。
 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)たちの提案で、用意されたビーチボールでの変則水球。
 時折、雅羅や幸祐がヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)の胸にぶつかったり、蘇 妲己(そ・だっき)のセクシーポーズによって視線を絡め取られた男性陣が点を入れられたり。
 ハプニングも楽しみつつ、楽しいひと時を過ごしていた。
 しかしそんな所にも、怪しい影は忍び寄る。
「ひゃン……やぁあああっ!」
 突然、妲己が悶えはじめた。
「どうしました?」
 慌てて駆け寄る幸祐たち。
「く、クラゲが……」
 妲己の尻尾に、クラゲが絡みついていた。
「あっ、やっ、痒い、かゆいいいいい!」
 必死で尻尾を振り回す妲己。
「わっ、止めろ、そんな事したらクラゲがっ!」
 助けに入る幸祐とヒルデガルドだが、振り回された妲己の尻尾から、クラゲがどんどんまき散らされる。
 パニックからのパンデミック!
「くっ、これ以上被害を広げることは許しません!」
 ちゅいーん!
 どどーん!
 ヒルデガルドが発射する機晶キャノンやミサイルが、次々にクラゲを撃ち落とす。
 しかしその攻撃から洩れた一匹が、吸い寄せられるように雅羅の元へ。
「え……きゃぁあああ!」
「雅羅さんっ!」
「雅羅ちゃん!」
 ハート型の触手が、雅羅を襲う。
 ぐにぐにと絡みつく触手は、どんどんと雅羅の際どい所まで伸びて行く。
 丁度その部分は謎の白い光の照射で見えないが。
「ま、雅羅さん……い、今助ける!」
 そっと、雅羅の肌と触手の間に手を入れる夢悠。
 そこに、声がした。
「雅羅ぁあああ! 大丈夫かっ!」
 駆け寄ってきたのは四谷 大助(しや・だいすけ)白麻 戌子(しろま・いぬこ)だった。
 トレーニングのために海に立ち寄った大助は、たまたま雅羅の危機に立ち会ったのだ。
「待ってろ、オレが助ける!」
 躊躇せず触手を掴む大助。
「あっ、お、オレだって」
「雅羅ちゃんはワタシが助けるの!」
「あっ、やっ、かゆ、痒いぃ……」
 見る間に触手からは解放されたが、いつの間に噛まれたのか悶える雅羅。
「落ち着いて、掻いちゃ駄目だ! 今海水で患部を洗うから……ああ、真水じゃ駄目だ。ワンコ、氷を貰って来い!」
 急いで戌子に指示を出す大助。
「えーと、たしかこのクラゲは……」
「早く!」
 何か言いかけるが、大助の声に仕方なく海の家に向かう戌子。
 その間に夢悠は瑠兎子にクラゲの説明をする。
 指示に夢中な大助には、その話は耳に入っていない。
「なるほど、愛を……! うふふ、雅羅ちゃん、ワタシの愛で癒してあげるからね!」
 ぐにぐにと両手を蠢かす瑠兎子。
 その動きは触手の比ではない。
「ほら、薬をつけてあげる。まずは、男の人には見せられない恥ずかしい部分から……大丈夫、私が塗るのは恥ずかしい部分だけだから……」
「あ……か、ゆい……」
 悶える雅羅に、瑠兎子の手が伸びる。
「怖がらないで。これは愛。ほら、恋という字は、下の方に心があるでしょ」
「そういうのは、下心って言うんだよ!」
 瑠兎子の怪しげな手と雅羅の間に割って入る夢悠。
「オレが、雅羅さんを癒す!」
 夢悠はそっと雅羅を見る。
 自分の前に横たわり、苦悶の表情を浮かべている。
 水着を纏った身体のそこここに、ハート型の痣。
(雅羅さん……雅羅さん、雅羅、雅羅、雅羅ラブ、雅羅ブ!)
 夢悠の中で謎のコールが響く。
「ああ、そのハート形の痣……オレが上書きしてあげ……っ」
 夢悠が雅羅に手を、顔を近づけたその時。
「何してやがるっ!」
「ぐあ……っ」
 はたかれた。
 頭を、力いっぱい。
 戌子から届けられた氷を持った、怒り心頭の大助がいた。
「お前、動けない病人に何てことしやがるっ!」
「い、いや、これは治療で……」
「そんな治療があるか!」
「いや、本当に……っ」
「雅羅さん、大丈夫か! ほら、氷で冷やしてやるから……!」
 雅羅の水着も、ハート型の痣も気にせず、いや目に入らないといった様子で彼女の介抱をする大助。
「あのね、大助、多分ここでこのクラゲのこと知らないのはキミだけなんだけど……」
 戌子の言葉も耳に入らない。
「雅羅さんっ……」
「ん……」
 大助の言葉に、雅羅が反応した。
 いつの間にか、身体についた痣もなくなっている。
「なるほど、あれもまさしくひとつの『愛の形』であるのだな」
 戌子が納得したように頷く。
「どういう事だ?」
 雅羅の苦悶の表情が緩み、やっと落ち着いた大助が戌子の言葉に耳を傾ける。
「このクラゲに刺された場合はね……」
 戌子の話を聞いて、やっと状況を理解する大助。
「あ……わ、悪ぃ。けどもっと早く言え!」
「言ったよ!」
「聞いてない!」
 青空の元、雅羅の前。
 ひと悶着が終わり、また新たな争いの火蓋が切って落とされようとしていた。

   ※※※

「なんだかビーチの方が騒がしいな…… 沖に出て正解だったな」
「うん、そうだねゼーさん」
 浮き輪に捕まって足を軽くバタつかせる金元ななな(かねもと・ななな)シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)
 シャウラはクラゲの事を知り、なななの手を引いて沖の方までやって来た。
 ここならクラゲも来ないだろうし、ゆっくりなななと遊べるしな……
 狙い通り、海もなななも独り占め!
 幸運を満喫しているシャウラの背後から、何かが近づく気配がした。
 すごん!
「ぐふっ……」
 シャウラの背中に何かが激突した。
「ゼーさんっ!?」
「あー、すいません(棒読み)。ボートは急に止まれないんです」
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)の乗ったボートだった。
「な、何だよ……」
「長い間水中にいると体温が下がりますから、少しボートに上がって休みませんか?」
「あ、おお……」
 行動とは裏腹なユーシスの気遣いに、思わず素直に差し出された手を取るシャウラ。
 そしてシャウラがなななの手を取りボートに引き上げようとしたときだった。
「あっ……」
 なななの小さな悲鳴。
「ななな?」
 ず……と、なななが海中に引っ張られようとしていた。
「なななっ!」
 シャウラとユーシスは慌ててなななの手を引く。
「や、何これ……きゃあ!」
 びくりとなななの体が痙攣した。
「あ……か、ゆーい! 痒い、痒いようっ!」
「ななな!」
 噛まれた時に開放されたなななの体を慌ててボートの上に引き上げる。
 なななの足には、ぽつぽつとハート形の痣。
「噛まれたか……くそっ」
「あうっ、ぜ、ゼーさん、助けてぇ……」
 悶えるなななの手が、シャウラに伸ばされる。
「あ、ああ……でもセクハラは駄目だしな、ええと……」
「どうぞ」
 ユーシスがあるものを差し出した。
「これって……」
 猫の手型の、肉球スティック。
 先端には肉球がついていて、ぷにぷにできる優れモノだ。
「よ、よしななな。これで掻いてあげる。これならセクハラにならないよな!」
 ぷに。
「あっ」
 ぷにぷにぷに。
「あうっ」
 ぷにぷにぷにぷに。
「あああああっ」
 どう考えても普通に掻くよりアレな行為がボートの上で繰り広げられていた。