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千年瑠璃の目覚め

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千年瑠璃の目覚め

リアクション

「なんか……意外に、魔鎧を“装着”して来てる人も多いな」
 自称『魔鎧(に関する依頼専門)探偵』キオネ・ラクナゲンは、ぶつぶつ言いながら歩いている。
 場違いなトレンチコートを颯爽と翻して。……
  ガシャンッ  「うおっとい!!」
 コートの裾をテーブルの端に引っかけ、グラスをひっくり返す。
「ああ〜……やっぱ、普段着慣れてないとこうなるよな……」
 思わず頭を抱えたところへ、片付けものを乗せた盆を片手にした本郷 翔(ほんごう・かける)が現れた。
「お客様、お洋服は大丈夫でしょうか」
 動揺も、明らかに宴の席に慣れていない様子のキオネへの好奇の色も微塵も見せず、慇懃な態度でキオネに尋ねる。大丈夫、です、と動揺してしどろもどろになりながらキオネが答えると、盆を一旦脇に置き、グラスを片付けてさっさとナプキンで汚れをふき取った。てきぱきとした無駄のない動き、如才ない給仕ぶりである。
「よろしければ、受付にてコートをお預かりすることもできますが……」
 翔が申し出ると、キオネは慌てたように、手をぶんぶん振った。
「あ、いや、これは脱げないですっ。俺、探偵なんでっ」
 探偵が探偵と簡単に名乗るものなのか、そもそも宴という場に探偵とは穏やかじゃない、と見られてもおかしくはないのだが、翔はそのことを殊更に追及する気はなかった。
 この宴に、不穏な幾つかの思惑が絡まっていることは、翔も聞いて知っている。しかし、それらに関して情報を集めたり、その情報を分析したりなどということには興味はない。ただ、宴に来た客がリラックスし、満足し、真にこの催しを楽しんでくれればいいとだけ考えている。お客様の個人的な事情に首を突っ込むようなことはエレガントではないし、給仕の仕事ではない。分かりました、という風に軽く頷いただけで、
「何かグラスをお持ちしましょうか」
 恐らくうろうろ動き回っていたせいだろう、微かに汗ばんだキオネの額を見て新たにそんな風に申し出た。
「あっ、いや、えといいです。……あああの、すみません」
「はい」
「この人、このパーティー会場で見かけませんでしたか」
 そう言って、キオネは写真を翔に見せた。
「お連れ様ですか?」
「や、俺の連れじゃないんだけど……探してる人がいて。グレス・デインって人なんだ」
 ちょっとの間、翔は考えた。客に快く過ごしてもらうのが執事の本分だが、一人の客の願いで別の客が不興を被るのは避けたいことだ。この客が捜している相手が、捜されることを望んでいない相手だったとしたらどうするか。……しかし幸いというか、
「申し訳ありません、お見かけしてないですね」
 本当に見ていない顔だったので、迷いながら嘘を吐くような後味の悪い事態は避けられた。
「もし見かけたら彼に、俺のこと、お友達のキーザン・アレイスの依頼で会いに来た者がいるって伝えてくれませんか。それで向こうは分かるはずなんで。で、俺にも教えてくれるとありがたいです」
「かしこまりました」
 一礼して、キオネの前を辞した。万が一この人物を見かけても、名前を確認し、彼の言う通りの名前だったら伝言を伝えて、その後どう振る舞うかはその人物の意志に任せよう、と思った。
「人探しですか?」
 キオネの背後から、声がかかった。


「何だか凄い賑わいだけど、肝心の主は見つかるのかな」
 賓客たちの上品なひそひそ話に満ちたテラスから宴客で華やかに賑わう庭園へと、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)は降りてきた。主催者であるモーロア卿と見届け人のジェイダスに挨拶をして、出てきたところだった。
「噂に上るだけあって、美しい魔鎧でしたわね。でも、不思議というか奇妙な雰囲気で……」
 同じ魔鎧として興味深く千年瑠璃を見たニケだったが、あのような状態を長い年月保っていることが不思議らしかった。
「この場にも、魔鎧やその職人たちが沢山いらしてるのですね」
 穏やかな表情ながら興味を引かれた様子で目を瞠っているニケを横目に見て、ルカルカは口元を綻ばせる。タキシードのルカルカと純白のイブニングドレスのニケは、さながら紳士と淑女の一組に見える。
「いろんな人や魔鎧がいるし、料理も美味しそうだし、折角だから、パーティを楽しもう♪」
「えぇ」
 そんな時、「奇妙なトレンチコート姿の男」の噂が耳に入ってきたのだった。何が目的なのか分からない様子でうろうろと会場中を歩き回っているので、自然と客たちの口に上るような格好になっているらしい。
「探偵コスプレ? そんなパーティじゃないと思うんだけど」
「不審者じゃないといいですが……捜してみますか?」
「不審者だとしたら、『自分は不審者です』ってアピールしすぎてる気もするけど……。何か起きてからじゃ遅いもんね。捜してみよ」
 2人は庭園を横切り、植込みに区切られた道を歩いていった。そこで、ちょうど翔と話をしているキオネを見つけたのだった。
――「人探しですか?」
 話の内容が僅かに聞こえてきて、ニケが声をかけると、キオネは振り返り、やや戸惑い気味にはぁ、と頷いた。
「変わった格好ですのね。探偵のコンセプトですの?」
「えぇ、まぁ……」
 ニケとキオネの会話を聞きながら、ルカルカは(形から入る人なんだね…)と思っていた。

 {smll}※ただ、もしも所謂「探偵モノ」のメディア作品のツウがこの場にいたなら、「あなたが探偵コスするならトレンチコートより、絣(かすり)の着物とよれよれの袴を着て、中折れ帽を被って下駄をはいて、田舎道を疾走したり、そのぼさぼさのセミロングの髪をわしゃわしゃ掻きむしったりする方がいいですよ」とアドバイスするであろう風貌なのだが。{/smll}

 そこに、永夜とルカフォルク、梓乃とティモシーもやって来て、4人はキオネの話を聞いた。


「十年前、グレス・デインって人が、シャンバラ大荒野に出かけていったきり行方不明になって……
 てっきり蛮族に襲われたのかと思ってそっちの線で捜索を進めていたらしいんだけど、最近になって、その辺りで『素材』を集めていた魔鎧職人がいたって分かってさ。
 魔鎧にされたんじゃないかって話なんだ。で、その友達って人に頼まれて、俺が捜してるの。
 あ、俺、魔鎧に関する依頼を専門に引き受けてる……ってか、気が付いたらそんな活動内容になっちゃってたんだけど、私立探偵やってます。もともとは魔鎧職人なんだけど」


 そう話して自己紹介したキオネは、4人に捜索対象者の写真を見せ、特徴などを告げると、急に渋い表情になって腕組みをした。
「人間の姿しか分からないからアレなんだけど……もしも魔鎧状態で、誰かに装備されてたら」
「分からないわよね」
 ルカフォルクが言うとキオネは頷き、うーんと唸ったが、
「……多分、全身を覆う重いタイプじゃなくて、胸当て中心の軽いタイプの鎧だと思うんだ。
 おそらくそんなに装飾には凝ってない、実戦に使う鎧だと思う。こういうパーティで装着してきたら浮くんじゃないかなぁ。
 だから、そういう人がいないかなぁと、注意して見てるんだけど」
 自分の格好が浮くとは思っていないのか、そんなことを言ってきた。
「魔鎧状態を見たことなくても、そういうのって分かるのか?」
 永夜が少し驚いたように訊く。
「いや、その頃シャンバラで活動してた魔鎧職人っていうのを調べ上げて、ピックアップした奴の作品傾向を調べた結果のアテ。
 絶対合ってるとは言えないけど、俺結構、こういうのは鼻が効くから」
 そうは言っても自信はないのか、どこか情けない顔つきでたはは、とキオネは笑う。
「俺たち、協力させてもらいますよ。こんなに広くて人出も半端じゃないところじゃ、ひとりで捜すの大変でしょう。
 ルカ姉、テラスから捜してみようか。あそこからなら会場が広く見渡せるし」
 まず永夜が口を開き、ルカフォルクも頷いた。
「すみません……よろしくお願いします」
 ぺこぺこ頭を下げるキオネに手を振って、2人はテラスの方へと戻っていった。
「それは面白そうだ。良い退屈しのぎになりそうだし、ボクもとシノと一緒に協力させて貰うよ」
 梓乃の意見を全く聞かずにティモシーもそう申し出る。続いてキオネも、
「私たちも協力させていただきますわ」
「すみません、ありがとうございます」
「あっちでダンスが始まったみたいだよ。ルカたちが行ってみて、それとなく探ってくるね。キオネ…さんも、一緒に来る?」
「キオネ、でいいです。俺は正門の方へ行ってみます」
「じゃあ、何か分かったらそっちへ行くね」
 そしてルカルカとニケも、キオネと別れた。
「何だか、分かった感じの方ですわね。魔鎧職人という話ですけど」
「そうだね、ルカもなんかピコン! ときたよ」

「……あなたは、元魔鎧職人なんですよね」
 他の4人が自発的に「手分けした」にも関わらず、威勢よく協力を申し出たのにキオネ自身への興味から全然彼の傍を動く気のないティモシーを一度じろりと見ると、梓乃はキオネに向かってそう切り出した。
「それなら、今回のお披露目される魔鎧や、魔鎧師ヒエロ・ギネリアンについて、あなたは何か知らないんですか?」
 今回の宴の花ともいえる『美しすぎる魔鎧』について、謎めいた情報が錯綜していることは、梓乃も聞いていた。だから、そう訊いてみた。
 それに、魔鎧職人というものに対する軽い嫌悪的な印象が、ヒエロに対する視線をそことなく疑いの混じったものにしていた。
 それが分かっているのかいないのか、
「そりゃあ知っているけど、俺が知っているようなことなんか、皆が知っているんじゃないかな。
 ――『千年瑠璃』、『炎華氷玲』シリーズの最高傑作と言われる。製作者ヒエロ・ギネリアンにはその他にも多数の個性的な作品があるが、現在行方不明――」
 梓乃の言葉を受けてそう語り上げるキオネの声は、乾いて軽いものだった。とぼけているのか生来そのような喋り方なのか、梓乃には判別できなかった。
「会えるなら会いたいもんだけどね、ヒエロ・ギネリアン」
 そう締めくくったその言葉だけ、何かしんみりとした響きがあったような気がした。
「ボクも会ってみたいね、ヒエロ・ギネリアン! 会えたら連絡してよ」
「ティモシー! 僕たちもそろそろ、捜しに行かないと」
「え、キオネと一緒に行こうよ」
「同じところに何人も行っても、人探しの意味がないだろう!」
 正直キオネには何か引っかかるが、協力すると約束してしまった以上行かないわけにはいかないと、梓乃は渋るティモシーを引っ張るようにして、キオネには「何か分かったら正門まで行きますから」と言い残し、庭園の向こうの方へと歩き出した。
 不承不承歩いていくティモシーだったが、途中、虹色に光るリボンの小柄な少女にすれ違った時一瞬、目が踊った。空気の匂いを嗅ぐように鼻を効かせてくすっと笑い、呟いた。
「はぐれ魔鎧ねぇ……随分、高級な匂いがする」
 急ぎ足で過ぎる少女の耳には、届かなかっただろう。