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リアクション
二
「思ったより集まったなあ」
妖怪の山で丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は、契約者たちを見渡して呟いた。頂上への道確保はともかく、場所どころか形も大きさも分からぬフィンブルヴェト探しは無謀だと彼は考えていたのだった。だが、
「これならいけるかもしれない……!」
と彼は思った。
匡壱は、集まった人員をフィンブルヴェト探しと頂上への道を確保するグループに分けた。本音を言えば前者に加わりたかったが、最悪の事態を想定すると、オルカムイに会う道を確保することも大事だと自分を納得させた。
樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)のパートナー、隠代 銀澄(おぬしろ・ぎすみ)は、探索組だった。
前回の探索時に見つけていれば――と銀澄は後悔していたが、今更考えても詮無きこと。
「後悔しても始まらないですから、足を使ってひたすら探しだしてみせます」
と白姫に告げ、前回も一緒だった高峰 結和(たかみね・ゆうわ)と共に山中を探し歩くことにした。
「オルカムイ殿のいう山の奥底にある根にフィンブルヴェトが取り付けてあるのではないでしょうか」
「でも……どうやって探したら……」
「地中深く――ということで、洞窟を探してみればよいのではないかと考えます」
「それはいい考えかもしれませんね」
というわけで、二人は洞窟を探すことにした。
困ったことに、山だけに大小様々な穴がある。人間が入れることを前提にしても、奥へ進めばまた大きさも変わる。入って一メートルほどで行き止まりだったり、どんどん狭くなってどうにも動けなくなったときには、結和に引っ張り出してもらった。――銀澄の小柄な体が、意外なところで役に立った。
白姫からは「必ずどこかにあります」というお墨付きを貰っている。【御託宣】で得た情報らしい。ただし、どこにあるかまでは分からない。それでも、確証があれば探す張り合いもあろうというものだ。
時折休みながら、二人は五時間ほど山中を彷徨った。五十三個目――入れなかったものも入れて――の洞窟は、這って通れるほどの穴だった。二メートルも進むと、結和が膝を屈めることなく立てる高さに変わった。
二人は目を凝らして奥を見つめた。おいそれと灯りを点けるわけにはいかない。もし中に何者かがいて、それに気づいたら元も子もないからだ。しかし銀澄は【見鬼】を使い、妖怪や幽霊の類が襲ってこないか、警戒していた。
洞窟は次第に広くなっていくようだった。摺り足で二人は進んだ。やがて――五分も経っていないだろうが――唸り声が聞こえてきて、足を止めた。
「い、今の声、何でしょう……?」
「……分かりません」
二人は囁き合った。唸り声は次第に大きくなっていく。足音、気配、息遣い――。
「――逃げましょう!」
一瞬早く、結和が叫んだ。二人は踵を返し、全速力で駆け出した。ずしん、と背後で地響きがした。
這うようにして洞窟を飛び出し、二人は振り返った。膝や手の平が泥で汚れ、擦り切れ、血が滲んでいる。そして唖然とした。どしんどしんという足音と共に、大きな熊が現れ、鋭い爪を剥き出しにして立ち上がった。天を仰ぐほどの大きさだった。
妖怪か、ただの獣か、二人は判断に迷った。どちらにせよ、ぼうっとしているわけにはいかない。銀澄は結和を庇うよう、不殺刀を構えた。
牙が振り下ろされると思った瞬間、熊の前を小さな物体が横切った。熊は大きく叫び、どしんと尻餅をついた。
「はよっ、こっちや!」
二人は声に導かれるまま、逃げ出した。鎌鼬だった。
「アホやな、あんたら。あそこは大熊の巣やで」
二人は顔を見合わせた。大型の動物もいることまで考えていなかった。
「どうして助けてくれたんですか?」
と、結和。鎌鼬はちょっと困ったような顔をし、それからこう答えた。
「……貸し借りとちゃうわ。あんたらが間抜け過ぎて見てられんかったからや」
「どこへ行くのです?」
戻ろうとする鎌鼬に、銀澄は問いかけた。
「わいが薬塗ったらんと、治らんからな」
「待ってください。お礼を――」
用意しておいた日本酒を銀澄は取り出したが、今の騒ぎで瓶が割れてしまったようだった。
「申し訳ありません!」
「また次んときでええわ」
謝る銀澄ににやりと笑い、鎌鼬は木々の中へ姿を消した。
「ストップ!」
先頭を進む祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は、すぐ後ろの匡壱たちを制した。無数の気配が近づいてくる。それも害意を持っているようだ。
「敵――だな」
匡壱は呟き、「頼んでいいか?」と尋ねた。
祥子は頷き、グローブをはめながら、体に巻きつく宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)に言った。
「用意はいい?」
「任せてよ!」
義弘は元気いっぱいに答え、すぐ傍に木に飛び移るとするすると上へと登って行った。
祥子はすうっと息を吸い、そして、
「行くわよ!!」
叫ぶなり、地面を蹴った。近づいてくる害意の数は、一つや二つではない。だが祥子は、そのど真ん中へ飛び込んだ。木々の葉を跳ね飛ばし、視界が開けた瞬間、彼女の目に映ったのは狼の牙だった。大きく開いた口の中で、舌が跳ね、唾液が飛んでいる。
「お生憎様!!」
祥子はその口目掛け、拳を突き入れた。とたん、爆発が起き、狼は吹き飛んだ。祥子は頭からその血を浴びることになった。
誰も見ていなくてよかった、と祥子は思った。獣道を外れたので、匡壱たちも何が起きているか分からないはずだ。だがその甲斐あって、狼たちは祥子になかなか襲い掛かれないでいる。その中に一頭――いや、二足歩行の狼がいた。先達ての探索の折、人狼が狼たちの指揮を執っていたという報告を祥子は思い出した。
あの時の人狼は殺されている。ということは、別の人狼だろう。憎しみに燃えた目は、フィンブルヴェトのせいか、仲間を殺された恨みなのか。
周囲にいた狼が祥子に飛び掛かった。――と、見えない何かに吹き飛ばされてしまった。次から次へ、狼たちは衝撃波を受けて倒れていく。
「よしよし」
義弘はほくそ笑んだ。これで残るは人狼だけだ。この大きさでは、義弘の力で吹き飛ばすのは無理だろう。
「祥子、頑張って」
祥子と人狼は、足場の悪さを物ともせずに距離を縮めていく。真正面からぶつかり、人狼の爪は祥子の額を大きく切り裂いた。
「祥子!!」
だが祥子はそのまま突き進んだ。人狼の首を掴み、再び爆炎掌を使った。
激しい破裂音と共に、人狼は背後へと倒れた。
「祥子! 祥子!!」
義弘が祥子の体に飛び移り、おろおろと彼女の頭から足の先までを何度も行き来した。
「大丈夫よ」
見る見る内に祥子の傷が治っていく。<漁火の欠片>のおかげで痛みはなく、「蒼き涙の秘石」と【リジェネレーション】を併用したために、傷の治りもかなり早まっていた。
「でも、酷い血だよ!?」
「……どこかで洗い流さないと」
探し回った末に見つけた川で己の姿を見た祥子は、思わず叫び声を上げていた。全身血だらけ傷だらけ、まるでその姿はゾンビのようだったのである――。
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