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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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1ターン目:【シェーンハウゼン】 〜 ROUND1 〜

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「くくく……、よく集まったな、お前ら。余が第六天魔王・織田信長だ」
 東の山中に聳え立つ大きな城。それは、天守閣があり堀がある戦国時代の日本の城だった。
 この世界を支配するバグのコアが作り出した君主の前に、大勢の配下たちが詰め掛けていた。
 畳敷きの大広間の正面に信長はどっしりと座り、両側には刀持ちの小姓が控えている。
 ずらりと居並ぶ武将たちを眺めながら、信長は言う。
「敵は、ハイナ・ウィルソンなる伴天連の使いの者だ。この私の世界を乱そうとする邪悪な輩は捨ておけぬ」
 眼光鋭く禍々しいオーラを纏った信長の低く響く声に、一同は飲まれてゴクリと唾を飲む。
「誰でも構わん。討ち取って参れ。首尾よく成果を挙げた者には褒美は思いのままだ」
「はは〜っ」
 武将たちは、信長の迫力に思わず畳に手をつき頭を下げてしまう。大貫禄だった。
「信長様。おそれながら申し上げます」
 顔を上げ口を開いたのは、列の前に控えていたリブロ・グランチェスター(りぶろ・ぐらんちぇすたー)だった。
 いや、今はプロイセンの軍人だった【参謀総長】ゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストとしてこの世界に降臨していた。シャンバラ教導団出身でかつプロセインの人物なのに畳の上に座るのは苦にならないらしい。
「敵は、恐るべき妖術使い(スキル使い)どもと聞いております。御禁制の摩訶不思議な道具類(アイテム)も持ち込んでいるとか。戦場にはふさわしいものを送るべきかと存じますな」
「ほう……、して誰ぞおらぬのか?」
「私が、行きましょう」
 名乗りを上げたのは、金髪蒼眼の武将クィントゥス・ファビウス・マクシムスである。
 シャンバラ教導団大尉のクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、大勢の配下武将を引き連れて馳せ参じてきていた。彼らの構成する精鋭部隊は【シェーンハウゼン】と呼ぶらしい。
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは信長から貸し与えられた兵を古代ローマ風にアレンジし、単独で進軍できるよう訓練と配置を終えていた。
【シェーンハウゼン】だけで、この戦いを終わらせることができる。他の残存部隊の手を煩わせるまでもなく、ハイナたちの軍勢を殲滅し、信長は勝利を手にすることができるだろう。クィントゥス・ファビウス・マクシムスはそう確信していた。
 総兵力は36000。しかも烏合の衆ではなかった。指揮命令系統をがっちりと掌握した優秀な総司令官の下、一糸乱れぬ統率の取れた見事な布陣であった。
 念のためにこの彼の人物紹介しておくと。
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは紀元前275年に生まれ、紀元前203年没した、共和政ローマの政治家でもあり将軍でもある、古代ローマの英霊なのであった。生涯5度にわたり執政官を務め、第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争)中には独裁官として、ハンニバル相手に敗戦を重ねたローマ軍を建て直すと共に、持久戦略によってハンニバルを苦しめ、「ローマの盾」と称された戦上手なのだ。
 実のところ、クレーメックは自分が何者であるかを忘れてしまっていた。当然、彼はプログラムにバグが生じていることに気づいていない。
 せっかくなので、クレーメックではなく以後クィントゥス・ファビウス・マクシムスと呼ぶことにしよう。
 一般的に、古代ローマというとローマ帝国が有名だが、共和制ローマはその前身である。
 紀元前753年に初代ローマ王ロームルスが建国した王政ローマから共和制へと変遷し、その後ローマ帝国へと姿を変えていくのだ。
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは、その激動の中期頃を生きた男であった。
「……ほっほっほ」
「……何か?」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは、向かいの男が自分を見つめているのに気付き、聞く。
「……これは失礼いたしました。含むところは何もございませんよ」
 扇で顔を半分隠しながらクィントゥス・ファビウス・マクシムスに答えたのは、宮中に華麗に咲いた悪の華【悪左府】こと 藤原頼長になってしまっていた武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)である。
 彼は、宮廷からやってきた殿上人らしく、無骨者そろいの武将たちの中では優雅な物腰だった。どこの馬の骨かわからぬ者どもめ、とその目は語っているが口に出しては言わない。
「期待しておりますゆえ、奮戦なされませ。……ほっほっほ」
「……では、出陣いたす。諸侯らはここでゆるりと吉報を待っておられよ」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは、まだ意味ありげにじっと見つめている藤原頼長の視線には構わず、配下たちを連れて出て行こうとする。
「何か有用な策は持って持っておられましょうな? 猪突猛進は匹夫の勇ですぞ」
 ゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストが尋ねる。
「言われなくとも抜かりはない。諸侯らの出番はないゆえ茶会でも開いて楽しんでおられたらいかがかな?」
 それだけ言うとクィントゥス・ファビウス・マクシムスと【シェーンハウゼン】に参加する武将たちは、大広間から出て行った。
「……まあ、ああいう手合いを使いこなすのも信長様の手腕の一つでありましょう。彼の言うとおり我々はしばらくここでお手並み拝見と行きましょうか」
 見送ったゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストは面白そうな口調で言う。
「ただ、一人の男にあれだけの大勢力を任せるのはいささか問題かもしれませんな」
「……何が言いたいのだ、サル……もといゲル」
「紹介したい者がおります」
 ゲル呼ばわりされようが、サルと間違われようが、ゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストは意に介したところがなかった。いや、むしろ信長に親しくあだ名で呼んでもらえるなど喜ばしいことだった。
 先入観に囚われず合理的な信長は、能力がある者なら人種や家柄に問わず誰でも家臣にしてしまい重用する。
 元は身分の低いプロイセンの軍人だったゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストの飛び抜けた才能を見抜いて家臣として取り立て織田軍に近代的な参謀本部を設けたのもそのためだった。そして、彼女はそんな信長をとても気に入り忠誠を誓っていた。
「お目付け役を派遣しておきましょう。信長様の目に狂いはないとは存じますが、何が起こるかわからないのも戦国の世。私にお任せあれ」
「うむ。たのんだぞ、ゲル」
 信長は満足げに頷く。
「……」
 ふと、ゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストはこんな重要な席で居眠りしている武将を見つけ、咳払いをする。
「……!」
 びくっ、と飛び起きたのはこの陣営の末席にいた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だった。こちらの世界では小早川 秀秋 として参加している。
 彼女は咎めるような視線のリブロに気付くとヘラヘラと愛想笑いを浮かべた。
「では、さっそくですが詳細を煮詰めるといたしましょうか」
 ゲルハルト・ヨハン・ダーヴィト・フォン・シャルンホルストがこれからの作戦行動を提案する。しばらく説明が続いた。
「……」
 藤原頼長は、まだ自分の出番ではないと黙って聞いているだけだ。
「では、奮戦を期待する」
 信長は締めくくった。
 とりあえずは、顔見世といったところか。
 信長軍の軍議は終わり、武将たちはそれぞれ散っていく。後に残ったのは、信長と藤原頼長だった。
「この程度の戦、楽勝してもらわなければ困るな」
 信長は遠くを見るような目で言った。
「承知しております。信長様が提唱した日ノ本の国を中心とした大日本連合帝国構想のためでございますな?」
 藤原頼長は、魅了されたように答える。
「一刻も早く日ノ本の国を安定させ、その後は世界へ打って出る。大変壮大な計画かと楽しみにしております」
 まだ誰にも明かされていない世界征服計画。この秘密を知っているのは藤原頼長だけだった。
「アウグスタ陛下……。今しばらくお待ちくだされ。世界を献上いたしますゆえ」
 藤原頼長は、口元を隠したまま呟いた。京におわす即位したばかりの幼女帝に思いをはせる。日ノ本の国になぜカタカナ名の幼帝がいるのかは謎だったが、きっと後ほど判明するだろう。
 藤原頼長は、帝から朝敵【葦原明倫館総奉行】ハイナ・ウィルソンを討伐の勅令を受けている。そして、それが故に彼は、公家では珍しく積極的に信長の元に馳せ参じたのであった。
「ほっほっほ……。皆のもの、帝のために存分に働かれませ……」
 藤原頼長含み笑いが響いていた。



「さて、全員配置につけ。これより戦を始める」
 信長の城から出陣したクィントゥス・ファビウス・マクシムスらは、北の砦付近に布陣していた。
 その彼に、第1軍団長にして、古代ローマではクィントゥス・ファビウス・マクシムスの副官でもあったミヌチウスが双眼鏡を片手に報告してくる。
「さっそく、ハイナが本陣から打って出てきたみたいなんだけど、どうするの?」
 女性口調なのは、このミヌチウスが現世ではクレーメックのパートナーの島本 優子(しまもと・ゆうこ)だからなのであって、決して古代ローマの英霊がオカマだったわけではない。
【シェーンハウゼン】は、由緒正しい兵法に則り、鶴翼の陣を敷いていた。
 敵が突撃してくるのを見計らって、優位な陣形で的確に撃破した後ハイナの本陣へと軍を進め、討ち取る計画に変更はない。兵力もこちらが優勢である。そのまま包み込み、押しつぶしてしまえばいいのだが。
「……今一度、各部隊に作戦計画と命令伝達の確認を徹底させよ。敵総大将が現れたからといって、決して功を急ぎ陣形を乱してはならぬ。敵軍の動きをよく観察し、機が到来するまで仕掛けてはいけない。別令あるまで、現在の進撃速度を維持。再び隊列を整え直し、攻撃に備えよ」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは、静かに念を押す。すぐさま総司令官の言葉は部隊の末端の一平卒にまで伝えられ、軍の引き締めが行われた。よほどのミスがない限り、負けようはずはなかった。そして、【シェーンハウゼン】にミスなど起こりえない。
「軍旗を高らかと掲げよ。我等は、【シェーンハウゼン】。総司令、クィントゥス・ファビウス・マクシムスはここにいる、と敵によくわかるように示威するのだ」
 クィントゥスは、平原の彼方からすごい勢いで迫ってくるハイナの軍勢を遠目に見つめながら、じっと待ち構える。
「さて……、そのまま闇雲に突撃してくるわけでもあるまい。どう出るつもりか……」
 平原に大きく展開された鶴翼の陣に、敵軍を引きずり込むことができれば勝負はあっという間につく。それはそれで話が早くていいのだが、拍子抜け感は否めない。
 鶴翼の陣とは、自軍の部隊を敵に対峙して左右に長く広げた隊形に配置する陣形である。左右が敵方向にせりだした形をとるため、ちょうど鶴が翼を広げた様な形に見えることから、この名がついた。古来より会戦によく用いられ、防御に適した陣形なのであった。この陣形の戦術的意図は、前進してくる敵を包囲し撃破することにある。極力消耗を減らすために考えられた戦法で、正面からの突撃にはめっぽう強い。
 今回、兵力も多く優位に攻撃できる状況であるにもかかわらず、クィントゥス・ファビウス・マクシムスがこの陣形を選んだのは、自軍の兵力のわずかな損失すらもよしとせず、完璧主義を目指しているからだろうか。
 敵を迎え撃ちながら後退しつつ誘い込む陣形のため、進撃速度は控えめだ。ハイナ軍と接敵するにはまだもう少し時間が必要だった。
 果たして、こちらの狙い通りに陣形の深部にまで踏み込んできてくれるといいのだが……。
 
 ☆

 ここで一息。ちょっと描図してみよう。ゲームシナリオだし。
 間に“...........”が見えるが、スペースとフォントの都合上の問題なので気にしない! 


≪敵軍≫

▼▼▼

▼▼


「▼ひゃっはー! 正面突破じゃあ、突撃じゃあ!」

↓↓↓


≪鶴翼の陣≫

凸..................................................................................................凸

凸................................................................凸

凸.......................................凸

凸....................凸

凸..凸


【大将】

 





凸凸凸凸

凸▼▼▼凸

凸▼▼凸

凸▼凸


「▼ちょ、囲まれた!」


「▼てぃうんてぃうんж……」




「?」
 一瞬幻覚が見えたような気がしてクィントゥス・ファビウス・マクシムスは目をしばたかせた。
 いや、きっとバグが作り出した映像なのだろう、そうに違いない。
 そもそも、【シェーンハウゼン】の誇る布陣はこんなにチープではなかった。
 正確には、中央部がやや手薄な鶴翼の陣、に見せかけた凹形陣で、敵を誘い込みやすくなっており、一兵足りとも逃さずに殲滅できるだろう。
 全兵力36000の内、左翼軍と右翼軍に各3個軍団(兵力9000)と中央軍に2個軍団(兵力6000)を配置してあり、その他の兵力は敵軍には察知されないようマップ上のどこかに潜ませてあった。遭遇した敵は驚く暇すらなく消滅するはずだ。
 攻めてよし、守ってよしの構えである。古代ローマの英霊に抜かりはないのであった。
 と……。
「信長さまから預かった兵をずいぶんと贅沢にお使いのようですネ。陣の規模的には、これの半分から三分の二ほどの大きさでよかったと思いますヨ」
 待ち構えるクィントゥス・ファビウス・マクシムスの背後から一人の人物が現れた。ザワリ、と兵士たちがざわめく。
 信長軍の武装をしているのだが、【シェーンハウゼン】とは違う部隊章をつけており、物々しい雰囲気の軍団を引き連れてきていた。
「私見で恐縮ですが、この他にもハイナ本隊を急襲し、この陣へと追い込む部隊があればなおヨカッタのではなかろうか、と」
「……誰だ、あなたは? 私の指揮に何か含むところでもあるのか?」
「オット失礼、私はルイス・フロイス と申す者です。以後よくお見知りおきを、ですネ」
 作り浮かべて一礼してきたのは信長軍から派遣されてきたロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)だった。バグの世界だからルイス・フロイスになっているらしい。
「……私、信長さまに命じられて、この軍団の監査に参りました。全軍のうちかなりの大軍を任せてしまった故、どのように活用されるのかと興味深々でしてネ」
「……監査、だと……?」
「あなたが指揮するのは、信長さまの財産とも言える兵士たちです。お貸しした財産の使い道を監視するのは至極当然のことですネ」
 このルイス・フロイスは、信長に命じられてクィントゥス・ファビウス・マクシムスと軍団を見張りに来たら軍監らしかった。さまざまな観点からチェックし、兵が上手く運用されているかを調べ、報告するつもりらしい。
 先ほどリブロによって紹介されていた人物であった。
 どこかにミスはないか、さっそくあら探しするような目で軍団を見つめまわして、また愛想笑いを浮かべる。
「OH! シニョーレ・ファビウス、そんなコワイ顔なさらないで下さい。信長さまのご命令による役目ですので、どうかご容赦、寛恕のほどをお願い申し上げまするのことネ。」
「信長さまは我々を信頼して、兵を貸してくれたのです。あなたにそんなことを言われる筋合いはありません。お引取り下さい」
 ミヌチウスが、警戒心のこもった目つきでルイス・フロイスを見つめる。
「……いや、いい」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスはミヌチウスを止める。こういう手合いは、何がしかインネンをつけて大仰に騒ぎ立てるものだ。大人の対応で受け流すつもりだった。
「こちらこそよろしく、ルイス・フロイス。どうぞどこからでもご覧になるといい。軍団を案内させよう」
 クィントゥス・ファビウス・マクシムスは余裕の笑みで優雅に歓迎の意を表した。ミヌチウスに奥へと案内させる。
「……ふん。あら探し屋が」
 その後姿を冷たい瞳で見送って、クィントゥス・ファビウス・マクシムスは戦場を見渡す。
 戦いが始ろうとしていた。