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進撃の兄タロウ

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進撃の兄タロウ

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「ジゼル君に支離滅裂なメールで呼び出されたのはいいものの……」
 空京大学3号館の前でリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、ぼんやり建物を見上げていた。
 彼女が所属する天御柱学院は海京に有る。そこから空京まで辿り着くにはそれなりに時間が掛かってしまったのだ。案の定自体は終局まで向かっているのだと、建物を包み込む煙で理解出来る。
(もう手遅れかな。
 でも大真面目に事件を解決するなら、やっぱりアレ君を呼んでおいた方がいいでしょう)
 リカインが端末に打ち込む文面を考え視線泳がせると、見知った顔が目に留まり、彼女は手を上げる。
「やあ」
「Guten Tag」
 合図に気付いて此方へやってきたハインリヒ・シュヴァルツェンベルクは、薄い笑顔を浮かべたままそう挨拶をした。流暢な日本語を話せるのにそれがドイツ語だったのは、曖昧さを誤摩化すためだろう。
 つまりハインリヒはリカインへするべき挨拶が「初めまして」なのか「お久しぶり」なのか、或は「こんにちは」なのか、はたまた「やあ元気?」なのか分からなかったのだ。
 能面のアレクと違い、思った事がそのまま顔に出るハインリヒは矢張りそれを表情に出していた。
 つまり、「僕は『他人』に一切興味を持っていないよ」と。そういう顔をしていたのだ。他人の心の機微に聡いワールドメーカーたるリカインはそれが直ぐに分かってしまった為、改めて名乗りから始めた。
「天学のリカイン。今からアレ君に連絡するところ」
「それは……マズいな。打ち終わったらそのままトラッシュにドラッグして二度とそんな事しようと思わないでくれると助かるんですが」
「そもそも正規軍の基地で大暴れした代物から目を離したアレ君が悪いんだし、他人の責任追及出来る立場じゃないんだから」
「そう片付けられないのが僕等軍人を縛る階級と命令」
「そうだろうね」と言いながらも、リカインはアレクへ連絡する手を止めない。だが何か思い当たる所に行き着くと動きを止めて、大体の少女なら見ただけで焦がれるような端正な顔を不機嫌そうに歪めているハインリヒを見上げた。
「とは言っても理屈だけじゃ安心出来ない相手なのも事実。
 ……なので切り札を投入します」
「Ach so?(*で、それで?のような、素っ気ないニュアンス)」
「ズバリ! 夢想の宴で魔法少女化したアレ君を創り出しアニタロウにぶつける!!」
 突飛な発想に、ハインリヒがぶはっと吹き出した。リカインは東カナンでアレクに女装させようとして逃げられた事を未だ根に持っていたのだ。
「今のまんまじゃあれだし、ローティーンかハイティーンな外見で想像しときたいんだけど、何か参考になるものないかな」
「あー……ちょっと待って下さい」
 ポケットから出した端末をクラウドデータに接続して、ハインリヒはその中から幾つか写真を見繕った。
 幼過ぎる外見から推測出来る年齢は恐らく5歳から8歳くらいの頃だろう。今からは想像も出来ないような不純物の一切混じらない少年が、カメラに向かい笑顔を向けている。たまに映り込んでいるのがハインリヒと彼の兄姉で、彫刻か絵画か――兎に角芸術作品のように美しいのに顔に傷がある男が「アレクのお爺様」らしい。
「残念ながら僕の知ってるアレクはティーンになる前の糞生意気なガキか、今の糞生意気なガキしか無い。
 僕ならこっちの写真の頃の見た目だけは可愛らしい方で作るかな。君の望むのにも近い気がするけど……どうですか?」
 提案に頷いて、リカインはもう一度端末の画面をまじまじと見つめた。
「練習してみよう。きちんと似ているか、実物を見た事の有るハインリヒ君が判断してくれる?」
「勿論」
 ハインリヒが組んだ手を前に差し出して促すのに、リカインは写真の少年を頭の中に作り出す事に集中した。
 黒い髪、金の瞳、少年らしい細い肩や腕。所々はそれ程遠く無い今のアレクを知っているから、これは簡単な作業だ。
 次に手近な魔法少女――矢張り此処はアレクの大好きな彼女だろう――のコスチュームを拝借して、少年に着せつけてみる。
「こんなものかな」
 リカインの想像は、ハインリヒの前に幻となって現れた。
 紫色の花柄のコスチュームの可愛らしい幼馴染みの姿にハインリヒの人の悪い笑いが暫く止まらなかったところを見るに、リカインの夢想の宴は完璧なものだったのだろう。


 空京大学の広大な敷地の中。イベントごとに使う為のだだっ広く空いた空間に、有る人物が両手を腰に当てふんぞり返っていた。
フハハハ!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!

 ククク、空大の爆破計画か。面白い!
 この俺も協力しようではないか!」
 自ら全てを明かしてくれたお陰で説明する手間なく、ドクター・ハデス(どくたー・はです)は空京大学爆破計画に参加していた。勿論『シャンバラ破壊爆弾』が爆発したときの事まで考えていないのは彼らしい困った部分だ。大きな矛盾を抱えつつそれに気付かずハデスはK.O.H.に協力し援護する事を申し出た、のではなく独自に動いていたのである。
 彼の前ではトリグラフ達が例のトーテムポールを作っている最中である。
「さて、計画の遂行自体は、K.O.Hたちに任せておけばいいとして……俺は計画の邪魔をする者たちの排除をおこなうとしよう!
 ククク、さあ、トリグラフどもよ!
 5体合体をおこない、最強の列車砲モードになるのだ!
 そして、我が強化改造を受けるがいい!
 最後の部分に聞き捨てならない言葉が合ったのに気付いた時には遅く、トリグラフは哀れハデスの調律改造の餌食となってしまったのである。
 そして残念ながらこの天才科学者、腕は確かだった為、ギフト達はあっというまに機晶石の秘められたエネルギーが解放されてしまった。めーとかめーとか言っているが、今更抗議したって遅いのである。この男の、白衣眼鏡の暴走は止まらない!
「さらに我が発明品と合体し、さらなる最強兵器へとパワーアップだ!」
[了解シマシタ、とりぐらふトノゆにおんヲ、オコナイマス]
 機械音を発するハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)がセンターカメラを何故かキュピーンと光らせた直後、トリグラフの嫌な予感は的中。

 今、彼等は最強の兵器へと進化を遂げようとしている……。