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リアクション
■幕間:潜入、鼠小娘
「――というわけですから、誰かの戦い方を見るというのもそれはそれで参考になりますし、楽しいものですよ。貪欲に吸収しましょう」
富永 佐那(とみなが・さな)は東雲姉弟と話していた。
優里はなるほどー、と真面目に聞いているが風里はといえば話よりも映像に興味津々の様子でずっと眺めていた。これはこれで勉強しているのかなと富永は苦笑する。
「富永さんはどんな戦い方をするんですか?」
「ニルヴァーナで研究されていたこのサポートプログラムと風術を併用して……」
彼女の周りで空気の流れが生まれる。
どうやら風を操作しているらしい。
「風の乱れが分かれば相手の動きも予想が――」
ふいに風が乱れた。
彼女は周囲を見回すが近くを通り過ぎた人影はない。
「どうしたんですか?」
「今何かが横切ったみたい」
富永が訝しんでいるとアニスたちが駆け寄ってくる。
「こっちに誰かこなかった?」
「ですかー?」
「何かが通り過ぎたみたいなんだけど」
その言葉を聞くとアニスたちはお礼を言ってその場を離れた。
■
「いやーあぶなかった、あぶなかった。」
デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)はそう言うと隠形の術を解いた。
アニスや富永たちの傍を隠れながら移動していたのは彼女であった。
(そっちはどう?)
(――っ! み、見つかりました。あいつら……ぬわああああああーっ!!!)
彼女は下忍と連絡を取ってみるが断末魔の叫び声しか聞こえなかった。
「あー……デメテールは悪くない。デメテールは悪くないよ」
自分が見つかったから下忍たちが追い立てられたのではという疑念を頭から振り払う。
そんなことよりと気を取り直すと楽しそうに笑みを浮かべた。
「どこかな、どこかなー、賞品のお菓子一年分はっ!」
侵入した部屋の中、財布と何かの書類が置いてあるのを見つける。
財布にはKUZEと名前が印字されていた。
「誰のか分からないけどもらっとこう」
デメテールはささっと財布と書類を懐に入れると足早に部屋を出た。
部屋の外、廊下の端からこちらを見やる女性の姿が見える。
「そこのあなた。お待ちなさい」
(あれ……? ひょっとしてデメテールの姿が見えてる……)
彼女はギギギ、という音が聞こえそうな感じで身体を動かすと女性の方に振り返った。
そこにいたのはエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)だ。
(ええ、それらしい人物を見つけましたわ。あの方たちと話したら先日のことが露見するからと巡回していて正解でした。佐那さんの方に逃げるかはわかりませんが見つけたらお願いしますね)
エレナは富永にそう伝えると笑みを浮かべながらデメテールに近づく。
途中、置いてあったごみ箱を蹴り飛ばした。
中身を辺りに撒き散らしながらゴミ箱がデメテールに向かって飛んでいく。
「うわっと!? それでは家でネトゲが待ってるのでデメテールはこれでさらばなのだっ!」
ごみ箱を避けて、こちらへと駆けてくるエレナに向かってそれだけを言うとデメテールは隠形の術で身を隠しながら逃げ出した。タタタタッという足音が廊下に響く。
彼女は音を頼りに追跡を開始した。
笠置 生駒(かさぎ・いこま)とジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)が場内を警備しているとデメテールがその横を通り過ぎていく。良い位置にいたジョージが蹴飛ばされ、地べたに転んだ。
「ウギャウ!?」
「おわっと……なに?」
駆けて行くデメテールの背中を見つめていると後方から足音が聞こえてきた。
エレナだ。彼女は笠置の姿を見るや叫んだ。
「その子、侵入者だから掴まえてくださいましっ!」
「よし、やっちゃえジョージ」
笠置は言うとジョージに攻撃を指示する。
ウキーッ! と叫び彼はデメテールに追いついた。
「うわっ、ちょっとなにするのよ。っていうかどこ触ってんのよこの猿!」
デメテールを抱えてジョージはそのまま走り出した。
どこに向かうのかは見当がつかない。
その様子を眺めていた笠置は素知らぬ振りで警備に戻った。
「ワタシは何も見てない。見てないよー」
■
「――連携をさせる暇は与えてくれそうにないのう」
「当然であろう。わざわざ敵に合わせるつもりはないのだよ」
奇稲田が剣を振るった。
草薙は両の拳で剣の側面を殴る、もとい挟むことで受け止めた。
「封印してやろうか?」
草薙はそういうと封印の魔石を取り出した。
それを見た奇稲田は苦笑いすると告げる。
「それは勘弁してもらいたいのじゃが……な!」
距離をとり、素早く刀を引き抜いた。
目にも止まらぬ速さで放たれる一撃は魔石を切るに容易かった。
石が真っ二つに割れる。
「味な真似をしてくれるな」
「お互いさまじゃろう」
奇稲田と草薙が戦っているその近くで桐ケ谷もアルテミスと対峙していた。
しかし先ほどとは様子が異なっている。
魔鎧姿であったリーゼロッテが人型を維持していた。
「た、多勢に無勢ですよー……」
アルテミスは言いながらもリーゼロッテの一撃を受け流す。
さっきまでとは違いその顔に余裕の色はない。
「それに目が紅くなってるし! さっきは手を抜いていたに違いありません」
「別に手を抜いていたわけじゃない。デメテールの姿が見えないから警戒していただけだ」
桐ケ谷は言うとリーゼロッテとタイミングを合わせて彼女に斬りかかった。
その動きは皆と合流する前に受けた一撃と似ている。
「「クロス・スラッシュ!」」
剣が交差してX字の軌道を描いた。
それはアルテミスの身体を直撃する。
「や、やられました〜」
胸を通り抜ける衝撃に身を任せながら宙を飛んだ。
骨にひびが入ったような痛みが彼女を襲う。
地面に転がり倒れ伏す彼女の視界に、同じように倒れているハデスの姿があった。
「どうだ。結構派手だったろう」
目を回しているハデスの脇に立ち、恭也は楽しそうにはっはっはと笑った。
だがハデスもまた同じように笑い始めた。
「……なんで笑ってるんだ?」
「決まっている。我らの作戦が成功しようとしているからだ」
ハデスは起き上がるとフハハハハと高らかに笑った。
「ククク、我らはあくまで陽動部隊。本命のデメテールは今ごろ武闘大会の会場で目当ての賞品を手に入れているはずだ!」
「なん……だと?」
恭也は驚愕といった様相でハデスを見やった。
そして言う。
「この大会、賞品ないぜ?」
「フハハハ、何を言うかと思えばそのような嘘を……無駄だ。すでに我が構成員が手に入れている。今日のところはこれで引かせてもらおう!」
ハデスがそう言った時である。
会場の入り口から猿がこちらに向かってくる。
脇にはデメテールを抱えていた。
「ん? なんだこの猿の怪人は――ぬおっ!?」
猿ことジョージはもう片方の腕でハデスを抱えるとそのまま何処かへと走り去った。
アルテミスたちが焦った様子でハデスを追って行く。
「一体なんだってんだ……というかあいつ何を手に入れたんだ?」
恭也の問いに答えられる者は一人としていなかった。