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第一章 機動要塞に突入せよ!


 タシガン空峡の遥か上空、PHOENIX_Fブラックバード内。敵味方共に一望できる高さだ。
 渦巻くような雲の狭間に見えるのは、機動要塞の周囲を取り巻くように配置された、空賊のペガサスライダーとドラゴンライダー。
 要塞の前面と後面にはペガサスと飛空艇、左右面にはドラゴンが配置されている。
『敵はペガサス部隊16名、ドラゴン部隊10名。大型飛空艇は2艘であります!』
 佐野 和輝(さの・かずき)は厳しい表情のまま、フリューネが用意した無線でタシガン空峡にいる仲間全員に告げた。
(思ってたより少ないねぇ)
 サブパイロットとして搭乗しているアニス・パラス(あにす・ぱらす)は、テレパシーで和輝に伝える。
(ああ……。だが、応援に駆けつける奴がどれほどいるか分からないからな)
 今の敵の人数なら互角に渡り合えるだろうが、応援を呼ばれたら戦闘は一気に難しいものとなるだろう、と和輝は予測する。
(空中戦の最中に要塞砲が使われたら厄介だ。可及的速やかな突入が求められるだろう)
(にひひ〜、ワクワクするねぇ♪)
 和輝はアニスと情報をやり取りしながら、次々と味方が集まっていくのを確認する。
(アニス、引き続き情報収集を頼む)
 和樹はそう言って、再び下層の様子を窺った。

 和輝たちのいる区域のやや前方、パラミタ大陸と同じ程度の高度。
「来たわね……!」
 円柱型の要塞前面に向かってペガサスのミルディアーナを走らせる桜月 舞香(さくらづき・まいか)は、巡回を止めて舞香の方へと進路を変えた空賊のペガサスを捉えた。
 敵は三人。要塞からやや離れた位置から迫ってきている。
 ミルディアーナの蹄が空を蹴る。バックステップで退いた空間に、舞香が焔を横薙ぎに放った。
 一の字を描くように広がる炎。たじろぐペガサスたちの中の一頭が、炎の下方を潜り抜け舞香に襲いかかる。
 ――舞香の叩きつけた鞭の先は、ペガサスに乗る男の首に巻きついていた。
「本当の目的を白状しなさい。さもないと、このまま絞め殺して雲海に投げ捨てるわよ!」
 賊は首の鞭に手を掛けながらも、態度は落ち着き払っている。その目には死を覚悟してもなおぶれない、意思の強さが表れていた。
(――そこらの賊とは、訳が違うみたいね)
 舞香は胸の奥で推し量る。
「……お前らは、たった一日あの村を守ってどうするつもりだ。守ろうとすれば守ろうとするだけ、死人が増えるというのに」
 空賊は、舞香に問いかけた。
「たった一日なんかじゃないわ。私たちは負けない。これから先の未来も含めて守り抜くのよ」
 舞香は空賊の問いに応える。その答えは、舞香自身に言い聞かせるような響きを持っていた。

「タシガン空峡で好き勝手はさせない!」
 舞香から見た右方、要塞の左辺にはフォレストドラゴンのカトゥスに乗った鬼院 尋人(きいん・ひろと)がいた。
 日輪の槍を空に向けて突き上げた尋人は、そのまま要塞のごく近くを守っているドラゴン部隊に突っ込んでいく。
 敵は5人。うち4人はドラゴンではなくワイバーンに騎乗しているが、この部隊の指揮官だろうか、ブルーブレードドラゴンに乗った空賊が1人いた。
「……ワイバーンは怒っている。冷静に対処すべき」
 尋人の後ろに跨った呀 雷號(が・らいごう)は尋人の背を守るように二丁拳銃を構えながら、そう伝える。
 獣人でもある雷號は、カトゥスやミルディアーナの警告に耳を傾け、身体で感じる気流を読みつつ周囲を警戒していた。

『鬼院。要塞側面のドラゴンライダーを引き離し、突入部隊の接舷まで注意を引きつけるであります』
 和輝からの無線連絡が入る。
 舞香や尋人たち、先遣隊の狙いは「機動要塞への突入部隊が迅速に接舷できるよう、護衛の敵部隊を誘き寄せること」だ。
『了解だよ!』
 すかさず雷號が、カトゥスに飛行ルートを伝える。
 突撃に見せかけて突如急旋回し、ドラゴンライダーたちの投げたリターニングダガーをかわした尋人は、手元に光を生み出して放った。
 光を浴びたドラゴンライダーたちの意識が尋人に集中したのを確かめ、カトゥスは一気に上空へと飛び上がる。
 尋人を追尾する一体のワイバーンが口を開く。身構える間もなく吐き出される炎の先を、カトゥスのドラゴンブレスが捉え相殺する。
 否、カトゥスのブレスは炎を押し返していく。遂にはワイバーンをも飲み込む。賊の悲鳴が空に木霊した。
 しかし、尋人たちは残り4体のドラゴンライダーに四方を囲まれていた。
 ブルーブレードドラゴンの吐き出した吹雪がカトゥスを襲う――かに見えた。

「任せろ!」
 氷のブレスを受け止めたのは、カトゥスとドラゴンの間に割り込んだ小型の飛空艇――ヘリファルテを操船する無限 大吾(むげん・だいご)だった。
 障壁を張ったレジェンダリーシールドを構えたままの大吾を、ブルーブレードドラゴンに乗った指揮官が見遣った。
「何故、あの村の奴らに加担する? 俺たちの言う通りにしておけば、未来を守れるというのに」
「お前達の言う勝手な理屈など、理解する気は無い」
 大吾は怯むことなく、指揮官の言葉を撥ねつける。
「勝手な理屈? 俺たちは未来の争いを未然に防ぐため――未来の火種をここで処理するために、この時代に来た。俺たちが望むのは、平和な未来だ」
「何が未来の火種だ。何が平和な未来だ。今、この場に火種を巻いたのはお前達の方だぞ!
 それを棚に上げ、力無き者を襲って正義を語るなんて、言語道断だ!」
 大吾はそう言い切り、インフィニットヴァリスタを構えた。
 飛空艇の隣にすっと空飛ぶ箒スパロウが現れる。大吾のパートナー、廿日 千結(はつか・ちゆ)だ。
「本当に未来から来たか知らないけどさ〜、未来での争いに立ち向かわず過去に逃げてきたヘッピリに、未来と正義を語る資格なんて全く無いんだよ〜」
「……どうしても、分かり合えないというのか。ならば、仕方がない」
 ブルーブレードドラゴンが飛び上がった刹那、三体のワイバーンがカトゥスとヘリファルテ、スパロウのそれぞれを目掛けて飛び掛かった。

「空飛ぶ箒マスターの力、見せてあげるんだよ〜」
 千結はワイバーンと並行に飛行しながら、時折ワイバーンの翼目掛け雷術を放つ。
 急旋回したワイバーンの吐き出した炎のブレスを、千結は側転するようにくるりと避ける。
 千結が急旋回して蛇行すれば、ドラゴンライダーも同じ動きですれ違う。
「案外素早いみたいだけど、ここからだよ〜」
 すれ違いざま、賊がリターニングダガーを投げつける。
 千結は螺旋を描くように避けて急上昇し、追い抜かせた賊の背に向けて雷術を放つ。
「とどめだ!」
 怯んだドラゴン目掛けて、大吾のインフィニットヴァリスタが火を吹いた。

「忘れるな。今日この日が、あの村が滅びる日なのだと」
 指揮官は次々と撃ち落とされたライダーたちを見て劣勢を悟り、身を翻して要塞へと撤退し始めた。
「負け惜しみ〜? 逃がさないよ〜」
 千結はスパロウの柄を握る手に力を込め、加速しようとすると、
「待て!」
 と、尋人が千結を止めた。
「――禍々しい怪物が来る。退かないと、命はない」
 雷號の警告に被るように、
『要塞前面に怪物が接近中! 後退するであります!』
 無線から、和輝の声が響いた。それとほぼ同時に禍々しい気が辺り一帯を漂い始める。
 呪いや穢れというべきか。目に見えない瘴気が周囲の空気を蝕んでいく。

 突如、一際強い呪詛の念が、舞香の眼前に立ち塞がっていたペガサスライダーたちを襲った。
 ペガサスが、騎乗している空賊たちが、瞬時にして生命を吸い取られ、精神を崩され……アンデッドと化す。

「何なの――?!」
 半透明の紫水晶の翼、身体を覆う無数の触手。呻きを上げる死者たちの中央に降り立ったのは、異形の怪物――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)だった。