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【行殺劇場開幕への序曲】

 ひと口に愛といっても色んな愛の形があるように、ウザさの場合も、色々な形のウザさがある。
 アッシュといえば、取り敢えずウザいのひと言で済ませるのがベストな対処だが、今回に限っていえば、そのウザさをどのように表現するのか――そこが、問題であった。

 空京の街中の、とある一角。
 片側二車線の通りが交差する十字路に、白くふわふわした毛で覆われた幼児程の大きさの何者かが徒党を組んで、縦横無尽に展開してその場を占めてしまっている。
 それらはいずれも、卯(うさぎ)っぽい外観のアッシュであった。
 或いは、アッシュっぽい卯と表現した方が良いかも知れない。
 この白い生き物は、ちょっと見た目には可愛い。愛くるしいと表現しても良いかも知れない。
 つぶらな瞳とぷにぷにのほっぺなんかを見ていると、ぎゅぅっと抱きしめたくなるような衝動が込み上げてくるかも知れないが、しかしながら、少し待って欲しい。
 この白い生き物達は、いずれもアッシュっぽいのである。
 つまりその可愛さすらも、何となく見ているうちにウザく感じてしまうのだ。
 卯アッシュとも呼ぶべきこの白い生物達は、何か動くものが視界に入ってくれば、一斉にその方向に面を向けて、小首を傾げて、
『いぢめる?』
 などと、問いかけてくる。
 普通ならば、その仕草だけで可愛いと胸がときめいてしまうのだろうが、いずれの顔もアッシュである為、とにかく問答無用にウザかった。

「目立ってナンボのアイドルが、変態野郎にセンターポジションを奪われたままでは済まされないわ!」
 突如、ワイヴァーンドールズの小悪魔的な衣装で通りに飛び出してきた五十嵐 理沙(いがらし・りさ)だったが、そこに展開する光景に一瞬、硬直してしまった。
 理沙は、卯アッシュの出現と聞いて真っ先に駆けつけてきたひとりである。
 以前、理沙はバニーガールに近しい変態そのまんまの姿の偽アッシュに、存在感という勝負に於いて一敗地にまみれたことがあった。
 それ以来、ウサギ+アッシュの組み合わせには異様な程の対抗心を燃やしており、もしまた次に出会う機会があれば、必ずやリベンジを果たしてやろうと息巻いていたのである。
 そして今回。
 理沙が卯アッシュの出現を受けて自身の黒歴史を帳消しにすべく立ち上がったのであるが――いざ駆けつけてみると、可愛らしいのだが異常にウザい卯アッシュの大群を目の当たりにするという現実が、彼女を待ち受けていた。
「あら……とっても可愛らしいウサギさん達じゃない。これだったら、無理にラインキルドさんの不思議な異空間で始末して頂く必要もないかしら」
 セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が理沙と同じく、ワイヴァーンドールズの衣装に身を包んで、交差点前へと姿を現した。
 前回のような際どい変態姿のアッシュが大量に出現していることを想定していただけに、今、彼女の前に広がっている光景は、ある意味、胸を撫で下ろす穏やかな種類のものであった。
 ところが、理沙はそんなセレスティアに猛然と噛みついた。
「何いってんのよ、セレス! こいつら、バニーGアッシュは絶対に倒さなくてはならない終生の敵よ! そんな甘い考えでいたら、いずれアイドルの座も奪われてしまうわ!」
 バニーGアッシュとは、理沙が勝手に命名した卯アッシュの名称である。
 この名前の中にさりげなく配置されている『G』が何を意味しているのかは各人の判断に委ねられているが、理沙の中では決して前向きな感情が込められている訳ではなかった。
「たとえラインキルドさんの不思議な力で行間の彼方に埋もれようとも、私達は決して戦いをやめないわ! 行間に埋もれても、遠くまで届く私達の歌があるんだから! ネバーギブアップ! ネバーサレンダー! それがワイヴァーンズスピリットよ!」
「あのね、理沙……もう、何の戦いだかよく分からなくなってきてるんだけど」
 相手が変態偽アッシュならば、ラインキルドの力を借りるのも良いかも知れないと考えていたセレスティアだったが、今、目の前にたむろしている卯アッシュだと、そこまで思い切った判断が出来ない。
 一方の理沙は、相手が可愛かろうが何だろうが、全くお構いなしである。
「さぁ、私の炎のノックをその身に受けるが良いわッ! この欲深き野菜達!」
 アッシュのプロフィールが、未だに野菜であることへのこだわりが、理沙の中にあった。
 それはともかく、理沙は大勢の愛らしい卯アッシュ軍団目がけて、顔が描かれたボールを爆炎波でぶち込んでゆく。炎の魔球と呼んで良いだろう。
 更に容赦なく、轟雷閃での雷魔球をも繰り出す理沙。
 しかし意外にも、卯アッシュ軍団はごく一部が乱れただけで、大勢的には影響を全く受けていないようにも見えた。
「中々手強いわね……よしセレス。こうなったら、ワイヴァーンドールズの十八番、ワイヴァーンズ応援歌サービスメドレー(特盛)をあいつらに叩き込むわよ!」
「えぇ、まぁ……歌なら、私達の本分ですから……」
 勿論このふたりが歌い上げる以上、ただの応援歌などではない。
 その中には、敵を蹴散らし味方の士気を高揚させる諸々の技術・能力を込めての熱唱である。
「さぁっ! 私達の歌を聞けーい!」
 空京の一角で、ワイヴァーンドールズのミニコンサートが始まった。


     * * *


 大量発生している卯アッシュに対抗するかのように、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)にそっくりの小人さん達が通りの一角から、わらわらと無数に湧き出てきた。
「ふむ……このアッシュ君達は、悪霊の類とかいうような存在ではなさそうですな」
 たった今、破邪滅殺の札が効果を現さなかったことを受けて、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)が思案顔で呟く。
 ならば、と狐樹廊は戦術を変え、眠らせる方向に舵を切った。
 狐樹廊の仕掛けたヒプノシスは面白いように効果を発揮し、卯アッシュ達は手近なところに居る者から、次々に眠りこけてゆく。
 矢張りなんだかんだいっても、所詮はアッシュなのである。雑魚なのである。
 この程度の戦術で簡単に対処出来てしまう辺り、アッシュの域を超えていないことが明白となった。
「まぁ。所詮はアッシュ君ですか」
 幾分拍子抜けしたような調子の狐樹廊だが、かといって変に手強かったら、それはそれで困る。
 アッシュ如きが健闘するなど、あってはならない話であった。
 ともあれ、眠りこけた卯アッシュ達を、ミニチュア・リカインが次々に交差点の一角へと担いでゆき、効果的に卯アッシュ軍団の切り崩しにかかっている。
 ただ、とにかく数が多い。
 流石量産型、などと感心している余裕も無く、寝かせ役の狐樹廊と回収役のミニチュア・リカインが連携を取って、とにかく迅速に卯アッシュ軍団の数を減らしにかからなければならない。
 その時、同じ交差点の別のところで、黄色い嬌声があがった。
「きゃあん! か、可愛い!」
 卯アッシュに巨乳エクストラハグを仕掛けようとするルカルカ・ルー(るかるか・るー)だが、何故かそのすぐ近くで小銭を落とし、地面を這いつくばって探しているラインキルド・フォン・リニエトゥテンシィの微妙な空気に呑みこまれてしまい、ハグ出来たのかどうか本人もよく分からないうやむやな記憶の中に叩き込まれた。
 一瞬で存在感が別の何かに呑みこまれてしまったルカルカを、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は顎先に軽く指を触れさせ、ほぅ、と感心した様子で眺めている。
「これが所謂、行殺という現象か。国軍少佐といえども抗えぬ摩訶不思議な亜空間。これは、案外研究のし甲斐があるかも知れん。だがそれにしても……また、アッシュか
 期せずして、ルカルカを人身御供に差し出す格好で行殺を免れたダリルだが、しかし科学では決して解明出来ない謎のメカニズムについては随分と興味を抱いたようである。
 しかし相手がアッシュということには、流石のダリルも呆れ顔は隠せない。
 そんなダリルの傍らで、狐樹廊が「げっ」という顔を見せていた。
「うわ……あのラインなんとかいう御仁、ここにいらっしゃったんですか」
「ルカルカが上手い具合に引っかかってくれたから、気にせずに連中を狩り続けよう」
 世間的に表現すれば、

   少佐殿は、犠牲になったのだ。

 というところなのだろうか。
 しかしダリルは一向に構わず、何気なく引き抜いた銃を卯アッシュの群れに向け、何の躊躇いも無く引き金を引く。

    パンッ パンッ   パンッ

 渇いた銃声が三度、響いた。
 挨拶代わりの鉛玉をお見舞いしてやったダリルだが、その端正な面は全くの無表情である。
 狐樹廊が今度は、「うへぇ」という顔を見せた。
「ああいう外観をしているにも関わらず、容赦がございませんな」
「連中が、可愛いとでもいうのか? 生憎だが、俺にとって可愛いと表現出来るものといえば、整然としたプログラムコードか、しっかり計算されて配置された回路図ぐらいだな。あんな卯など、何が可愛いのかさっぱり分からん」
 ダリルの趣味をよく理解出来ない狐樹廊だが、しかしその一方で、どうせアッシュだし、あんなのを可愛いと思う奴はいないですよなぁと、納得もしてしまった。
 ところで、とダリルはリカイン本人の姿が見えないことに気づき、狐樹廊にそのことを訊いてみた。
「ミニチュアは大勢居るようだが……まさか、彼女もルカルカと同じように?」
「あぁ、いやいや、ただ単にトリップ・ザ・ワールドで自分の世界にのめり込んでいるだけですよ」
 狐樹廊は敢えてラインキルドの変な空気のせいではない、と強調してきた。
 別段ダリルはそんなことは考えてもいなかったのだが、狐樹廊が変なタイミングで念を押してきた為、全く別の思考でラインキルドの不思議な空間に考察を走らせる。
「あの行殺空間というものは、自在に活用出来るようになれば中々面白い。ある意味、インテグラルよりも強いのではないかと思う時もある」
「まぁ……やった筈のことも、やらなかったことにされてしまうような空間ですからなぁ」
 実際、ルカルカがつい今しがた、ラインキルドの餌食となってハグした筈なのに、ハグした事実すらあったのか無かったのか、曖昧な記憶の彼方へ吹っ飛ばされている。
 ダリルは更に二度三度、引き金を搾って弾丸を射出しながら、うむ、と小さく頷いた。
「ここしばらく、色々な研究テーマを模索していたのだが、行殺の何たるかを調べてみるのも面白い」
「そ、それは……個人的には、あまりお勧めしませんな」
 狐樹廊の引きつった笑みに対し、ダリルは真剣に考え込む仕草を見せた。
 その間も、彼の銃は容赦なく卯アッシュを次々に葬り去っている。