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リアクション
【キスとUMAと少女の変身】
「これは……どういう状況だ?」
「じ、ジゼルちゃんが、小さくなっちゃってるのだ!」
薫は思わず地祇の尊を見るが、尊は首を横に振っている。そう、これはタイムコントロールのスキルだ、とアレクが認識した瞬間、彼はポーチからナイフを抜いていた。
コードが死んだ。
今し方突き刺さったばかりのナイフを回収しているアレクに、壮太が首を横に振って説明する。
「待っておにーちゃん、やったのはこの人じゃない。それに大人の身体のまままた脱ぎ始めたら危ないからって話で……まあ子供が脱いだらそれはそれでやべえな今考えると」
そう、ジゼルにタイムコントロールをかけたのはルカルカなのだ。哀れコードはとばっちりを喰らってしまったのである。
「あ、そうなの? 悪い事したかな。はは」
壮太の指摘に棒読みで謝罪『のようなもの』を口にしながら、アレクは地に伏したコードを視界から消し去って状況を確認する。そして気づいた。ジゼルの膝に良く分からない生き物が乗っている。しかしこの場でジゼルに触れる許可を出したのは壮太だけで、このUMAにジゼルに許した覚えは無い。
「爆ぜろ」
瞬間アレクのやろうとしている事に気がついて、壮太はジゼルの耳を両手で塞いだ。
大口径の弾は一匹一発で充分だった。四発で四匹確実に仕留めると、自分の膝の上で謎の生き物達がマジックのように霧消――正確には爆散――した事に興奮して、ジゼルは子供独特の奇声を上げる。
「きゃーーーーー!!!」
と耳を劈くその音は、壮太の限界を引くトリガーになってしまった。
「あったま痛え……」
壮太の腕から力がゆるゆると抜けていく。するとジゼルは目をぱっと輝かせて、壮太の腕を撥ね付け飛び出した。
「きゃーーーっ!! きゃーーーっ!!」
「ジゼルちゃん駄目なのだ!」「おい待て!」「てめー! このー!」
薫と尊と考高が叫んだのはほぼ同時で、三人が走り出したのもほぼ同時、向かった先も同じ場所だった。それが良く無かった。
身体の小さなジゼルはその分動きが素早いし、ぶかぶかの服の隙間から羽根を出して舞い上がってしまったから、三人が伸ばした腕がスカってしまう。そして皆アッシュブドウの臭気にやられていたのか、足が縺れていたのだ。
「ふきゃ!」「がっ!」「痛え!!」
こんな具合に三人は同じ場所へ向かった事で鉢合わせになり、その間にジゼルの姿はどんどん遠くなっていく。
「Damn it!」
ふにゃふにゃになってしまった壮太を木を背に横たえて、アレクはジゼルを追いかけて走り出した。
* * *
「Hey!!」
両脇に手を差し入れて持ち上げると、ジゼルは宙を歩く様に浮いた足をバタつかせた。胸板に大人用の靴のすっぽ脱げた泥だらけの足が当たってそこそこのダメージが蓄積していく。
「...Do you mind!(やめろって!)」
強い語気で言うと動きがぴたりと止まったので、地面に下ろしてこちらを向かせた。子供相手なのにキツい言い方だったろうか、泣いたりしていないかと思ったが、見上げてくる顔は案外けろりとしている。アレクが息を吐いていると、小さな両手が首に巻き付いてくる。
するとそれまでアレクの上に居たポチの助が、徐に地面へ降り立った。
「ジゼルさん、ご主人様が困ってますし、今脱いでもエロ吸血鬼のような連中が悦ぶだけなので脱ぐならアレクさんと二人っきりの場所でお願いします。
あっ! 僕はお邪魔にならないよう他の場所に行きますよ」
ふふふと笑って、ポチの助はそそくさと本物のご主人フレンディスの元へ戻って行く。
この無駄な気遣いが本当に要らなかった。
頼むから、今はこの七歳児と二人きりにしないで欲しい。
「おにーいちゃんっ」
酩酊加えてタイムコントロールで七歳になったからか、ジゼルは明らかに『まとも』ではなかった。これは誰が収集をつければいいのだろうか。立場的に自分なのは分かっているが、農園にきてから大人しくしていただけのアレクはイマイチ解せなかった。
「ちゅーして☆」
ばちーん☆とウィンクが飛んできたが色気も糞も無い。七歳だ。幼女だ。しかし拒否して泣かれたら面倒だ。言われるままに音を立てる位のキスをしてやると、上から低い声が落ちてくる。
「アレ君……」
真顔で見下ろしていたのはリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)だった。挨拶程度だが唇にするのはビズとは言えない。今のジゼルは七歳、対してアレクは故郷に帰っても国に帰っても成年だ。色々な事が頭を巡って必然的に顔も固まる。
「リカイン……何も聞かないでくれ……」
――アレクは相変わらずの無表情だったが、心の中では号泣している。リカインはそう察しているらしい。
「うん、分かってる。紳士のアレ君がそういう性癖を持っていない事も分かっているし、その幼女がジゼル君だっていうのも分かってる。そしてジゼル君の胸とお尻が大好きなアレ君が、わざわざあの身体にタイムコントロールをかけたりしないって事もね。
でも状況が状況なので――、あとで誤解されないように気をつけたほうがいいよ」
静かにそう言われてアレクも頷いた。確かにこの状態は危険だ。今月もまだ国へ帰る用事があるのに、入国して速攻逮捕なんてシャレにならない。
「有り難う」と忠告を受け入れて、去って行くリカインを見ながらアレクはハッと我に帰った。
「...Help me!(助けろよ!)」
叫んでみてもリカインは戻って来ない。ゆるゆるの洋服をポーンと脱いで、下着姿になった七歳を前にアレクもう誰でも良いから状況を打破して欲しいと思っていた。
そんな時だ――。
「ザマァ」
と、ベルクが後ろで呟いたのが聞こえて、アレクは反射的にポーチからナイフを投げていた。
「ざまぁ」
振り向きざまに後ろの惨状を確認してそう返していると、ジゼルさん七歳が「おにいちゃん!」とまた騒ぎ出す。
「……今度は何?」
「じぜる、あんなちゅうじゃイヤ!」
「へーどんなのがいいんだ?」
質問で返したのはただのヤケクソだ。
そんな彼の気持ちを知らずに、赤い頬に手を当てて足で地面を突っつきながらモジモジと、ジゼルさん七歳は言った。
「もっとー……ろまんちっくでー、おとなっぽいのがいいのー……」
「…………ああ、そう……」
「はやくー! おにいちゃんはやくちゅーしてー! ちゅー! じゃないとじぜるからするのー!!」
首に絡めた腕で立ち上がったアレクにぶら下がりながらジゼルさん(7歳)の唇がアレク(19歳)に迫る。端から見れば幼女が青年を襲っている光景にしか見えない筈だったのだが、ルカルカにはそうは見えなかったらしい。
(このままじゃアレクがバーニングしちゃうわ! 不埒な事はさせないわよ!)
何を考えたのか唐突に頭をかぼちゃに変えて彼女は叫んだ。もしかしたら祭りの時期を前に彼女の頭の方がバーニングしていたのかもしれないが、詳細は不明だ。兎に角その頭で、アレクの事をで無理矢理にでも止めようという魂胆である。
「イッツイリュージョン☆」
「うるせえマジカル50口径喰らえ」
アレクの後頭部をヘッドバットしようと上から落ちてきていたかぼちゃが、マグナム弾を至近距離で二発喰らって砕け散る。ついでに胸部にも一発入れた。
「出来損ないのJack―o’―Lanternが。××の穴にロウソク突っ込んでから出直してこい」
サイ・ホルスターに銃を戻しながら振り返り仕切り直そうとしたアレクの目に飛び込んできたのは、目元を真っ赤にしてしゃくりを上げるジゼルだった。
音という力を行使するジゼルは人よりもそれに敏感だ。マグナム弾が吐き出した165デシベルを超える大音量に驚いてしまったのだろう。
「ふっ……ぃ……う……うああああああん!!」
今度はアレクが耳を塞ぐ番だ。
音響兵器の発する怪音波音が農園を包み込む。ここに万が一硝子でもあったら大惨事だったろう。農園ということで危機的状況には至らなかったものの、アレクや追いついてきた薫たちの足止めには充分だったようで、混乱の間にジゼルはその場から走り去ってしまったのである。
* * *
アレクの元から去ったリカインは、一旦区切りをつけるように果実園を見渡した。
彼女は元々一人だったわけではない。様々な事情により怯えがちな人型を取る禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)の為にと果実狩りに保護者を兼ねたキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)と三人来ていたのだ。しかし、二人は早々にアッシュブドウの洗礼を受けて眠ってしまった。眠ってしまえばどうすることもできず、仕方なく誰の邪魔にならない場所に二人を移し横たえさせ、その場に置いてきた。
リカインは、さて、と独りごちる。
「アッシュ君を見つけて」
こんな碌でもない目に遭うために態々足を運んだわけではないのだ。
早く事態の収束解決し、果実狩りというイベントを文字通り心行くまで堪能したい。
その為にクリアしなければいけないことがあることに、リカインはげんなりとした。
わかっていたが、それでも件の少年を、アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)の事を恨めしく思ってしまう。
と、その時だ。
突如として響き渡ったハンドキャノンが吹く銃声に、木々で休んでいた鳥達が一斉に空へと羽ばたいて行った。
耳の奥をジンと痺れさす残響にリカインは別れる前の知り合い達の顔を一人ずつ思い出す。
状況は最悪な結果へと傾きつつあるようだ。
「アレ君達もあの状態だし……死体が増えない内にどうにかしないと」
解決方法を知っているだろう本人を早く見つけようとリカインの歩調は自然と速くなった。
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