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リアクション
家。
「……これで良かったんだよ。あそこでエドゥと別れて」
千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はつい先日の出来事を思い出していた。
その出来事とは、かつみが単純に力欲しさにエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)と契約した事を後悔しエドゥアルトを静かな元の生活に戻れるように距離を置くため自分からわざと酷い言葉をぶつけてエドゥアルトに背を向け、振り向かずに立ち去った事だ。
「……エドゥの為にはあれで良かったんだし、自分も今までとかわりない。いつも通り」
かつみはもう一度自分の判断は間違っていなかったと繰り返した。自分のわがままでエドゥアルトを縛るよりはずっといいはずだと、あそこで別れなかったらきっと後悔して失敗したと思っていたはずだと。確かにその通りだった。現実世界は失敗したと言っていたのだから。エドゥアルトと出会うまで元々、かつみは長年一人で生き抜いていたその生活がまた戻っただけ。それだけのはずなのにかつみの気分は晴れず、過ぎ去った事を思い出しては自分の判断は正しいのだと言い聞かせるばかり。
「さてと、ぼうっとしていも仕方が無い」
かつみは空元気にしか見えない明るさでやるべき事を始め、時間を過ごしていた。
一人での生活が始まってから日に日に一つの疑問が膨らみ、かつみを悩ませていた。
「もし、あの時振り返っていたらどうなってたんだろうな……」
これがかつみを悩ませる疑問であった。エドゥアルトに背を向けて立ち去ろうとした時、もし振り向いていたらどうなっていたのかと。
「あの時、エドゥはどんな顔をして俺を見送ってたんだろう」
かつみは穏やかなエドゥアルトがどんな顔をしていたのかを想像する。自分の言葉に怒りを浮かべていただろうかそれとも悲しみや諦めだろうか、もしかしたら喜びかもしれない。振り向かなかったかつみにはどれが正解なのか分からなかった。怒りでも悲しみでもない穏やかな笑みを浮かべていた事など知る由もなく、その笑顔のため切り捨てる事が出来ずにとどまり好奇心旺盛で破壊的な癒し系の強化人間と契約する未来もあった事も当然知らない。何かを選べば選ばなかった選択は消えてしまうのだ。ただ、心に悲喜交々の感情を残して。
「……終わった事を今更考えても仕方が無いのに」
たった一つの別れをしただけなのにかつみは多くのものを失ったような気がしてならなかった。
「…………」
かつみは考える事が嫌になりベッドに横になった。眠れば考えなくて済むと考えていた。しかし、そうはいかなかった。
「……この泣き声は!?」
どこからともなく聞こえてくる自分の名前を呼びながら泣く声がかつみを起き上がらせた。
「……知らない声のはずなのに何か放っておけない。どこで泣いているんだ? どうして俺の名前を……」
見知らぬ声のはずなのになぜか放っておけないかつみは泣いている人物が近くにいないか思わずきょろきょろ。
「……いないよな。ここにいるのは俺だけのはずなんだから」
と我に返り、かつみは再びベッドに戻った。
今度はいかなる声にも邪魔されず、無事に目を閉じる事が出来た。
そして、夢を見る。映像ではなく声だけの夢。その声には聞き覚えがあった。別れたエドゥアルトのものだった。珍しく声を荒げてかつみに何事かを言うエドゥアルトの声。その何事かをかつみは悩ましていた疑問の答えとして受け取り、眠ったまま静かに一人ではない現実に戻って行った。
■■■
「ねぇ、かつみさん 起きてください……起きてくださいってば」
千返 ナオ(ちがえ・なお)は安全な場所に移動し、毛布でくるんだかつみに必死に声をかけ続けていた。ナオ達と少し離れた間にかつみは倒れてしまったのだ。事件の詳細を知ったナオは必死に呼びかけ続けている。
「……もしかしてかつみの別世界はあの時の事かもしれない」
ナオ達を見ているエドゥアルトにはかつみがいる別世界に見当がついていた。あの時とはかつみがエドゥアルトと離れようとした時だ。後になってあの時の事を話した時にかつみは小さく“失敗した”とつぶやいたのをエドゥアルトは耳にしてしまったため見当が付いていたのだ。
「……失敗、かつみはもしかして別世界の方を望んでいるのでは」
エドゥアルトは昏睡状態のかつみの顔を見ながらかつみが以前つぶやいた“失敗”を自分から離れそこなった事だと誤解し、別世界を望んでいるのではと恐れていた。
「かつみさん! かつみさん! 死んじゃ嫌ですよ」
ナオはかつみの身体が次第に冷たくなっていく事に怯えながらもあふれ出す寸前の涙をこらえつつ懸命に揺さぶったり、すでに泣き声に近い声で呼びかけ続ける。ナオに泣かれると弱いかつみにとってそれは十分な刺激となっていた。
「……あの時は振り返ってくれたけど、今度は振り返ってはくれない。あの時は仕方ないと諦めかけたけど、今はもう諦めたくない」
エドゥアルトは小さく自分の気持ちを言葉にした。かつみが自分から離れようとしたあの時、自分が見えなくなる最後の一歩でかつみが振り返るまでエドゥアルトは仕方無いと諦めかけていたのだ。そして、今あの時と似た状況。今度は諦めたくない。
「かつみ、あなたがあの時の事を失敗したと、私から離れそこなったと思っていたとしても私はあなたと契約し、こうして一緒に生活している今に戻って来て欲しい。あなたがどんなに別世界を望んでいるのかは分かっているけど、それでも私達の元に戻って来てよ。お願いだ。このままいなくなるような事はしないで欲しい」
いつもは穏やかなエドゥアルトは珍しく声を荒げ、死に近付くかつみを必死に引き止めようする。そのエドゥアルトの声は別世界で眠るかつみにしっかりと届き、現実世界での目覚めへ導いた。
「……ここは」
現実に戻ったかつみはぼんやりとしたまま目を周囲に走らせる。
そこに
「ここは現実ですよ、かつみさん! 俺達と契約した世界ですよ」
かつみの目覚めに気付いたナオは力強い声で教える。目にはこらえる涙でいっぱいだった。
「……そうか、現実か」
ナオの話を聞いたかつみは上体を起こして周囲を改めて見回す。別世界があまりにもリアルだったためと最後が睡眠の場面だったためこの現実が別世界で見ている夢の様に感じていたのだ。
「もしかしてどこか具合が……」
静かに様子を見守っていたエドゥアルトがかつみの身を案じ始めた。
「いや、心配無いよ」
瞳を周囲からエドゥアルトとナオに向け、確かに現実に戻って来たとようやく実感。
「……二人とも心配掛けて悪かった。やっぱり俺の現実はこっちだよ」
かつみは詫びと共に自分の気持ちを伝えた。二人と離れていたためか今回は悩む事無くするりと口からこぼれた。
「……かつみ、戻って来てくれてありがとう」
エドゥアルトはかつみが現実世界を選んで戻って来てくれた事に言葉以上に感謝し嬉しく思っていた。
「……あぁ」
かつみは一言だけ答えた。それ以上は言葉にしなくても互いに分かっているから。今いる世界は間違いではないと。この世界でしたあの時の選択は失敗ではなかったと。
「もう戻って来ないじゃないかって心配しましたよ。無事で本当に良かったです!!」
そう言ってナオは嬉しさのあまり我慢していた涙を流し盛大に泣き始めた。
「……ナオ」
かつみは泣くナオを微笑ましそうに見ていた。別世界で聞こえたあの泣き声はナオだったのかと。かつみは自分が思っていたよりもずっと二人を心配させていたんだなと改めて思っていた。
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