|
|
リアクション
■第五幕:冒険者の学び舎
二人が依頼を受ける数日前のこと。
黒板の前、セス・エディングス(せす・えでぃんぐす)が書物を片手に口を開いた。
「八神の代りに、戦術の座学を行う、セス・エディングスだ」
彼の隣には八神 誠一(やがみ・せいいち)の姿がある。
「代わりも何もそこにいるじゃない。本人」
「あー……こいつは気にしないでくれ。今日はオレが担当する。というわけで、今回はテキストを用意した。3P目から始める。この設問について答えてくれ」
「戦術を考える前に、武術の達人があなたを倒すのに必要な最小攻撃回数Aと、あなたが武術の達人を倒すのに必要な最小攻撃回数Bを考えて下さい。」
セスに促されるように八神が淡々と言った。
「一回と……何回だろう?」
「どっちも一回よ。どんな相手でも死に至る一撃を与えられれば終わりだから」
風里の回答にセスは頷いた。
八神が口を開く。
「初手で急所に攻撃を叩き込めれば、実力如何に関わらず即死となります。しかし、身体能力、技量、共に相手が勝っていれば、その隙を見出す事は困難であり、必要なのは如何にして相手に隙を見出すか、と言う事になります」
「ここで重要なのは、その一撃を如何にして叩き込むか、と言う事だ。その方法に関しては次のページに書かれているな」
セスが続けると東雲姉弟がページをめくる。
読み終えた優里が言う。
「陽動と奇襲ですか」
「古典的な方法であるがとても効果的だ。近代の戦争でもそれが実証されている」
セスが言い終えると八神が口を開く。
「強敵相手に隙を見出す方法として有効なのは、やはり奇襲と陽動です。
身構えていない相手を攻撃し、先手を取れるのが奇襲の利点です。但し、こちらの挙動に不審な点があれば、見抜かれる事もあるので、注意しましょう。対して陽動は、敵の意識を自分以外に向ける事で、相手の隙を突く事が出来ます。但し、あからさまに過ぎると見抜かれて、各個撃破される恐れもあるので注意が必要です」
テキストに書かれていることを淡々と述べる。
その様子は前に訓練した時に会った様子とは大きく異なっていた。
「八神さんの様子おかしくありませんか?」
「気にしなくていい。話を進めるぞ、つまりここで言いたいことは来ると分かってる攻撃は奇襲足りえない。意識を向けさせれない陽動は陽動足りえない。こういう事だな」
当たり前のことだが大事なことであった。
八神が告げる。
「奇襲を成功させるには、相手に自分は有利だと誤認させる事です。有利だと思えば、動きが単調になり、次の動きを読み易くなります。陽動を成功させるには、相手が何をされたら嫌かを考える事です。無視出来ない状態に追い込めれば、だいたい成功します」
「以上が初歩戦術の考え方だ。時と場合によっては今回話した内容が違えることがある。そうした場合でもちゃんと動けるように自分でしっかり考えろよ」
■
講義は続く。
青葉 旭(あおば・あきら)と山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が八神たちと交代して講義を進める。
「パラミタに侵入しようとすると超自然現象によって防がれることは知ってると思う。一般的に知られている対処法は分かるか?」
「契約者になることですね」
優里が答えた。
青葉は頷き、黒板に文字を書く。
「あとは結界装置を使うことだな。空京の結界みたいなものだ」
「私、結界とかよく分からないのよね。理屈というか理論というか……」
「まあそういうものがあるってことだけ覚えておけばいいさ。また地球人だけではなく地球産の機械はパラミタでは正しく動作しない。ただし例外として空京の結界内では動く。また空京で生産された地球のテクノロジーはパラミタでも作動する」
「この部分だけを聞くとパラミタには防衛システム的な何かがあるのか、意思を持ってるのか、そういう印象を受けるよね」
「そうだな。実際のところどうなのかは不明だが、基本的にパラミタでは機晶技術を用いた機器でないとまともに動いてはくれない。海京で造られたイコンがパラミタで動かせるのは機晶技術を用いているからだと考えられている」
「パラミタ産の技術ですよね」
「正確にはニルヴァーナ原産らしいけどな……」
青葉は言うと二人に向き直る。
「天沼矛が完成したのは概ね3年前くらい前だ。それ以前にも部分的には稼働していたわけだが、この天沼矛の完成によって何が変わったか分かるか?」
「そうねえ。地球とパラミタにおける交易かしらね」
「だいたい合ってるな。地球とパラミタ間の物資搬入が飛躍的に向上したんだ。特にパラミタだけでは無く地球への搬入の向上もかなり大きな効果だね」
機械とパラミタの関係についてはここまで、と青葉は言うと山野と交代する。
「パートナー通信も携帯を通して行うことができるけど、うっかりしていると使えない時があるわ。充電切れ、とかね」
「地球とあまり変わらないですね」
「通話料未払とかでも止まるわよ。利用停止されちゃったりするから」
「本当にそっくりね……」
山野が笑みを浮かべて説明した。