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種もみ学院~契約の泉へ

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種もみ学院~契約の泉へ

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会えない寂しさ


 契約の泉の予想以上の暗さに、何とかしなくてはと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)も動いていた。
 美羽は中国の農村で出会った農家を思い出していた。
 痩せた土地を耕すことに疲れていた彼も、美羽達と農作業をしている時は楽しそうだった。
 それをここでもできればと思ったのだ。
 そのためには、ある人物の力が必要だった。
 美羽とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は足元をよく見ながら、泉を囲む森を歩く。
「田んぼはなくても畑くらいは……」
 下ばかり見すぎていて、頭上に突き出ている枝に気づいていなかった美羽を、コハクが慌てて引き止めた。
「上も気をつけて」
「危なかった〜、ありがとう。これ、刺さったら痛いよね。髪も絡まっちゃいそう」
 そして美羽が周囲を見回した時、木々の隙間に小屋のようなものを見つけた。
 小屋は使われているような気配があった。
「きこりさんかな。あのー、誰かいますかー?」
 美羽が声をかけながらドアを開くと、種もみじいさんが二人、種もみを数えていた。
「種もみじいさん、見つけた!」
「……ん? 何じゃ、お前さん方は」
「おじいさん達の力を貸してください!」
 美羽は、契約の泉の荒廃ぶりとこれから移住者がパートナーを求めてここに来ることを説明した。
「あいつらも哀れよな……。よし、いいじゃろう。一緒に畑仕事をして汗を流す。体を動かせば気分爽快じゃ!」
「ありがとう! 畑はあるの? それともこれから作るの?」
「この小屋の裏に畑がある。そこを使おう。ちょうど種もみを蒔こうと思ってたところじゃ」
「それじゃ、チョウコに話してみんなを連れてくるね」
「じゃあ僕はおにぎりでも作ろうかな。たくさん働いたらお腹がすくでしょ?」
 コハクの提案に美羽も種もみじいさんも賛成した。
 じいさんの一人が、米をたくさん持って来てやると言って出かけて行くと、その間に美羽はチョウコのもとへと戻ったのだった。
 チョウコにこのことを話すと、ホッとしたような顔で頷いた。
「体動かして、少しは元気になってくれるといいな。あいつらはバラックで菊達やアデリーヌと話をしてると思うぜ」
「おにぎりも期待しててね」
 美羽がバラックへ行き畑仕事に誘ってみると、思った通り気乗りしないという反応だった。
「そんなこと言わないで、きっと楽しいよ。私、それで中国の農家の人と仲良くなったもの」
「ま、それもいいかもな。どうせろくに動きもしないでグスグズやってたんだろ?」
 が頷くと、アデリーヌがそれまで話を聞いていた守護天使の手を取って立ち上がった。
「少し違うものを見るのも大切ですわ」
 美羽もバラック内のいくつもの部屋を回って声をかけた。
 全員が来てくれるわけではなかったが、三分の一くらいは外に出ただろうか。
「ここはあたしらに任せて、そっちは頼んだよ」
 菊に見送られて種もみじいさんのいる小屋へ行こうとした時、チョウコに呼び止められた。
「おにぎり作るって言ってたよな? 呼雪らはカレーライス作ってくれるんだって」
「カレーもおいしそうだね! ここで作るの?」
「ああ。意外と人数がいるな。野菜とか足りるといいんだが」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の心配に、大丈夫と美羽は言い切った。
「種もみじいさんが助けてくれるよ。今もお米を取りに行ってくれてるんだよ」
「取りに……? 途中でモヒカンに襲われたりとかは」
「あ……だいじょーぶだよ、たぶん」
 美羽は明後日のほうを見ながらそう言った。
「またこっちに戻ってくると思うから、その時はカレーちょうだいね」
 そう言って美羽は森へ入っていった。
 一行が森の中の小屋に着くと、待っていた種もみじいさんがさっそく裏手にある畑に案内してくれた。
「さあ、存分に耕して種を蒔くのじゃ!」
 おー、と元気に握り拳をあげる美羽。
 ぼーっと立っている泉の住人達に、鍬を渡していった。
 追い立てるように彼らを畑に向かわせると、コハクが美羽に小屋のほうを指さして言った。
「僕達は向こうにいるよ。がんばって」
「コハク達もね」
 何人かはコハクについておにぎりを作ると言ったのだ。
 何かをしたいと思えるようになってよかったと、美羽は思った。

 呼雪は機晶ドラゴンに積んできた調理器具や食材を、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と協力して下ろした。
 竈にする石は、バラック建設で使った余りで充分足りた。
火を熾す準備をしながら、思わずといったふうにヘルが言う。
「すごいどんよりしてるねー。これでも明るくなったんだって? まだお昼なのに夕方だよね。雨の日の」
 雨は降っていないが、そんな雰囲気だ。
「呼雪は僕のこと放置なんてしないだろうけど、でも他人事じゃない気はするよ」
「会いたくて仕方がないんだろうな」
「会わせてあげたいけど……」
 それは簡単にはいかないだろう。
 ヘルはあえて明るい声で話題を変えた。
「ライス派の人とパン派の人がいるよね。僕、ナンも焼いちゃうよ」
「いい考えだな」
 呼雪はあらかじめ切ってきた野菜を大鍋に入れると、ヘルが火を熾した竈にかけて炒め始めた。
 チョウコが呼雪とヘルの楽しげな調理風景を眺めていると、携帯の着信音が鳴った。
「カンゾーか? ……ああ、やっぱりな。つしこい野郎だ。でもしばらくは大丈夫そうなんだな? こっちもまあ、何とかなりそうかな。ああ、じゃあな」
 携帯を切るチョウコを見ていたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、このままではチョウコまで気持ちが沈んでしまうのではと危惧した。
 落ち込んだ様子は見せていないが、それほどここは空気がよどんでいて重苦しいのだ。
「このような場所に長時間いては、健康な人も病気になってしまいますわ」
 リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)の言葉はもっともだ。
 シリウスは妖精鳴弦ライラプスを抱え直すと、チョウコに声をかけた。
「こんな時こそやろうぜ」
「歌うのか? まさか、あたしも……?」
「当たり前だろ。お前がいなくてどうするんだ」
 ステージもガガの監督のもと、できあがっている。
 また、菊による泉周辺に設置する屋台の区割りも終わり、今は次々に屋台が立てられているところだ。
 道の整備もされ、契約の泉を最奥にまっすぐ森の外まで伸び、道の両側に屋台が並ぶ。
 ステージはそのすぐ傍にある。
 シリウスに引っ張られて向かったステージ周辺には誰もいない。
 それでもかまわずシリウスは言った。
「大事なのは選曲だ」
 わかるか、と目で問いかけるシリウス。
 音楽のことはよくわからないながらも、チョウコはシリウスの言いたいことを探る。
「……わかんねぇ。あいつらの好きな曲も知らねぇしな」
「ははは、個人のために歌うならそいつの好きな曲がいいだろうけど、今回は大勢が相手だからな。──なあ、チョウコ」
 突然、シリウスはここに来た時にチョウコからもらった懐中電灯を彼女に向けて点けた。
「まぶしっ。何すんだ!」
「こういうことだ」
「何がだ」
「あいつらは今、絶望の暗闇の中にいるんだ。だから最初から強い希望を歌い上げても、驚いて反発しちまう。必要なのは夜明けのやわらかい光。静かな激励の歌だ」
「夜明けの……たとえばどんな?」
 シリウスは微笑むと、ライラプスをぽろんと弾いた。
 リーブラがやさしく見守る。
 ゆるゆると爪弾かれるシリウスの竪琴の音色は、心の奥をそっと撫でていくような深い旋律だった。
 チョウコがじっと聞き入っていると、やがて曲に合わせてリーブラの繊細な歌声が乗った。
 暗闇をさまよっていた人が星のような小さな光を見つけ、それを大切に育てながらやがて美しい世界を知る……そんな歌詞だ。
 繰り返されるメロディーにチョウコが少しずつ声を合わせ始めると、バラックからぽつりぽつりと人が出てきた。
 久しぶりに聞く音楽に興味をひかれたのかもしれない。
 シリウスが微笑んで手招きすると、ゆる族と英霊が寄ってきた。
 しばらくぼんやり眺めていた二人だったが、ふと、ゆる族がこぼした。
「……ふん、わかったようなふりしちゃってさ」
 瞬間、ギラッと目を光らせたチョウコをリーブラがそっと押さえる。
 こういう反応がくることも考えていた。
 リーブラはステージからゆっくり降りると、ゆる族の手を取りステージに導く。
 チョウコはハッとしてそのゆる族にマイクを握らせた。
「歌ってみろよ。思ったままをさ」
 ロサンゼルスでシリウスがチョウコに言ったことを、今度はチョウコがゆる族に言った。
 今でもあれはめちゃくちゃだったと思うが、後悔はかけらもない。やってよかったとさえ思っている。
「音はこちらが合わせますわ」
 リーブラにも促され、ゆる族は久しく歌っていない持ち歌を振るえる声で歌いだした。
 ぼそぼそとした聞き取りにくい歌声だったが、先程のようなとげとげしさは消えていった。
「この歌はポップな感じだよな? こうかな」
 ライラプスのテンポが変わる。
 ゆる族の声が、少し軽やかになった。
「あっ、やってるやってる」
 と、顔を出したのはさゆみアデリーヌ
 さゆみはステージ前にぽつんと立っている和服の英霊に声をかけた。
「あなたも何かどう?」
「端唄を……聞かせて」
「端唄っていうと……江戸時代の歌よね?」
 残念だが、ここに三味線はない。
 さゆみはシリウス達の曲が終わると、シリウスに竪琴で伴奏をしてくれないか頼んだ。
「端唄……悪ぃ。端唄はわかんねぇけど日本の歌なら」
 シリウスは桜の季節によく歌われる歌を選んだ。
 シニフィアン・メイデンとして歌手活動をしているさゆみとアデリーヌが、シリウスの伴奏にあわせて歌う。
 英霊は目を閉じて静かに聞いていた。
 歌が終わる頃、ステージにはさらに人が集まっていた。みんなここでくすぶっていたパラミタ種族達だ。
「やっぱりみんな、音楽は好きなのよね」
「歌が少しでも希望になればいいですわね」
 さゆみとアデリーヌの言葉に、チョウコも今は素直に頷ける。
 ロサンゼルスでも人々は音楽を愛し、言葉が通じなくても音楽で通じ合っていた。
「商店街のオヤジさん達がどんなに励ましてもダメだったのに、不思議なもんだな。音楽部、本気で作ろうかな」
 チョウコが言うのは、種もみ学院の音楽部のことだ。
 始めは四十八星華の知名度を利用して言っただけだったが、ロサンゼルスやこの場での体験がそう思うようにさせていた。
「少しテンポをあげようか」
 さゆみの提案にシリウスは頷く。
 しかし、まだ抑えている。明るく元気な曲はまだ早い──そう見たからだ。
 シニフィアン・メイデンと交代で歌ったり、時には誰かをステージに上げてみたり。
 暗く硬かった彼らの表情に明るさが見えてきた時、チョウコは時が来るのを待っている二人を見つけた。
 確か夫婦だったっけ、とぼんやり思い出す。
 シリウスに目配せすると彼女も気づき、小さく頷く。
「やってみようか」
 チョウコは手を振って遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)を呼んだ。
 歌菜も羽純も、ここで暗闇に飲まれてしまった彼らに言いたいことはたくさんあったが、まずは自己紹介とお辞儀だけをして歌い始めた。
 テンポの良いポップナンバーを。
 ただし、ここまでの様子を見て、本来より少し抑え目にしようと、二人はステージに立つ前に素早く打ち合わせをした。
 ぐいぐいと上に引っ張っていくのではなく、そっと上を指すように。

♪顔をあげて
 瞳を閉ざさないで

 その涙は私が拭ってあげる

 笑ってみせて
 貴方の笑顔を見せて

 その笑顔で世界は変わる
 世界は愛で満ちている♪

 羽純と一緒に伴奏をしていたシリウスは、曲にトランスシンパシーを織り込んだ。
 笑い方を忘れてしまった彼らが思い出すように。
 ステージに立ってから、初めて拍手が起こった。
 それは、ライブで熱狂したファンから沸き起こるような拍手ではなかったが、それでも今までぼんやり聞いているだけだった彼らからすれば大きな変化だ。
 歌い終えた歌菜は、さまざまな種族のパラミタ人に向かって言った。
「もうご存知かと思いますが、これから荒野に移住してくる地球人の皆さんが契約の泉にやって来ます。彼らは新しい生活に、期待と不安で胸がいっぱいです。そこで、皆さんに私達と一緒に彼らの出迎えをしてほしいんです」
「その地球人達は契約者なのか?」
 中世の騎士のような姿の英霊が聞いてきた。
 いいえ、と歌菜は首を振る。
「まだパートナーは見つかっていません。ここにはたくさんの人がパートナーを求めて集まると聞き、やって来るのです」
「そうか。良き相棒が見つかるとよいな」
 騎士は寂しそうに微笑んだ。きっと彼は、パートナーに会えないままなのだろう。
「これは絶対とは言えないんですけど、もしここが素晴らしい場所だと移住者達に伝われば、その評判は彼らを通して地球に届くはずです。そうすれば、あなた方のパートナーがここを訪れる可能性がぐっと上がると思うんです」
 歌菜の懸命な姿を見て、羽純も言葉を添えた。
「これはお前達にしかできないことだ。自分達でパートナーを呼び寄せるんだ。待っていても何も変わらない」
「アンタ達の噂を聞いてパートナーがやって来たら、遅ぇんだよバカヤローとぶん殴ってやれ。それくらいはしていいと思うぜ」
 チョウコの過激な発言に歌菜も尋ねた騎士も目を丸くしたが、やがて小さく吹き出した。
 その時、種もみ生が人々をかき分けて駆けてきた。
 チョウコが種もみ生のところへ行くと、彼は早口に言った。
「カンゾーさん達が着きましたよ!」
 まだ早い、とチョウコは思った。
 バラックにはまだ鬱々としたパラミタ人がいるし、ここの空気も薄暗い。
 思わず黙ってしまった時、屋台通りのほうの森から爆発音が響いてきた。