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特別なレシピで作製された魔法薬

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特別なレシピで作製された魔法薬

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 イルミンスールの街。

「……何か騒がしいな。まるで事件でも起きているような緊迫感だ」
 ノーン・ノート(のーん・のーと)と別行動をしていた千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は周囲が妙に騒がしい事に気付いた。
「……何が起きているんだ?」
 そうやって首を傾げていた時、
「早く避難して下さい」
 人命救助に動くクナイの声が降りかかった。
「……避難?」
 事態を知らぬかつみは聞き返した。
「今事件が起きていてね。説明の前にこの解除薬を服用してくれないかな」
 北都が解除薬を差し出した。説明よりも先にやるべきは救助。
「あぁ、それで事件とは?」
 言われた通り解除薬を飲んでからかつみは改めて訊ねた。
「それは……」
 北都が事件について詳細を明かした。
「そんな事が起きているのか。悪いが、解除薬をもう一つ譲ってくれないか。別行動している連れがいるんだ(巻き込まれていなければいいが、念のため)」
 事情を知ったかつみは途端に別行動中のノーンが心配になってきた。
「どうぞ。空気清浄を行いますが、なるべく早く避難して下さい」
「あぁ、事情を教えてくれてありがとう」
 クナイから解除薬を貰うなりかつみはノーンの元へ駆け出した。
「ノーン!(どこかに避難とかしていたらいいが、もしかしたら)」
 かつみはノーンの名前を呼びながら急いだ。内心沢山の心配を抱きながら。

 そして、
「ノーン!」
 かつみは気色ばんだ様子でカラフルな植物まみれのノーンを発見し駆け寄った。
「……これが記憶の素材化……ノーン、大丈夫か、しっかりしろ、すぐに解除薬を」
 かつみは薬を飲ませようと手を伸ばすもノーンを早く救いたいと慌てたためか
「……すぐに飲ませるからな……おわっ」
 素材に触れてしまい、ぼきりと曲げてしまった。
「曲がってしまった。こ、これ大丈夫か? 確認してみるか」
 かつみは解除薬を飲ませる前にノーンの記憶の無事を確認するために手を触れ読み取った。

 ■■■

 現在より昔。

 魔術師がいた。その姿はノーンの人間形態そのものであった。ただ髪の色は違うが。彼こそがノーンの本体である研究用ノートの持ち主なのだ。その彼の側には親友とその弟がいた。三人で過ごす平和な時間。
 その時間はずっとは続かなかった。破ったのは魔術師だった。二人に認められたいと無理に研究に没頭してその結果、親友達は彼から離れていった。

 魔術師はある時気付いた。
 そのきっかけは、親友達がいなくなった時に開いた研究用ノートのあるページだった。
 そのページには親友の弟が描いた魔術師の似顔絵の悪戯書きがあった。それは彼に研究よりも大切なものがあった事、彼が研究に没頭している間にそれを失った事を教えた。
 彼は毎日毎日似顔絵のあるページを繰り返しなでた。なでる度に自ら壊してしまった三人で過ごした平和な時間を思い出す。
 次第に彼がなでるページに魔力と意思が宿り、結果そのページが本体から分離し、ノーンが生まれた。
 生まれたノーンは机に突っ伏している魔術師に目を向けた。知っていた。なでる度に宿ったのは魔力や意思だけはなく魔術師の気持ちもだった。魔術師が親友達を大切に思い再び昔のように戻りたいと思っている気持ちを。
「まったく世話の焼ける……研究手伝ってやるから、早く彼らに謝りに行け」
 ノーンは、かつみが知るあの陽気な口振りで言った。
 しかし、魔術師からの返事は無い。
「……? いつまで寝ているんだ? おーい?」
 様子がおかしいと顔に疑問符を浮かべるノーンは訝しげに声をかけ、そっと何度も自分をなでていた手に触れた。
 触った彼の手にはなでていた時の悲しさのあるあたたかさはなく、ただ冷たかった。
 その時魔術師はすでに息絶えていたのだ。

 ■■■

「……今のはノーンの記憶、読み取れたという事は大丈夫という事か?」
 現実に戻ったかつみは記憶を読み取れた事から無事だと判断するが、不安は消えない。
「今は、救う事が先だ。目を覚ましたら記憶が残っているかどうか聞いてみよう」
 不安云々は後回しにして解除薬をノーンに飲ませた。
 それにより植物達は逆生長を始め、最後は芽になって体内に消えた。
「素材化は収まって、後は目を覚ますだけ。ノーン、早く目を覚ませ」
 呼びかけるも全く目を覚ます様子が無い事に多少の不安を覚えるかつみ。
「もしかして俺が素材を曲げてしまったせいか。とにかく治療所に行けば何とかなるかもしれない」
 待っていられないかつみはノーンを何とか治療所兼避難場所に運んだ。

 治療所兼避難場所。

 ノーンの状態を見て貰うも素材化進行が重度のため覚醒が遅いだけで目覚めるはずだと、素材が曲げられた影響については分からないと言われた。
「……(……もしかしてノーンのやつ、あの魔術師と俺を重ねていたのかも。だから心配してくれて俺にちょっかい出したりして)」
 かつみは目を覚まさぬノーンの横で見守りつつ読み取った記憶を思い出していた。
 その後、覚醒が遅いだけだと言われても心配でたまらないかつみは呼びかけ続けた。
「ノーン、早く目を覚ませ」
 何度目かの呼びかけをした時、
「……ん」
 ノーンの口から微かな声が洩れ、閉じていた目がゆっくりと開く。
「ノーン!」
 覚醒の兆候を見逃さなかったかつみは先程よりも声高に呼んだ。
 すると
「……かつみ、どうした?」
 ノーンは目を覚まし、訝しげな顔をした。
「どうした……って、人に心配掛けて」
 かつみはノーンの少しずれた言葉に溜息を吐き出した。
「心配? そう言えば、体中に変な植物が生えて……何かあったのか?」
 かつみの言葉でノーンは意識を失う前に植物が体中に生えた事を思い出した。
「……あぁ、今大変な事が起きているんだ」
 ノーンが覚醒した事で心配から解放されたのかかつみは苦笑混じりに事件の事を話した。
 話の最後は
「何か記憶に残っている事はあるか?」
 素材を曲げた事による影響を確認する質問で結んだ。

 治療所兼避難場所に立ち寄った後。
「これだけあれば何とかなりそうだけど、全部使い切る前に終わらせたいわね」
 大量の解除薬を確認するセレンフィリティに
「セレン、近くに被害者。早速、出番よ」
 セレアナは銃型HC二式のサーモグラフィ機能を用いて被害者の位置を正確に把握する事に務めていた結果、早々と仕事に遭遇。
「はいはい。準備出来てますよ」
 セレンフィリティは解除薬を手に被害者に駆け寄り
「ほら、もう大丈夫よ」
 飲ませて被害者の様子を見守る。
 その間
「……(無いとは思うけど警戒はしておいた方が良いわね。こんな時に襲われたらたまったものじゃないし)」
 セレアナは万が一を考え周囲の警戒をするが、襲撃は無く無事に被害者は目覚めた。
 そして
「怪我は無い? 歩ける?」
 セレンフィリティの安否確認にも
「あぁ、何とか」
 明確に答える事が出来た。
「だったら悪いけど歩いて避難所へ移動して。風上の……」
 二次被害が無いと見るなり治療所を教えて自分の足での避難を促し、近くにいた友愛会の者に付き添いになって貰い次の現場へ向かった。
 そのようにしてセレンフィリティ達は治療だけを担当して避難誘導を近くの両調薬会の会員達に託した。途中、空気清浄を開始したという連絡が入った。

 その後すぐに被害者の救助中に空気清浄にぶち当たり
「何だ、この霧!?」
 セレンフィリティ達によって救われた男性は付近から溢れる妙な霧に驚き、顔を強ばらせた。
「心配無いわ。空気を清浄する霧だから」
 セレアナが怯える被害者を安心させ
「この騒ぎの犯人を捕まえた上にまさか、協力させるなんてね」
 セレンフィリティは魔法中毒者が協力した事に肩をすくめた。
 その時、
「よほど、改良された魔法薬が気になったのかもね」
 付近にいた北都が会話に加わった。
「そうね。救助の状況はどう?」
「順調です。ただ、解除薬が尽きたので一度戻ろうかと」
 案配を訊ねるセレアナに代表して答えるクナイ。
 隣で聞いていたセレンフィリティが
「解除薬ならあたし達のを少し分けるわよ」
 自分が持っている解除薬を取り出した。
「助かるよ」
 北都はありがたく受け取った。
 そして、北都達はロスなく救助に戻りセレンフィリティ達も救助を再開し無事に終える事が出来た。

 空気清浄完了後。
「空気が変わったわよ」
 手伝いに来た調薬友愛会の一人ウララが空気が変わった事に気付いた。
「……確かに。空気清浄が成功したみたい。だけど被害者の治療はまだ終わっていないから気を抜かないようにね」
 ローズも気付いたが、気はゆるんでいない。
「えぇ、分かった」
 ローズの医者の顔を見るなり浮かれていた自分を律しウララは救助に集中した。この後、フレンディス達から連絡を空気清浄成功の連絡が来た。
 しばらくの奮闘の末、被害者も全て救い、イルミンスールの街での騒ぎは無事に解決した。