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リアクション
第六章
ドォォォォン!!
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)の拳が壁にぶち当たり、建物が大きく揺れる。
大きくヒビが入った真新しい壁がボロボロと崩れ、土肌が露わになった。
「見張りにこんなのがいるなんて、聞いてなんだよねっ!」
透乃は、先ほどから周囲をうろちょろする機晶技術で身体能力を強化されたリザードマンを睨みつけた。
「ああ、もうっ! すばしっこいな!」
正面から殴りかかるが、リザードマンは通常ではありえない動きでひらりと回避する。すぐさま身体を捻って逆の手で裏拳を狙うが距離をとられてしまう。
背後から銃声が鳴り響く。
「おっ」
だが、その銃弾は霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が展開した氷の盾によって止められた。
「こっちは任せて。戦いに集中してくれ」
「ありがとっ、やっちゃん」
ガードマンが再び拳銃を構える。
「透乃ちゃんはやらせないって――」
泰宏は盾を全面にして突撃しながら、最大に伸ばした流体金属槍で白壁を削りながら、
「言ってるだろ!!」
――薙ぎ払った。
次々現れるガードマン。泰宏はパートナーが戦いに集中できるよう、一歩も引かず敵を足止めする。
透乃は背中を泰宏に預けて、リザードマンと対峙する。懐かしい感覚に胸が熱く、踊る。
「ただ殴りかかるだけじゃだめか。なら……」
腰に拳を構え、気合を込める透乃。
すると、拳から黒いオーラがあふれ出たかと思うと、それは身体全体を包み込み、やがて鬼神のような気迫へと変わる。
「これで――!!」
地面を蹴り、踏み出した足。漆黒の中で光り輝く瞳が、左右に揺れながら残像となる。
黒き化身ような猛突で、透乃は振りかざされた刃を物ともぜず駆け抜ける。
繰り出す打撃。リザードマンの鎧がガラスの様にもろくも弾け飛ぶ。
リザードン達は口から血反吐を履きながら、悲痛な声を上げて壁へと吹き飛ばされた。
「――終わりっ!!」
体を起こそうとする一体に詰め寄った透乃は、顔面を掴み、そのまま首を引き抜く。
勢いよく飛び散る血しぶきが、壁を、床を、そして透乃を染めていく。
最後まで抵抗して爪を立てていた腕が、ダラリと力なく床に落ちる。
「次はどいつかな?」
透乃は残りのリザードマンを、口角を吊り上げて見据える。
通路は至る所で配線が千切れ、土肌がむき出しになり、悲惨な状況になっていた。
「ここで間違いないですね」
透乃達が戦っている間に、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)達は支配人の部屋に侵入していた。
なんの変哲もない部屋の、書類が並べられた棚の後ろに隠された扉。月美 芽美(つきみ・めいみ)の【ピッキング】で開いたそこは、隠し部屋へと続いていた。
陽子が床の埃をチェックする。
「頻繁に足を踏み入れた形跡がありますね」
「でも棚は……あ、でもこの辺が」
「ちょっと待っててください」
芽美の前に出て陽子が本棚を調べると、しっかりとトラップが仕掛けられていた。
「罠を解除しておきます。芽美ちゃんはまずは端末から情報を集めてください」
「おっけー、わかったわ」
陽子と芽美は【サイコメトリ】なども駆使しながら物的証拠を探し始める。
しかし、ただでさえ広い部屋にダミーや罠の多さから、捜索は難航する。
「このままじゃ、日が昇りそうね」
「時間がかかるのは間違いありませんね。猫の手も借りたい気分です」
その時、入ってきた扉が叩かれる。
「にゃんこの手、いらんかね?」
二人が顔をあげると、そこには黒乃 音子(くろの・ねこ)と甲賀 三郎(こうが・さぶろう)を立っていた。
「お願いします」
4人は役割を分担しながら、捜索を開始する。
すると突如――
キィィィィイイイイン!!
耳障りな音が脳に鳴り響いた。
「なぁ、まだ――なのです?」
道端で突っ立って会場制圧の報告を待っていた、セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)の戦闘モードスイッチが切れる。怒涛の気合はどこへやら、吊り上がった眉が横棒一直線、無表情へと変わる。
仲間からの報告は未だなし。対峙している襲撃者達の神経も、そろそろ限界だ。
無限 大吾(むげん・だいご)は仲間からの【テレパシー】で状況を聞いてみる。
「そうか、オークションが再開するのか。確保はまだなんだな。わかった。何か進展が――っ!?」
大吾が表情を歪ませ、反射的に耳を抑える。
「どうしました?」
「いきなり変な音がして途切れた。今のはいったい、ん――セイル!!」
大吾が声を荒げる。
次の瞬間、複数のナイフが待機していた襲撃者を襲った。
攻撃が仕掛けられた方向に目を向けると、黒いマントと不気味な仮面で姿を隠した者達が数十名建物の屋根から降り立つ。
「くっ、そういこうことか! セイル! 守るぞ!」
「わ、わかっていま――いるぜ!」
セイルが慌てて戦闘スイッチを入れなおす。
敵の狙いは襲撃者達だ。
大吾とセイルは襲撃者達を下がらせ、敵の暗殺部隊から守ろうとする。
その頃、アジトとなっていた廃棄された劇場でも混乱が起きていた。
「ルカ、こちらの通信もだめになっているぞ」
「どうなってるの?」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に言われて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)も銃型HC弐式で連絡を取ろうとするが、会場の方に繋がらない。
【テレパシー】や通信機器での連絡がとれなくなっていた。
「他の所とは連絡がとれるな。となると、おそらくは……」
ダリルが憶測を話そうとした時、劇場の扉を開いて大吾達を襲ったのと同じ暗殺部隊が数十名入ってくる。
只ならぬ気配を感じて、ダリルは武器に触れながら相手を睨みつける。
「言っておくが、講演はもう終わって――」
すると、いきなりナイフを投げつけられた。
だが、それをヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が放った矢で合わせて弾く。
「わかっていたことだけど客じゃなさそうね。リネン!」
「了解!」
リネン・エルフト(りねん・えるふと)がハイランダーズ・ブーツで客席をスレスレを飛行し、正面の敵に斬り込んだ。すると、暗殺部隊は蜘蛛の子を散らすように別れて一斉に襲いかかってくる。
「役者なら存分に踊ってもらうわよ!」
ヘイリーは飛装兵と共に迎え撃つ。
ダリルとルカも襲撃者達を守るように迎撃に回る。
「問答無用か。ならば、こちらも容赦はしない。ルカ、俺達はこいつらを守りながらカバーに入るぞ」
「任せて!」
突然の通信障害と暗殺部隊。生徒達の胸に不安がよぎる。
「レティ、帰ってきましたよ」
まもなく中断していたオークションが再開しようとする時、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がリラード人形を抱えてレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の所へ走ってきた。
【式神の術】をかけたリラード人形は、今まで守護鳥の雛の安全を確認にいかせていた。
リラード人形の身振り手振りの報告に、レティシアは嬉しそうに微笑む。
「無事は確認できたんですねぇ。よかったです。後は競り落とすだけ――」
その時、頭を抑え込みたくなるほどの耳鳴りが会場に響く。
「い、今のはなんですか!?」
「レティ!?」
慌てたミスティの声に視線を落とすと、先ほどまで元気に動いていた式神が、ただの人形に戻っていた。
「大変失礼しました。ですがご了承いただきたい」
すると、スピーカーから不在の司会者の声が聞え、締め切っていた扉から続々と銃火器を手にした集団が入ってくる。
「これも皆さまの安全のためです。これより先は、魔法および通信機器の遮断をさせていただきます」
銃火器を持った集団が客を包囲する。
どよめき、不満を口にする声。
「静粛にお願いします!」
それらが司会者の声で一斉にかき消される。
「いくつかお伝えしたい事がございます。最近、偽物を出品されるお客様が増えております。さらには、秘密裏で行われているオークションの情報を漏えいされるお客様も。それらは今後の運営に大変支障をきたします。ですので……」
――ポォン
「――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
コルクが外れたような音後に、司会者の言葉が女性の悲鳴によって遮られた。
会場中央にいた女性の傍。中年男性が首を斬られた状態で転がってた。
「上層部の意向で、今後はそのような行為が行われた場合は処罰を下すことになりました。お客様のご理解をお願いいたします」
悲鳴は広がり、逃げだろうとした者もいた。だが、銃声と共に足を撃ち抜かれた客を見て、踏み出した足が止まる。
会場が沈黙したのを見計らって、姿を見せぬ司会者が再び話を続ける。
「こちらをご覧ください」
降りてきたモニターにピンク色のドレスを着たポミエラが映る。
目隠しで、椅子に手と足を縛られた状態。場所は地下牢ではなく、何もない白い壁に囲まれた部屋。ただ一つ格子のついた窓からは、漆黒の空に浮かんだ満月と海面から突き出した夫婦岩が見えていた。
「彼女の首には、そこの男性と同じ、処罰を下すための物を付けさせていただきました。仮に触れようとした場合、鍵なしで開こうとした場合、また今いる部屋から抜け出した場合、少女の細い首が……ポォン! クッ、ククク……」
スピーカーから司会者の笑い声が聞こえてくる。
縛られて動けない状態のポミエラには、壁から鎖で繋がれた歪な首輪が付けられていた。
散々笑った司会者が、冷静さを取り戻す。
「落札された方には鍵と監禁場所を教えましょう。では、皆さまこの後もどうぞお楽しみください」
舞台の上に、これまでの司会者とは別のほっそりした男が現れ、オークションの再開を告げる。
レティシアは無音となったスピーカーを睨みつける。
「何が楽しんでいただきたいですかねぇ。こんな企画、納得できませんよ」
「レティ、どうするの?」
「どうするのも何も、あちき達がやることは変わりません。雛を競り落として無事に保護する。それだけですねぇ」
守護鳥の雛の落札が始まると、レティシアは全額叩いて競り落とした。
大広間が緊張に包まれる中、競売が行われる。
外部とは連絡を取れない。周囲を武装した集団に囲まれた。多くの工作員が暗殺者に殺されている。それらの要因が会場に潜り込んだ残りの工作員の精神が圧迫する。
「やめておけ。今動いても無駄死になるだけだ」
テーブルの下から武器を取り出そうとした工作員の手を、佐野 和輝(さの・かずき)が舞台の上を見つめたまま掴む。
「機会は必ずくる。その時まで待つんだ」
和輝の言葉でどうにか思いとどまらせることができた。しかし、それはその場しのぎでしかない。いずれは行動を起こしてしまうだろう。
何か手を打たなくては。
和輝は気づかれぬように生徒と敵の配置を確認すると、素早くナプキンに何か書きこんだ。
「アニス、ルナは?」
「いるよ」
和輝がアニス・パラス(あにす・ぱらす)に小声で問いかけると、彼女はポケットを軽くたたく。すると、中からルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)がひょっこり顔を出した。
「どうかしましたぁ?」
「ルナ、悪いが動いてもらえるか。気付かれぬようにそっとだ」
「お任せですぅ」
メモの書かれたナプキンを受けとり、ルナは周囲を警戒しながら客の足元を移動していく。
「あとはタイミングだな」
和輝の頬を冷や汗が流れた。
「ごめん、瑠兎姉。オレ、ポミエラを助けられなかった」
舞台袖で想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が俯きながらつぶやく。目の前で連れ去れたことを思い出すと、殴られた後頭部がズキズキ痛んだ。
「もういいよ」
すると、想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)が肩を掴んで優しく抱き寄せる。
「済んだことを悔やんでもしかたないじゃない。それにまだ終わってないわ。これから助けにいけばいいでしょ」
鼻をくすぐる甘い香り。背中に回された手が胸に顔を押し付け、暖かさが身体を包み込む。心が落ち着く。
その時、ふと気づいた。瑠兎姉が震えている。
悔しいのは自分だけじゃない。瑠兎姉だって悔しんだ。
「……ごめん、そうだよね。まだ終わってない。助けに行った人達だっているし、それに助けるために落札してくれる人もいる」
「そうよ。夢悠は夢悠ができることをしなきゃ。だから、男の娘が泣かないの」
「な、泣いてないよ」
慌てて身体を引き離す夢悠。本当は少し泣きそうだった。
夢悠の番が回ってくる。
「ちゃんとやるのよ」
手首を縛られて舞台の上にあがった夢悠は、脅えた子羊のように振る舞った。瑠兎子がスカートをめくると、顔を赤らめて足を震わせた。アイドルとして歌を披露しろと言われ、戸惑いながら歌ってみせた。
結果、男の娘大好きのおやじに高額で買われることになった。
「バッチリね!」
「そうだね。ところで瑠兎姉。オレこの後どうなるの? 売られたら助けにいけなくなるんじゃない?」
引き渡しはオークションが終わってから。とはいえ、すぐに行われるので助けに行く暇などあるはずもない。
すると、瑠兎子は――
「…………私が助けにいくわ」
笑顔で夢悠を係員に引き渡した。
いくつかの商品が競り落とされていく。それらのほとんどは会場で披露されることはなく、モニター越しに映し出されるだけだった。
それはポミエラも一緒である。
「よっしゃぁぁぁ! 待ってたぜ!」
ポミエラが紹介されると、派手なマントに身を包んだゲブー・オブイン(げぶー・おぶいん)が、立ち上がって天井を指さした。
その声に魔鎧となっていたアイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)は、頭が痛いと月詠 司(つくよみ・つかさ)に告げる。
「と、とりあえず無視して私達は競りに集中しましょう。確実にポミエラさんを助けるためにはその方法しか――」
「40万ゴルダだ! どーだ!!!」
「ぶっ!?」
初っ端からの高額提示に、司は飲み物を詰まらせて咳き込んだ。
「いきなり……」
「お―、どうすんのツカサ?」
「や、やるに決まっているじゃないですか」
シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に囃し立てられるように、司はさらに値段を上げていく。
その様子を見ていた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)の目にも火が灯る。
「よーし、わしらも作戦『火』でいくぞ、ラグエル!」
「え、え? 火ってなんのこと???」
「そんなの正攻法で競り落とす事に決まっておろう!」
初期の作戦が失敗した隆元達は、戸惑うラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)に手を上げさせて競りに参加する。
「ああん? なんだてめらぇら、やろうってんのか!?」
次々とライバルが増える中、ゲブーはテーブルに足をかけて相手を睨みつけた。
舞台の上のひょろい司会者に足をどかすよう言われるが、ガンを飛ばして黙らせる。
そぼ様子を見ていたフルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)は、隣で腕を組んで黙っているローグ・キャスト(ろーぐ・きゃすと)に尋ねる。
「白熱してるよ?」
「見ればわかる。安心しろ。このまま見ているつもりはないさ」
ローグも競りに参戦し始める。
「かぁ!? また増えやがった! ちきしょー、俺様が買うって言ったら買うんだぜー! 俺が立派なおっぱい(女性)に育ててやるんだぜ!」
皆が(結果的に)ポミエラを助けるため、懸命に競りに参加する。
着々と値は吊り上がり、すでに破格な値段がついていた。
会場が怒声にも似た声と熱気に包まれる。
そんな時――爆発音と共に会場が大きく揺れた。
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