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リアクション
第一章
「やっと着いたで。ここが約束の地や」
ふっふっふっと笑い零しながら瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は辺りを見回した。
浜辺に溢れる人。そこに渦巻いているだろう心。
それを求めてやってきた瀬山は、何かに納得するように何度も頷いて嬉しそうに笑う。
「おうおう。匂うで。嫉妬の香りがぎょーさんするわ。こんだけ数おったら、必ず見つかるやろ!」
妬み隊。
それは瀬山が率いる隊である。
羨ましい、妬ましいという気持ちが嫉妬の炎を揺り動かし、力に変わる。その対象者へと個人的すぎる復讐を果たすため、小さすぎる嫌がらせから法律のギリギリまで、嫉妬の炎に身を焦がしながらグレーゾーンを駆け抜けるチームである。
「今日こそ我が『妬み隊』、実行部隊を勧誘や!」
よっしゃ、と両手で顔を叩いて気合を入れなおし、瀬山はさっそく近くにいた数人の男たちへと声をかけるのだった。
「うっわー、見てみて兄貴! すっごい数だよ! 涼しそう〜」
サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)が浜辺に並ぶ氷像たちを見てアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)へと声をかける。
久々の海だからか、それともこの異様な光景にか、サンドラははしゃいでいるようだ。
「こらこら。私たちはあくまでも人命救助が目的で来てるんだからね?」
金の髪をかき上げながらリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が声をかける。
「はーい。分かってますよ。でもさ、一箇所に集めて大丈夫かな? まとまったところを狙って爆破! とかしに来るやつとかいないかな〜」
浜辺のあちこちに点在する氷像をまとめることで、逆に被害が大きくなるのではないか。
今はまだぱらぱらと散らばっているおかげで、数ある氷像がまるで美術展のように飾られてそこにあるようにさえ思えてくる。
そこかしこにあるおかげで今はそこまで氷像に意識が向いていないのかもしれないが、それがなくなって一箇所にまとめられているとしたらどうだろう。
「ずっとそのままって訳にもいかないだろうし……これを機会に『リア充爆発しろー!』とか叫びながら氷像につっこんだりする人が出てきた時に、バラバラだったら守るのも大変じゃない? だったら一箇所にまとめといて守る方がいいかなって」
「ドームの下よりも、ちゃんと太陽の当たるとこに置いといたら、氷も溶けそうな気がするっスね」
「そう、そこが問題なのよ!」
アレックスの言葉にリカインがびしりと指を立てる。
「ドームの中心部の方は、それこそあの取り巻き連中がいっぱいいるから運び出せないのよね」
そこかよと内心ツッコミを入れながら、双子は同時に溜息をつきながらリカインの話に耳を傾けていた。
「ともかく、あの雪女郎にばれないように氷像を動かせばいいってことね」
話しているうちにリカインとアレックスの話が明後日の方向に転がり出したのを見てサンドラはぴしゃりと言い放った。
「その通りよ。でも、私たちが全員一緒に行動するのはとても危険だわ」
リカインが眉間に皺を寄せてうむむ、と唸る。
どういうことかとアレックスとサンドラが首を傾げると、わかりやすいようにと拾った木の棒で砂浜に図を描き始めた。
ツッコミを入れる気力を失うほどのゆるキャラ具合で描かれた似顔絵は、これから行おうとしているミッションとは緊張感がかけ離れている。
「いい? 私たちはパッと見、どういう感じで見える?」
親子、と冗談を飛ばそうと思ったサンドラだが、その言葉だけは言うなとでも言うようにアレックスとリカイン双方から訴えるような目で見つめられた。
「ま、まぁ友達か兄弟姉妹、ってのがいいところじゃない? 私たち双子もいるからあんまりカップルって感じには見えないだろうし」
「そうね。でも、彼らからみたら私たちは充分にリア充に見えると思うのよ」
リア充。
その言葉が示すのは、リアルが充実している人間のこと。
最近はほとんどが彼氏・彼女持ちであるという意味に使われていることが多いが、仕事に充実していたり、休日を満喫したり。それは立派なリア充行為なのではないかと提言する人もいる。
その他にも似たような言葉が増えてきて、大学での研究に精を出していることを『ラボ充』なんて言ったりもするそうだ。
「家族に見えようが友達同士と見えようが休日を満喫して、しかも夏らしく海に来るというイベントをこなしているわけでしょう? それが人によっては十分すぎるほどに充実した生活を送っていると思わない?」
なるほど、と頷きながらも、どこでそんな情報を入手してくるのかとサンドラは思った。
「だから、仮に双子でどんなに似ていたとしても怒り心頭に発している人から見たら、恋人同士に見えてしまうかもしれない。もしかしたら恋人の兄弟と一緒に三人仲良く遊びに来ているように見えるかもしれない。だから――」
がしりとアレックスの腕を取ってリカインが真剣に顔を見つめる。
「私たちを敵の目から欺くには……アレックス、あなたがあの男たちの中に紛れておく必要があるわ。これはあなたにしか出来ないことよ」
きゅっと握る手に力を込めれば、アレックスの拳にぐっと力がこもるのを感じた。
「了解っス。姉貴は任せたっスよ」
力強く頷いてアレックスは人だかりが出来ている浜辺の中心部へと歩き出した。
その背中が小さくなるまで見守っていたリカインとサンドラ。
だがリカインは大事なことを言いそびれてしまったのだ。
「ねぇ、結局兄貴は向こうに何をしに行ったの?」
「あ」
「……ほら、いっぱいあるからさっさと運んじゃおうよ」
あちゃーと苦笑するリカインを見ながらサンドラは本日何度目かの呆れの溜息を漏らすのだった。
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