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争乱の葦原島(後編)

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争乱の葦原島(後編)
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リアクション

   四

 通話は切れたが、平太は携帯電話を握り締めたままだった。
「どうした平太、ぼーっとして?」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)に話しかけられ、平太はハッと我に返った。と同時に、
「な、何でもないです!」
 誤魔化そうとして、携帯電話をしまいそこね、お手玉した末に落としてしまった。ご丁寧に石の上に。
「あーあーあーあ!!」
 半べそを掻きながら、平太は携帯電話を拾い上げた。傷だらけだ。
「鈍くさ!!」
 がぶっ、とふくらはぎを噛まれ、平太は飛び上がった。
「イタッ! だ、誰かと思えば――」
 忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)である。
「キスしろと言われたぐらいでワタワタしてるんじゃありません!」
「な、どうして!?」
 平太は真っ赤になって、また携帯電話を落とした。ポチの助に耳がぴくぴく動く。
「ふふふ。僕は超優秀なハイテク忍犬ですからね!」
「何だ平太、お前、今の電話でキスする約束したのか? 誰と? 電話の相手か?」
「じゃないです! てゆーか、しません! キスなんて!!」
 レキ・フォートアウフの意見は――まあ、分からないでもない。ベルナデットの意識を浮上させれば、漁火に勝てれば、何とかなるかもしれない。だからといってキスなんて、そんなおとぎ話みたいなこと、非科学的だ!! 出来るわけない!
「お前、ファーストキスまだ?」
 ぼんっ、と平太の顔が真っ赤になった。
「確か平太さんは、漁火さんとキスしたことがあると聞いておりますが……」
 自分のことでないからか、それとも世間知らずが度を越しているのか、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は平太のキスをただの「事象」として捉えているようだった。
「じゃあ、セカンドキスも漁火か。それは少し気の毒かもなあ」
「しませ――何で漁火が相手って知ってるんです!?」
「今、お前喋ったろ。非科学的だーとか」
「ぎゃああああ!」
「うるさいっ!!」
 ポチの助にまた噛まれた。「まったく鈍くさ! お前は鈍くさなのですから、とっととピグの助に乗るのです!」
「え?」
 四人は青藍の中心部にある広場にいた。何でも夏にはここで、盆踊りが行われるらしい。そのど真ん中に、巨大な豆柴が横たわっていた。ポチの助を見つけ、ピグの助はすっくと立ち上がるとしきりに尻尾を振った。
「歩きながら調べても時間の無駄ですからね! さあ、さっさと端末を出すのです!」
 平太は言われるまま、ラップトップを取り出し、ピグの助に跨った。ずり落ちそうだ。
「ふふ、マスター見て下さい。ポチは本当に平太さんに懐いておりますね」
「……懐いて? そうか、フレイにはそう見えるのか、そうか」
 最後の方はぼそぼそと小さな声だったので、フレンディスには聞こえなかったようだ。
「さあ行くのです、ピグの助!」
 ポチの助の命令と共に、ピグの助は立ち上がった。
「おー、こっちは任せておけ」
「ハッ! エロ吸血鬼、ご主人様に――」
 その後、何を言おうとしたかは聞こえなかった。ピグの助が命令通り、走り出したので。代わりに、
「ぎゃああああああ!」
 引き攣った平太の叫び声が、青藍に響き渡った。そして、
「――あ、落ちた」
 あっさりと振り落されてしまった。ピグの助は気づかずに、走り去っていく。
「……拾いに行くか」
「はい、マスター」
 ほんの三百メートルほど先である。ベルクとフレンディスは、のんびり歩いて行こうと思った。だが、
「マスター! 平太さんが!」
 何者かが、落ちた平太の脇に立っていた。長い棒のようなものを振り上げている。
「チイッ、しまった!」
 まだフィンブルヴェトの影響は、続いているのだ。殺気立った住民が、明倫館の人間である平太を襲おうとしても不思議はない。フレンディスが移動忍術・縮地の術を使った。しかし、到底間に合うとは思えなかった。
 何者かが棒を振り下ろしたその瞬間、何かが壊れるような音がした。
「――あ」
 ベルクの目に映ったのは、平太が手にした板のようなもので、攻撃を防いでいるその姿だった。
「残念だったな」
 ニヤリ、と平太は意地の悪い笑みを浮かべ、その男を殴り飛ばした。
「おう、くノ一と吸血鬼か」
「武蔵か……」
 フレンディスに続いて到着したベルクは、常の平太とは比べ物にならぬほど精悍な顔つきを見て、納得した。どうやら落ちた拍子に気絶し、宮本 武蔵(みやもと・むさし)が代わりに憑依したらしい。
「状況、分かってるか?」
 ふン、と武蔵は鼻を鳴らした。「身の程知らずにも、小僧があの小娘を助けようというのだろう? 俺としては、小うるさいあの娘がいないのは助かるんだがな」
「武蔵」
「分かっとる。取り敢えず、ここを抜けるぞ。手伝え」
 武蔵のセリフが意外で、ベルクは目を丸くした。
「こんな素人を倒してもつまらん。俺は逃げる。道を確保せいということだ」
「ああ、なるほど。オーケー、分かった。じゃ、あんたはピグの助を追ってくれ……」
 ベルクは使い魔である黒鷲・フレスベルグとレライエを呼び出した。
「駄鳥にレラ坊! 道の確保をしろ!!」
 フレスベルグもレライエも、些か不満そうであったが、ベルクの命令通り武蔵の両脇を固めると、彼と共に走り出した。
「後は私が」
「忍刀・雲煙過眼」を抜き放ち、フレンディスは武蔵の後を追った。時折ゾンビのように現れる暴徒には、容赦なく峰の方を叩きつけた。
「やれやれ」
 その内、ポチの助が戻ってくるだろうから、ベルクは残っている必要がある。あんな生意気な犬でも仲間なのだ。――と、ベルクの目の端に何かが映り、彼はそれを拾い上げた。
「こ、これは……!」
 武蔵が盾代わりにして投げ捨てた物だ。――平太のラップトップだった。完全に壊れている。
 これがなければ平太も身動きが取れまい。恐らく武蔵には価値が分からなかったのだろうが――。
「……気の毒に」
 ベルクは深々と嘆息したのだった。