リアクション
葦原島の夏休み 草木も眠る丑三つ時……。 終わったはずの昨日が尾を引きずり、始まったはずの今日がまだ身を伏せている時間……。 地上に碇を降ろして停泊しているアイギスの甲板の上で、何か蠢く影があった。 「合体!」 四方から走ってきた黒い影が、甲板中央でピラミッド状に集まっていく。 「聞いて驚……」 「深夜かい?」 何やら物音がして起きてしまったレーヌ・ブランエノワ(れーぬ・ぶらんのわ)が、甲板に集まった黒い影にむかって声をかけた。 「にやっ!?」 一つに集まってキング黒猫となっていた深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)が、すうっと元の人の姿に戻った。 「こんな夜中に、キミはいったい何をやっているんだ?」 ちょっと呆れつつ、レーヌ・ブランエノワが深夜・イロウメンドに訊ねた。車椅子をサイコキネシスで動かして、音もなく甲板を進んでくる。 「不吉の具現の矜持を保つために、日々の鍛錬を絶やさずにいるのだー」 自慢げに答えてから、あっと思い出したように深夜・イロウメンドが自分の影から黒猫となって、深夜・イロウメンドの前を横切った。テンプレを済ませると、黒猫が深夜・イロウメンドの影の中に戻る。 「忘れずに、お約束だよー」 ドヤ顔で、深夜・イロウメンドが言った。 レーヌ・ブランエノワとしては、ここはやはり「不吉な……」とつぶやいてやらなければならないのだろうか。お約束に従うのも、結構面倒なことだ。 「不吉な……」 「うんうん。不吉なんだよ」 レーヌ・ブランエノワの言葉に、深夜・イロウメンドが喜ぶ。 「ええっと……。まあ、頑張れ」 まったく、ポータラカ人というのは姿形も考えることもとらえどころがないと溜め息をつきながら、レーヌ・ブランエノワが言った。どうやら、夏合宿のときの肝試しで、深夜・イロウメンドの中の何かに火がついてしまったようだ。 「でも、できたら、もう少し静かにな」 「うん」 謎の音の正体が分かったので、レーヌ・ブランエノワがスーッと自室へと戻っていく。その背後からは、「合体!」、「分身!」、「にゃあっ!」などという声が、ずっと聞こえてくるのだった。 ★ ★ ★ 「今日は、みんないないから、時雨を独り占めだよ♪」 ふさふさとした霧生 時雨(きりゅう・しぐれ)の尻尾を首に巻きつけて、畳の上に寝っ転がった紅 咲夜(くれない・さくや)が嬉しそうに言った。他のパートナーたちは出払っているので、自宅には紅咲夜と霧生時雨の二人だけだ。今なら、思いっきり甘えても、誰にも咎められない。 「やれやれ。暑いだろうに」 霧生時雨が、尻尾を取りあげて言う。 「ああ、しっぽぉ……」 仔猫のように尻尾を追いかけて、紅咲夜が軽く霧生時雨の膝の上にダイブした。小振りな胸を霧生時雨の太腿に押しあてて、バタバタと脚を動かす。 「これじゃあ、お茶も飲めませんよ」 目の前の座卓に載った湯飲みを見つめて、霧生時雨が困る。 「さあさ、そろそろお昼にしましょうかね」 「金平糖?」 ちょっと目をキラキラと輝かせて、紅咲夜が霧生時雨に聞いた。 「それはおやつですねえ。お昼は、おいなりさんですよ」 「食べる!」 紅咲夜が、がばっと起きあがった。やっと開放された霧生時雨が、台所からおいなりさんを持ってくる。 黒糖で甘く味つけされた、ちょっと濃い色の小振りのおいなりさんだ。 「美味しい」 「それはそうでしょう。このおあげは、明倫館の食堂でも使われている、極上の逸品なのですから。いやはや、手に入れるのに、ずいぶんと苦労したんですよ」 ちょっと自慢げに霧生時雨が言うが、本当にそんなに苦労したのかは怪しいところだ。 とはいえ、美味しいおいなりさんであることは間違いがない。本当に、ちょっと奮発して買ってきてくれたのかもしれない。 「美味しかった。満足だよ♪」 ぺろりと六個もおいなりさんをたいらげた紅咲夜が、小さなお腹をさすりながら満足そうな顔で言った。 「さすが、育ち盛りですね」 片づけをして戻って来た霧生時雨が、変に感心する。 「お腹、いっぱいだよ」 霧生時雨の膝の上に、紅咲夜がコロンと転がった。そのまま膝枕で大の字に四肢をのばす。 「やれやれ。寝る子は育つ……でしょうかあ」 小さな寝息を立て始めた紅咲夜を膝の上に乗せたまま、霧生時雨はのんびりとお茶を飲み干した。 |
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