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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

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【アガルタ】学園とアガルタ防衛線

リアクション


【その日、彼は諦めた】


 その瞬間まで、救えると思っていた。

 目の前が真っ暗になるとは、こういうことか。だなんて、バカみたいなことを考えた。
 腹が熱い……いや、痛い。自分にあいた穴から、熱が逃げていくのが分る。
 でもそれよりも、目の前でぴくりとも動かないあの人の方が気になった。

『あら。そんな状況でも他人を気にしてられる余裕があるのね』

 伸ばした手の上に何かが乗る。細いソレが靴――ヒールであると気づいたときに鈍い音が手からして、遅れて痛みが襲った。
 ああいっそのこと、何も見えなければ良かった。何も聞こえなければ良かった。痛みが全てを消してくれたら良かった。

 気づかされる。どうしようもないほどに、自身の愚かしさを。自分の弱さを。

 そして、『今』改めて思う。

 俺にはもう――あいつを救えない。





* * *


●駐屯地
「保存食に飲料水は、まあ最低限は集まったか。でももう少し欲しいな」
 ん〜と首をひねっているのは相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)。今彼がいるのは『全然暗くない街』、通称全暗街(C地区)だ。
 その中で途端に治安が悪くなる一歩手前の境界に治安維持をするための私設警察を作ることになった際、洋孝はここの指令官として任された。

「裏から武器弾薬を調達する予定だったし、ついでにそこらへんも根回ししとくか。犯罪者に使われるよりは治安維持に使われた方がいいだろうし!」
 うんうん、と一人納得した彼は、書類に何かを書き込んだ。書き終えた書類を持って外へ出る。
 外では工事と同時に厳しい防備体勢も整えられていた。なんといってもアガルタで一番治安の悪い全暗街。治安維持建設となれば襲撃される可能性は高く、洋孝がドアを開けた瞬間も防衛担当のエリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)が一人のならず者を淡々と倒していた。
「エリス、ちょっと俺行くとこあるから離れるんだけど」
「分りました。こちらはお任せください。…………」
 やはり淡々と返事をするエリスだったが、少し考え込む素振りを見せた。洋孝がどうしたのか尋ねる。
「いえ……時間が経つに従い、襲撃者の数・質が上がっているように感じられます」
「それはどのくらいなんだ?」
「申し訳ありません。まだ数値としてはっきりとはお答えできないのですが……以上」
 ふむ、と洋孝が頷く。周囲を見回しても違和感はないが、ずっと防衛に当たっているエリスが違和感を覚えるというのは気にかかる。

(もうすぐハーリーがアガルタを離れるみたいだし、それが影響してるのかな?)

「まあ一応じーちゃんとばーちゃんに報告しとくか」
 見回りに出ている2人へ、洋孝はそのことを伝えることにした。
 ちなみに、もしここに警邏中の2人がいたならば、じーちゃんばーちゃんと呼ばれた瞬間に拳が落ちていたことだろう。

「……わかった。……ああ。こちらも違和感を覚えていたところだ。準備は入念にな」
 電話を切った相沢 洋(あいざわ・ひろし)に、乃木坂 みと(のぎさか・みと)が顔つきを厳しくした。
「洋孝からですか?」
「ああ。エリスによると、襲撃者がわずかに増えているようだ」
 実際に街を見回っているからこそ、洋はその空気に気づいていた。張り詰めた糸のようなもの。切れた瞬間にはじけそうな――。
「みと、気を抜くな」
「はい!」

 彼らが忙しくなるのは、もう少し後になる。


●アガルタ食堂
「重安ー! あと3回攻撃受けたうえで負けろー」
「具体的な負け方を指示しないでいただきたい」
 響く怒号に、上田 重安(うえだ・しげやす)は律儀に返事をしながら食材――どうやら今日は魚らしい。頭がみっつあるが――の噛み付き攻撃をなたで受け止めた。魚が尾びれで垂直に立ち、人に噛み付こうとしている姿は奇妙であるとしか言えないが、周囲でやんややんやと叫んでいる人たちは特に気にしていない。
 自分が賭けた結果を見ようと、好き勝手に重安に声をかけている。料理人(主に重安)VS食材の見世物と、それに関する賭けは、アガルタ食堂の名物といってもいい。
(本当に、気軽に言ってくれるものですな)
 当人としては、自身が食材になりたくないので必死だ。だが今回の食材は目の前の一匹(頭は3つあるが身体は1つなので1匹でいいはず……?)だけなのでまだマシだ。幾度も加えた攻撃で、動きも大分鈍くなってきている。

(……なんとか重安の方も調理できそうね)

 そんな様子を窓から見たコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)は、ぐぐっと背伸びをした。先ほどからずっと書類仕事をしていたため、身体は凝り固まっていた。ごきっと音が鳴った。
「はあ〜あ、今日は平和に済むといいんだけど」
 そうしてもう何度目か数えるのも嫌なくらい願ったことを呟く。

「近所の人たちも食材脱走ぐらいじゃ平然としてるし、そもそも慣れすぎよね。さすがラフターストリートの住人と言うべきなのかしら」
 ぶつぶつと何度目かしれないツッコミをいれつつ、気分転換にとテレビの電源を入れる。ちょうどニュースの時間だったらしく、今日起きたことをキャスターが紹介していく。

 そこで、臨時ニュースの音が鳴った。

「どうやら大きな事故が起きた模様です。現場のバンゲさーん?」
 スタジオの映像が途切れ、ドアップで映りこんだのはキャスターではなく、巨大なタコ。どこか見覚えのあるタコに、お菓子をつまもうとしていたコルセアの手が止まる。
 タコの後ろには大きな炎が見える。ワー、大キナ焼キダコだー、と言ってみるコルセアは、そのタコがイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)のそっくりさんだと思い込みたかった。
 コルセアの思いなど知らないテレビとその向こうのキャスターは、現場の状況を報告していく。

『こちら事故現場です。どうやらたこ焼き業者がハンドル操作を誤って転倒した模様です』

 その事故が起きる数時間前。

「今日もいい食材が手に入ったであります!」
 いつものごとく、活きのよい食材をどこからか手に入れた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、機嫌よく全暗街(正式名称:全然暗くない街)をトラックで通りかかったときのこと。新しい建物が建築中なのを見た。
 まだまだ開発途中な全暗街であるから、建物が建つのは珍しくないが、その建物がやたらと頑強な作りをしていたため、目に付いた。全暗街の建物は簡素なものが多い。やたらと物騒なものが運ばれているのも見え、住居でも店でもなさそうだ。
 その造りは――

「まるで砦のようであります……砦?」

 吹雪は自分で言ってから、何か悪い予感を覚えた。なのでわざわざトラックを止め、そこで作業している人に聞いた。何を建てているのか、と。
「え? ああ、なんでも私設警察だってよ。何もこんなとこにとは思うけどよ。ここにあったら、俺らとしても助かるよな」
「全暗街の奥地なんて、無法地帯だからな。中間地点のここに警察があれば、大通りよりのワシらも安全に暮らせるッてもんだ」
 がははははっと楽しげに笑いあう作業員達を前に、吹雪は笑えなかった。

 吹雪はこう思ったのだ。
 これ(警察ができたの)はきっとうちのお店と【非リア充エターナル解放同盟公認テロリスト】である自分を警戒してのとことに違いない、と。

 まずい。これはとってもまずい。
 別に警察ができたのはアガルタの治安向上のためであり、吹雪のことは関係ないのだが、本人がそう思っているのだから仕方ない。
 吹雪はとりあえず食材を店へと運んだ後、イングラハムを呼んだ。
「いいでありますか。これは不幸な事故なのであります」
「うむ。分かった。我にまかせよ」

 そうしてガソリンをたくさん積んだトラックが、工事現場へと突入したのだった。

「これは事故なのだよ!!」

 アクセル全開。恐れを知らぬタコのように――。

 だが、ものごとはそう上手くはいかない。

「……こちらの害意を感知しました。排除に向かいます。以上」
 現場を守護していたエリスだ。イナンナの加護により周囲を警戒していた彼女は、突進してくるトラック2台にいち早く気づいた。
 状況を確認。相手は車なので下手に爆破すると周囲に被害が出てしまう。
「あなたたちはすぐさま退去を。ぎりぎりまて引きつけて、とめます」
 幸い、資材を搬入した後だったため、駐屯地の前の広場が空いていた。あそこならばたとえ引火しても被害はそう出ないだろう。
「きましたね。光条兵器展開。対戦車ライフルモード、狙撃開始。以上」

 そうして放たれたライフルは、見事にイングラハムのトラックを誰もいない場所で炎上させた。
 後ろから突撃していた吹雪は
「フフフ、よく燃えるであります」
 とご満悦だったが、炎上したトラックは吹雪の行き先をも綺麗に塞いでいて……

「すまないであります、これは本当に不幸な事故であります!!」

 意図せず炎の中へと突っ込んでいった。

 その後、無事炎の中から救出された2人だったが――なんで生きてるんだろう、とかツッコミいれてはいけないんだ、きっと――食堂に書類が届いた。
 それはこの火事によって使い物にならなくなった資材の弁償についてのものと2人の保釈金についての書類だった。
 経理のコルセアが『orz』な姿勢をとった。

「…………」

 今ならトラックで炎の中に突っ込める、と彼女は本気で思った。


 そして店の前でコルセアと似たようなポーズをとっている人物がいた。
「ど、どないしよ」
 アルコールの匂いをぷんぷん漂わせた女性、シーニー・ポータートル(しーにー・ぽーたーとる)。先程までのんびりと、楽しくお酒を飲んでいた彼女だというのに、どうしたというのだろう。基本、お酒さえあれば満足するのだが。

「拙い猿の分はともかく、生駒の分まで負けてもうた」

 どうやらアガルタ食堂の賭けに参加し、見事に全額すったらしい……

 そう。全額を!

 どうしたものか、としばらく悩んでいたシーニーだったが、酒の空き瓶を抱えて立ち上がる。
 どうやら腹をくくったらしい。

「逃げるか……」

 ▼シーニー は にげだした!