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リアクション
『領主暗殺計画』
この衝撃的な文字を、祭りに沸き立つ民衆たちは知らない。
朝から賑わいを見せるバザールの中央広場では、そんな彼等や出演者の為急ピッチでステージが準備されていた。
シャンバラ人がやって来て開催するイベントということで、すでにアガデでは前評判が高かったため、ステージ周辺では早くもカナン人による人だかりができ始めている。どんなイベントなのか、興味津々口々に話しているその様子を、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は少し離れた所から眺めていた。
「いよいよなのです。うふっ、うふふっ」
「オルフェさま、お顔が崩れてますよ」
横についていたミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)が、こそっと耳打ちをする。
「あ、あら」
オルフェリアはあわててほおに手をあて、引き締めて元に戻そうとした。が、すぐにまたにこにこ笑み崩れてしまう。
なにしろ今日、彼女も魔法少女としてあのステージに立つのだ。しかもあこがれの豊美ちゃんと同じステージに立つことを思えば、こうなるのも不思議ではない。
「さあ控室へ向かいましょう」
このままでは人目を引いてしまう。ミリオンがうながしたときだった。
ミリオンの誘導に従って体の向きを戻そうとしていたオルフェリアの動きがピタッと止まった。その目はステージの奥に吸いつけられている。
1人の黒づくめの男性を先頭に上手から現れたその者たちは、ステージの準備をしている者たちをねぎらうように歩いている。オルフェリアの様子に気づいてミリオンが目を向けたときにはもう仰々しい一行の先頭は下手へと消えていて、後ろを歩く騎士たちのマントにおおわれた背中しか見えなかった。
「そんな……そんなはずは……」
今しがた目にした光景に、オルフェリアは一行が見えなくなったあとも目を見開いたまま絶句していた。
衝撃のあまり叫ばなかったのは立派だ。単に、衝撃が強すぎたせいなのかもしれないが。
「オルフェさま?」
いぶかしむミリオンの前、オルフェリアは駆け出した。
「あっ、オルフェさま!」
オルフェリアが向かった先はあらかじめ教えられていたステージのバック裏、関係者のみが入れる入口である。そこに飛び込み、ステージへ向かおうとして――だれかと話し込んでいるセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)を見つけた。
くるっと向きを変え、オルフェリアはずんずんセテカへと歩み寄る。
「セテカさん!」
「……ああ。きみはたしか――」
「さっき、こちらのご領主さまをお見かけしたのです! あれは……あれが、あの人が、東カナン領主なのでしょうかっ!?」
オルフェリアはさりげなく聞き出すつもりだった。
もしも先ほど見かけたことが真実――近頃関わる機会が増えたあの軍人が、実は東カナン領主であった、ということ――だったらどうしよう? という混乱から立ち直りきれず、さらには、だとしたらステージに近寄る勇気がない、当然本人に自分がここにいることも知られたくない、でも真実か知りたい、といった考えがグルグル渦を巻き、ついでにオルフェリアには言葉巧みに相手が気づかないような会話をして情報を引き出すという高等テクニックがないため、結局口から出たのはサッパリ意味不明の言葉だった。
「オルフェさま、文章になってません」
「ふにゃう〜。どう言えばいいのか分からないのです〜」
お目目グルグル、頭もグルグル、知恵熱沸騰。
そんなオルフェリアを前に、セテカは数秒考えた。彼女が口にした言葉はともかく、ここにいるのはバァルに扮した米国陸軍少佐だ。そして今、あれが東カナン領主か? と問われたのであれば――
「そうだ」
と返すしかないだろう。ここはやはり。
セテカの肯定に、動転していたオルフェリアはさらに動転した。
オルフェリアの頭の中に走馬灯の用に蘇るのは、『あの軍人』ことアレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)の奇行の数々である。
会話中にオルフェリアの胸しか見ていなかった視線、オルフェリアが示した鏡を前に有らぬものを被りこなすスタイリッシュな仕草。まさかそんな、あのような人物が――!オルフェリアはヒイと息を呑み、直後セテカへ当てつける様に喚き散らした。
「……では、では、幼女のパンツを嬉々としてかぶり、あまつさえにおいを嗅ぐなんて所業を行うような変態さんが東カナン領主さんなのですねー!!」
うわああああああああーーーーーーーーーん!!
オルフェリアは糸のような涙をちょちょ切らせながら走り去った。
「あっ、オルフェさま!!」
ミリオンもあわててあとを追いかける。
「……え?」
突然現れ、意味不明な言葉を発し、叫んだと思ったら泣きながら走り去る。セテカからすれば、相変わらずの挙動不審っぷりである。彼女は契約者なのだし、真実を話してもよかったのではないかと、あとになって思ったときだった。
「ずい分落ち着いていると思ったら、そういうことだったのね」
クスクスと後ろからリネン・エルフト(りねん・えるふと)の笑う声が聞こえてきて、セテカはそちらへ向き直った。
彼らはバザールでの探索について話し合っていたのだ。
「話の腰を折ってしまったな、すまない」
「いいのよ。
それにしても、おかしいと思ったわ、バァルが狙われていると知ってて、こんな大勢の人間の目に触れる場所に出るのを、あなたたちが止めないはずないもの」
そしてリネンはそこで言葉を切り、声をひそめた。
「偽物をたてたというわけね?」
これに、セテカはうすく笑みを浮かべただけで何も言わなかった。どこにあるともしれない耳を気にしているのだろう。そしてリネンにはそれだけで十分だった。
「何か、考えがあるのね」
「特には。そこに彼がいた、ただそれだけのことだ。
それより、これを持って行ってくれ」
セテカが差し出したのはA4サイズの紙だった。それをリネンとその横にいたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)に1枚ずつ渡す。
そこには一重まぶたが重そうに垂れたやぶにらみの目でこちらを見つめている若い男の顔があった。黒髪黒目、あさ黒い肌。それらの特徴はごくごく平均的なカナン人の持ち物だ。しかし長い前髪の隙間から覗く、光を失って濁ったその瞳と、笑う顔が想像できないほど固く結ばれた口、それでいて何度か折れたことのありそうなこぶのある鼻柱から、これまで男の歩いてきた人生が伺い知れる気がした。決して平坦な道ではなかっただろう。しかし、総じて受ける印象は「根性の曲がった陰気そうな男」である。
一番下には『ヤウズ・ギュルセル』と書かれ、身長175センチ、中肉中背、28歳。とあった。
「これが例のヤウズって男か」
フェイミィは眉を寄せ、うへえ、とあからさまに閉口して見せた。多分、彼女の一番苦手で、きらいなタイプだろう。
「28か。バァルやセテカと同じ歳には見えねぇなあ」
「貴族だそうだけど……一族の者か、家の使用人かが彼の味方をしてるって可能性はない?」
リネンの懸念に、セテカは即、首を振った。
「ない。領主の殺害を計画するような者とかかわりを持ちたがるような人間はいないさ。むしろ、家の者は切り捨ててきた。ヤウズの全権をこちらに委任する、ヤウズがどのような処罰を受けようとも全面的にそれに賛成する、と。そのかわり、ギュルセル家には格別の配慮を期待する、ということだ」
「……そう」
冷酷だが、彼らには守るべきものがある。存続させるべき家、何の落ち度もない家族、使用人の生活――それらを愚かな息子1人のために失うわけにはいかない、と考えるのは、むしろ立派であると評すべきだろう。
しかしこの男は、家族からも見放されたのだ。国に、バァルに見捨てられたと思い、今は家族にも裏切られたと思っている。何をしでかすか分からない。
「急ぎましょう、フェイミィ」
「ああ」
フェイミィと視線を合わせ、うなずき合うと、リネンはもう1人のパートナーヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)に視線を移した。
「あなたはセテカと一緒に――」
「分かってるって」
ヘリワードは陽気にウィンクを飛ばして、皆まで言うなとばかりに言葉の先を奪う。
「リネンや、ほかのみんなからの連絡をセテカに回すわ。つなぎの人間って、今回みたいな作戦には絶対必要だものね!」
本当はヘリワード自身、空賊団中型飛空艇に搭乗して中継基地の役割を果たすとともに上空から地上の監視、指示をしたかったのだが、さすがに人の集まるイベント会場上空に中型飛空艇を浮かべておくのは無理だった。ほうきで空に浮かんでいる程度ならいいが、中型では衆目を集めるだろうし、敵に警戒されてしまう。
「お願いね」
「リネン、彼を見つけるのが一番の目的だが、そのほかにも例の『組織』のことがある。どうやらすでにかなりの人数がバザールに入り込んでいるようだ。そちらは人相も風貌もはっきりとしていない。十分警戒してくれ」
「了解」
あのセテカが自分の身を案じてくれているのだというのが伝わってきて、なんだか面はゆい思いをどこかで感じながらもリネンは平然とした顔を保ってうなずいた。
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