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リアクション
第六章
廃ビル四階。
契約者たちはフィロ姉弟の部屋に着き、扉の横で小暮が拳銃をドロウした。
「用意はいいか? 突撃するぞ」
周りの契約者は頷き、小暮は扉を勢い良く開けた。
銃口と視線を部屋の隅々まで移動させる。
誰もいないことを確認すると、警戒を解かずに廊下へ上がり、リビングへと進んだ。
「お客さん、かな……?」
十畳一間のリビングで、安物のベッドに上半身を起こす女性が一人。
上質なマントのように背中まで垂れた金髪。腰の上に置かれたしなやかな手は彫像のようだ。
そんな美しい女性――シエロ・フィロは透き通るような青色の瞳を小暮に向けた。
瞳の焦点が定まっていない。事前の情報通り、彼女は目が見えないようだ。
小暮はわざと足音を立てながら彼女に近づくと、安心させるような優しい声で言った。
「あなたが、シエロ・フィロ殿でしょうか?」
「はい、そうですけど……どちら様でしょうか?」
「教導団所属の小暮秀幸です。あなたにお話があってやってきました」
「教導団の方が私にお話ですか……?」
シエロは可愛らしく首をかしげた。
他の契約者もシエロに歩み寄ってくる。
多くの足音を耳にして、彼女は美しいラインを描く唇に手を当てて小さく笑った。
「たくさんの方がいらっしゃるんですね。今日はお客さんが多い日です。ねぇ、お医者さん?」
シエロは小暮から視線を横に移し、にっこりと笑んだ。
だが、その視線の先には誰もいない。小暮は不審に思い、口を開く。
「失礼ですが、誰もいませんよ?」
「あら、もう帰ったのかしら。先ほどまで私の診察をしてくれていたんですが……」
シエロの言葉の終わりと共に、ティーが鋭い勘で気づいた。
「小暮さん、危ない!」
小暮に後ろから体当たりを繰り出し、強制的に床へと伏せさせる。
「なにをっ」
抗議の声を上げるまえに、小暮の頭上を刃が通過した。
突然現れたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)は、自身のナイフが外れた事実に首をかしげる。
「あれれー、仕留めたと思ったんだけどなー」
狭い室内の壁に着地し、無理やり方向転換。
飛燕のような速度で小暮に襲い掛かるが、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が身を割り込んだ。
赤い火花が咲く。
鍔迫り合いを行いながら、グロリアーナは言い放った。
「いつも辛酸を舐めさせおって……今日こそは覚悟してもらうぞ、デメテール!」
「へへーん、自宅警備員舐めるなよぉー」
デメテールは腰にくくりつけた手裏剣を取り、近距離で投擲。
だが五角形の刃はグロリアーナに届く前に、横からの銃撃に打ち落とされた。アイアンハンターが両腕のマシンガンをぶっ放したのだ。
「もー、雪だるまのくせに調子乗んなよー!」
言葉の緩さとは裏腹に、デメテールの行動は素早い。
金属製の雪だるまの援護射撃を避け切り、跳躍。天井に脚をつけ、高速で急降下。
再び、グロリアーナの刃とデメテールのナイフが衝突。
金属の悲鳴が室内に反響した。
「え、ええ、あ、あの一体なにが……!?」
突然のけたたましい戦闘音に、シエロは恐怖で言葉が詰まりそうになるのを我慢して、叫んだ。
「申し訳ございません、お姉さま」
カーター・ギルバート(かーたー・ぎるばーと)は彼女の動揺を緩和させようと、素早く近づき、声をかける。
「今はお話しする時間がありません。事が終わり次第、必ず説明しますので」
「は、はい……?」
シエロが戸惑いながら首を縦に振る。
とほぼ同時。ベランダへのガラスが誰かによって突き破られ、室内に破片が舞う。
カーターはその破片からシエロを守りつつ、派手な登場をかました人物に目をやった。
素性を隠すために獅子の面を被った和輝がそこに居た。
「多勢に無勢。加勢させてもらうぞ」
和輝は自らの背中に手を伸ばし、二丁の拳銃を抜き放った。
「来い、陽炎蟲!」
短い呼びかけに応じ、どこからともなく現れた蜂のような昆虫が両足に舞い降りた。
昆虫は和輝の両足に体を沈める。
レガースに覆われた脛に、仄かに光る赤い幾何学模様が浮かび上がっていく。
一瞬で蟲と同化した和輝は、カーターめがけて引き金を引いた。
重い銃声が響く。
円盤状の盾に弾かれ、強烈な光の弾丸は背後の壁に着弾。大きな風穴を穿った。
和輝はその隙にカーターとの間合いをあっという間に詰め、左足で床をミシリと踏みしめた。
「はぁぁああ……!」
凄まじい速度で和輝の強化された足が跳ね上がった。
薄手の鋼板をぶち抜く強烈無比な中段蹴りは、円盤状の盾に直撃し大きなヒビを走らせる。
間髪入れずの第二撃。
足を踏み換え放たれた爆速の蹴りは、ラウンドシールドを完全に破壊した。
カーターは盾を捨て、デリンジャーの銃口を胴体に向け、発砲。
和輝は弾丸が届く前にバック転で後退し、間一髪で銃撃を避けた。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
盾が壊れる音を耳にしたせいだろう。
シエロは心配そうな顔でカーターを見つめた。
彼は視線を和輝から逸らさず、背中越しに声をかける。
「問題ありません、ご心配なさらず。お姉さまは私が守り抜きますので」