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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

リアクション

 ダオレンは人と人との間をすり抜け、音もなく小暮へと近づいていく。
 そして射線に障害物がなくなったとき、拳銃の狙いを頭部に定めて発砲した。

「……っ!」

 小暮は咄嗟に頭を傾けた。銃弾が頬を裂き、一筋の血が伝い落ちる。
 ダオレンはにやにやと笑みを浮かべたまま、反対の手で携帯を握っていた。

「へぇ、やるじゃん。でも、これはどうかな?」

 ボタンを押すと、天井から十条の鋼の槍が小暮に落下した。
 体が反応し、横に飛び退く。一瞬遅れて、槍が小暮の居た場所に突き刺さった。
 小暮が安心したのも束の間。

「いい反応だね。さすがリーダーくん」

 下顎に冷たい鉄の塊を押し当てられる。
 避ける場所を予測していたのだろう、ダオレンは先回りをしていた。

「それじゃあサイツェン。短い間だけど楽しかったよ」

 そして、一気に引き金を引いた。
 乾いた銃声。鋭い反動が腕を跳ね上げ、四十口径の銃弾を発射。空薬莢が地面を跳ねる。
 だが、ダオレンの目は驚愕で見開かれた。
 小暮が指にかかる力の動きを読み、顔を跳ね上げることでどうにか回避したからだ。かけていた丸眼鏡が外れ、深めに被った帽子が宙を舞った。

「すげぇ! まさかこれを避けるなんて、さすがリーダー……く……ん?」

 さらに、ダオレンは二度の驚愕を味わう。
 それは小暮だと思っていた人物が、全くの別人だったからだ。

「はは。遠目には意外と分からないものさ」

 小暮に扮していた人物の名は源 鉄心(みなもと・てっしん)
 鉄心はダオレンの反応を目の当たりにして笑い声をあげ、間合いをとるために素早く後退。
 不敵な笑みを浮かべ、小暮の口調を真似る。

「分からない確率88%だ」
「……くく、まさか出し抜かれるとはね」

 『苦々しい』という表現が似合う笑みを浮かべながら、ダオレンは苛立たしげに呟いた。

「それで当の本人は……ああ、そうか。シエロのもとに向かったのか」
「その通り」
「そうか……まずったなぁ」

 ダオレンはぼやきつつ、拳銃を連射。
 鉄心は大気中の水分を凍らせ、氷の壁を前方に展開。銃弾を防ぐ。
 氷の厚いフィルター越しに二人は視線を絡ませ、鉄心は言い放った。

「追いかけられても面倒だからね。キミには俺の相手をしてもらうよ」
「まぁいいか。他の人が守ってくれるだろうし、乗ってあげるよ。
 それに僕は――人を騙すのはいいが、騙されるのは大っ嫌いだからね」

 どてっ腹に風穴空けてやる。
 そう決意し、ダオレンは空になった弾層を悠然と交換した。

 ――――――――――

「ててて、鉄心が忙しそうですの……!」

 多目的ホールにて、激しい戦闘を行う鉄心を横目で見ながら、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は呟いた。
 臆病である彼女にとって、近くで行われる大規模な戦闘は少々刺激が強すぎる。

「ティー! ティー! いるんですの!? いたら返事してくださいな!!」

 涙目で頭を抱えてうずくまる彼女は、ティー・ティー(てぃー・てぃー)の名前を懸命に呼ぶ。
 だが、返事は返ってこない。
 イコナは恐る恐る顔をあげ周囲を見回すが、ティーはこのホールのどこにも居なかった。

「いつの間にかティーも居ませんの!?
 どどど、どうするんですの? わたくしはどうしたらいいんですの!?」

 完全にパニックに陥るイコナに、オリュンポスのノーマル戦闘員が迫ってくる。

「ぎゃー!?」

 イコナは悲鳴をあげ、あろうことかカプセルに収納していたサラダを呼び出した。
 肉迫した戦闘員の顔目掛けて、サラダを思いっきり放り投げる。

「サラダ出番ですの! サラダ一番ですわ!」

 しかし、それが功を奏したのか、視界を防がれた戦闘員の攻撃は空を切った。

「ややや、やりましたわ!」

 生まれたての小鹿のように足を震わし、イコナは逃げ出そうとした。
 しかし、恐怖で腰がぬけて立てない。
 イコナは地面にへたりこんだまま、恐る恐る戦闘員を振り返る、が。

 ――ノーマル戦闘員は、一心不乱に投げられたサラダを食べていた。

「はっ! ぼ、僕としたことがお腹が空いて、サラダの魅力に取りつかれて……!」

 我に返るノーマル戦闘員を見て、イコナは思った。
 これならわたくしでもいけそうだ、と。
 不思議と腰が軽くなり、イコナはすんなりと立ち上がった。

「ふふ、サラダの魅力は蠱惑的ともいえましょう」
「くっ、誰だお前は!?」
「サラダの神様、とでも名乗りましょうか」
「なん……だと……?」

 イコナはカプセルからサラダを取り出し、空中に舞い上げた。
 それはいわゆるサラダ吹雪。
 コールスローは宙を舞い、レタスの葉は流れ落ち、プチトマトは早めに落ちる。

「ほーら、サラダですわよ。選り取り見取りのサラダ三昧ですわよ〜」
「く、ぐっ……お腹が空いてきた」
「我慢は毒ですわよ? それに、サラダならいくら食べても大丈夫」
「……え?」
「サラダは栄養が豊富。つまり――」
「つまり……?」

 ごくっ、と戦闘員は唾を飲み込んだ。

「このサラダこそ、現代人にとって最高の一品だったんですのよ!」
「な、なんだってー!!」

 ノーマル戦闘員は驚き、俯き、そしてイコナに問いかけた。

「……こんな僕でも、サラダを食べればエリート戦闘員になれるのかな?」
「ええ、きっと。サラダがあれば、あなたはエリート街道まっしぐらですわ!」
「ほ、ほんとに!?」

 救いの神を見るかのように戦闘員は顔を上げた。
 彼女の周りではサラダ吹雪が吹き荒れ、体中がサラダでべったりだ。サラダ塗れと言っていい。
 戦闘員は確信した。
 間違いない。彼女は本当に、正真正銘、サラダの神様だったのだ! 布教の季節がやって来たのだ!

「しかし……」

 けれど、戦わなければならない。ハデスがそう命令したのだ。
 あんまりだよ、こんなの。
 残酷な運命を呪いつつ、戦闘員は悲しげに目を伏せた。

「こんな僕とてオリュンポスの戦闘員。
 無限の可能性を秘めた未完の大器としてやるべきことをやらなくてはならない」
「……そうですか、仕方ありませんわね」
「違う形で出会いたかったよ、サラダの神様」
「わたくしもですわ、未完の大器」

 戦闘員は覚悟を決め、イコナを見据えた。
 対するイコナは、サラダを両手でありったけ持ち戦闘の構えをとった。

「あんじょう、みさらせ……っ!」
「かかってきなさい。あなたの血液をサラッサラッにしてやりますわ!」