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リアクション
第5章 幸せが妬ましいッ Story5
「あれは…清泉くんたちかな?」
「なんだかすごい勢いで走ってるね」
救護場で待機しているクリストファーとクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)が、こちらへ走ってくる姿を見つける。
「ずいぶん慌ててるみたいだけど、どうしたのかな?」
「それがね、ここに複数のグラッジが来ようとしているんだよ」
「うん、それくらい?」
「ソーマが言うには6体だって」
「え、そんなに?」
まさかの多さにクリストファーは目を丸くする。
「おい、来たぞ」
「グリュックリッヒ、ダムドッ!」
不運なことにセシリアの傍にいる太壱を見つけてしまい、石化の魔法で彼を石にする。
「タイチーッ!?」
「えぇい、バカ息子め。いきなり石になるとは、訓練が足りない証拠だ」
休憩中とはいえ、隙を見せるとは何事だ!と怒鳴る。
「樹ちゃん…、そんな無理言っちゃ…いや、なんでもない……よ。……。(せっかく評価が上向きっぽい感じだったのに。太壱くん、可哀想だなぁ)」
とばっちりをくらいそうな気配に、章は黙ってしまう。
巻き込まれたりしやすい星の元に生まれてしまったのだろうと、太壱に憐憫の眼差しを向けた。
「とっとと動け、このバカ息子が」
石を肉にする魔法で、樹が石化を解除してやる。
「すまねぇ、お袋…っ」
「私に謝る暇があったら、さっさと詠唱しろ」
「お、おう」
「タイチ、私の後ろで唱えて。仮は返さないとね」
残った精神力を使いきれば、宝石の石化に対する抵抗力で彼をかばえるはず。
守ってもらった仮を返そうと、アーソウルに祈りを込める。
「なるほどな、ああやって使うのか。リオン、特に北都、俺にくっつけ」
「ぇ…?」
「―……ちょ、ちょっとソーマ!」
「もっとくっつかないと石化から守れないぞ」
魔法から守るために2人を自分に密着させる。
「せ、狭いよ…」
「仕方ないだろ。お前らが石になったら、祓うやつが足りなくなるしな」
「くっつくのはこの際、…仕方ないけどさ。怪しい心も魔道具に影響しちゃうからね?」
「わ、わかってるって」
「ソーマ、石化の魔法が!」
「任せろ」
ペンダントの宝石からアンバー色の輝きを発し、光の壁を作り出す。
ねっとりとした灰色の魔法は、ソーマが作り出した光の壁へ進入出来ず、消滅してしまった。
「この道具ってかなり力を消耗するんだな」
「修練を積んで慣れれば、少しずつ楽になっていくと思うけどね」
「今度はエンドレス・ナイトメアか!」
「クローリスくん、皆を守ってあげてくれるかい?」
呼び出したクローリスにクリストファーが頼む。
「ふぅーん、おにーちゃんは守らなくてもいいわけ?」
トゲが少ない薔薇のような花をイメージさせる、可愛らしい少女だが相変わらず、トゲのあるツンとした態度をとる。
「俺も守ってもらえると嬉しいな」
「フン。しょーがないわね、ついでに助けてあげる」
ピンク色の花びらを舞い散らせ、暗闇魔法の力を拡散させて消し去る。
「ヴォルカンくんたち、今のうちに祓魔術を…」
「はい!」
「位置はどこだ?」
「あの民家の家主を囲んでいる」
誰が憑依するか決めきれず、ボソボソと話しながら相談しているようだ。
「リオン。相手がまとまってるなら、2人の力でも退かせられるはずだよ」
「分かりました、北都」
リオンはハイリヒ・バイベルを開き、哀切の章を詠唱する。
ソーマが示すポイントへ光の波を放ち、太壱も彼に合わせて祓魔術で退かせる。
「離れたみたいだな」
「諦めたのかな?クリスティーさん、暴れだす前に治療をお願い」
「うん。…ポレヴィークさん、薬を作ってもらえるかな?」
呼び出しておいたポレヴィークに、解毒薬を作ってくれるように頼む。
「えぇ、1つでいいのね」
白いドレスを纏ったポレヴィークは、召喚者の血の情報で彼が求めるものを読み取る。
伸ばした蔓と白い薔薇で、美しいキャンディーボックスのようなものを生成する。
透明なボックスの中にあるつぼみが、少しずつ丸い形へと変わっていき、丸い飴玉の形になる。
「症状が進行しないうちに、これを食べさせてあげて」
「へぇー、こういうもので生成したりするんだね」
クリスティーは花びらで作られた蓋を開け、小さな入れ物から丸薬を摘む。
「毒が進行してしまうと、肌の色も悪くなってしまうみたい…」
魔性祓いされた住人に解毒薬を食べさせる。
「この毒に魂が穢されると、身体のほうにも影響を及ぼしてしまうの。魂が壊死して現世から消えてしまうと、身体も崩壊してしまうわ」
「一番危険な状態はどんな感じかな?」
「血管が破裂して、内出血してしまうと毒を消しても、並みの回復魔法じゃ治せない。そのままにしておけば、間違いなく命を落とすわね」
「そうなんだ…」
イルミンスールに依頼が来てから、だいぶ時間が経っている。
被害者が憑依されたままだとしすれば、腐敗毒化まで症状が進んでいる者が何人かいるだろう。
「北都さん。精神の浄化と、呪いの解除を終えたよ。私たちも同行しようか?」
「そうだね、お願いするよ。僕たちは被害者を探してくるね」
リストを元に被害者宅を訪問しようと、北都たちは休憩場から離れる。
「クローリスくん、疲れたりしていない?」
パートナーに腐敗毒の解除に集中してもらうため、自分のクローリスにはグラッジの魔法から守ってもらうように頼んでいる。
「べ、別にっ。うちは力を使っても疲労しないわ」
「それならよかった」
「ていうかね。おにーちゃんは、自分の心配していないさいよっ。うちを呼び出したり何か頼んだりする度に、おにーちゃんが精神力を消耗するのっ。そのへん、ちゃんと覚えておいてよね!」
プンプンと怒り顔をし、クリストファーに向かって怒鳴り散らす。
「もしかして俺の心配をしてくれるのかな?」
「ち、違うっ。そんなわけないじゃないの」
「(ふふ、可愛いな)」
素直に言えないタイプらしく、怒ってしまう姿も可愛いなと思ってしまう。
「う…うるさぁあいっ」
「あれ、わかっちゃったみたいだね」
血の情報で考えていることがすぐに知られてしまう。
顔を真っ赤にしてプンスカ怒っているが、照れてしまった気持ちを悟られないために、わざとそういう態度をとっているようだ。
一方、北都たちは命を絶とうとしていた中年の男を、民家に送り届けた後。
被害者の家へ、一軒一軒訪問していた。
「後…2軒だね。ソーマ、疲れてない?」
「それくらいなら大丈夫だ。北都、あの家は誰もいないのか?」
「どこ?」
「灰色の屋根のところだ。何も気配を感じられない」
「分からない…、行ってみよう」
誰も住んでないのか、単なる外出中なのか。
それとも、憑依されてしまったのか…。
北都は民家の戸をノックする。
「―…いないのかな?」
「家主には悪いが、壊すか」
本当に誰もいないのか確かめようと蹴り破る。
「なんか暗いな?」
「まだ日が高いから、見えなくはないけどね」
窓から差し込む日の明かりのおかげで、僅かに部屋の様子が分かる。
「あ、いるじゃないですか」
「待て…、気配がないぞ」
目の前にいる住人は、アークソウルの反応の数に入らない。
この者はすでに憑依されているのだと確信する。
「シアワ、セ、ナ…ヒト。ケス…。…ヒト、……ショウメツ」
言葉を途切れさせながら言い、ソーマたちを睨む。
「なっ、包丁!?」
テーブルの銀のトレイを盾代わりに、包丁の刃を防ぐ。
「―…っ」
防いだ衝撃で、腕にびりびりと痺れるような感覚が走る。
「リオン、哀切の章で祓って!」
「でも、この距離だとソーマを巻きこみますよ」
「祓魔術は、邪悪な相手を対象にするから問題ないよ」
「わ、分かりました」
北都に言われた通りに哀切の章を唱え、祓魔の光を器に侵食させて祓う。
器はもちろん、ソーマにも傷を負うことはなかった。
「俺に害はないと分かっていても、わりと冷や冷やするな」
「それも慣れるしかないですね」
「…っと、グラッジは…。ん、どこに行ったんだ?」
抜け出た魔性の行方を探してみるが、器の周りや自分たちの近くにもいない。
「皆さん、冷蔵庫から気配を感じますわ」
「まさかそれに憑いたっていうのか?」
「僕が魔法防御力を下げるから、リオンはもう一度、哀切の章を唱えて」
北都は詠唱しながら台所へ駆け込み、酸雨を降らせる。
的が大きい分すぐに命中し、グラッジは巨体をガタガタと揺らす。
「そんなに強く降らせてないのに…」
「惑わされてはいけません。痛くもないのに、わざと大げさに騒いでいるのですわ」
「むぅ…、悪い子だね。わっ、冷蔵庫の中のものを投げてくるよ!」
グラッジがカタクリズムで、中にあるものを投げる。
「ともあれ、そこから離れてもらないわと、家主さんが困ってしまいますからね」
哀切の章の術で悪霊を追い出す。
「キミ、僕たちを騙そうとするなんて悪い子だね」
「ナンデ、ワルイコト、イケナイ?…タノシイ」
「魔性にも事情があったり思うこともあるだろうけど、悪いことはいけないよ?誰かを傷つけても、キミたちに良いことは何もないから」
「ドウシタラ、イイコト…アル?ワルイコト、ヤメタライイコト、…アルノ?」
今まで悪いことは楽しいこととして暮らしてきた悪霊にとって、唯一の楽しみが良いことにならない、ということがイマイチ理解出来ない。
「ん、…ぅ〜ん。(そう返してきたか…)」
「カンガ、エテ…ミル」
「感知範囲から消えたみたいだな」
「考えるって、どういうことかな?」
「悪いことをやめたら、良いことがあるのか考えてみるってことじゃないか?」
「妬んでばかりじゃ、幸せも良いことだってないのになぁ…」
グラッジを説得出来たのかわからず、残念そうな顔をする。
「悩んでいても仕方ないですよ、北都。被害者をクリストファーさんたちのところへ運びましょう」
「そうだね…。ソーマ、あまり揺らさないで運んでよ」
「分かってるって」
光る箒に乗ったソーマは、被害者を後ろ側に乗せた。
「また被害者を発見したみたい。ポレヴィークさん、薬を準備してもらえる?」
ソーマが光る箒に見知らぬ女を乗せて運んでいる姿を発見し、召喚したまま待機させているポレヴィークに頼んだ。
「えっと。これ、返さなきゃね」
花と蔓で作られた小さなボックスを彼女に返す。
「1つずつ作るの?」
「あと何人治療しなきゃいけない人がいるか分からないんだ」
「分かったわ」
ボックスの中につぼみを作り、解毒薬の丸薬を生成する。
「キレイな色だね」
「そう?薬だから見た目はあまり考えたことないわ」
「ありがとう。さっそく食べさせてあげるね」
草の上に寝かせられた被害者の頭を少し持ち上げ、クリスティーは白い飴のような薬を食べさせる。
「肌の色がよくなっていくね」
女は薬の作用で、腐敗毒の進行による土気色の肌だから、白色の肌へ変わっていく。
「なんとか助かったようだね」
「いえ?完全には…無理みたい」
ポレヴィークがそう呟くと、女の肌がところどころ避け、じわりと血が流れ出る。
「それだけ毒が進行してしまったということ?」
「もしも、これが臨死ならまず助からないわね」
「早く血を止めないと…っ」
「わりと美人じゃないか。死なせるにはまだ早いな」
ソーマは若い町娘の傷を命のうねりで癒す。
「中のほうはどこまで治ったかわからないな」
「結和さんところへ連れて行こう」
「―…和輝さんから定期連絡が……。…今、ショップのほうにいるみたい。私が場所を聞くから、そこまで連れて行こう」
町娘はソーマに箒で運んでもらい、終夏たちは和輝たちがいるショップへ急ぐ。
ショップに到着すると、“救助要請があった”と伝えられた結和が、扉を開けて待機していてくれた。
「クリスティーさんのポレヴィークさんがいうには、臨死しちゃう可能性があるって。早く治療してあげて」
「じゃ、頼んだぞ。外傷部分は治したが、中まで治ったかどうかは分からない」
「え!?お、お任せくださいっ」
箒を扉のほうへ寄せてもらい、町娘を抱きかかえる。
マットの上に寝かせ、復活の魔法で治す。
「……呼吸が正常に戻りましたね。た、たぶん、もう大丈夫かと…」
「ありがとうな」
すやすやと眠っている町娘の身体を受け取り、再び箒に乗せた。
「起きたら暴れちゃうかも。…あの木陰に下ろそう」
日よけの適当な木陰を探し、ソーマに下ろしてもらう。
「呪いにもかかっていそうだね。ミリィ、精神の浄化は一緒にやってもらえるかな?」
「はい、お父様」
ミリィは涼介と一緒に、邪気に穢れされた精神を浄化する。
「(呪いは解除出来たけど…。先に復活の魔法をかけてもらった人よりも、精神の症状が重いようだな)」
死にそうなほど長く憑依されてたせいか、なかなか邪気を祓いきれない。
娘のミリィを見ると、彼女も懸命に祈り続けている。
「…お父様、邪気が……!」
町娘を蝕んでいたものが身体から放出されていく。
それは禍々しい、黒い霧となって消えた。
「魔性は…本気で人を殺そうとしているのか?」
「そうじゃないとは言いきれない。だけど、まだ死んじゃった人は出ないから、その前に止めなきゃ」
「北都が諦めないなら、俺はそれに付き合うだけだ」
「ありがとう、ソーマ。まだ1件残っているけど、先にこの人を家に帰してあげよう」
ソーマに微笑みを向け、町娘が目を覚ますのを待つ。
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