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「……未来体験薬かぁ。今回は前回と少し違うみたいだけど」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は便箋を見つめながら以前未来体験薬の被験者として参加した事を思い出していた。
「早速参加してみようかな。想像するのは……」
 ローズは迷わず再び未来体験薬の使用を決め、想像する年数を考える。
 そして、
「五年後かな。五年後の私は……いい匂いだなー、これで未来の想像が鮮明になるのかな? 楽しみー」
 ローズは想像する年数を決定し、想像しつつ便箋に染み込んだ匂いを楽しんだ。

■■■

 5年後、ローズの診療所、診察室。

「お大事にー」
 医者であるローズは出て行く午前最後の患者を見送っていた。
 そして、
「……もう、こんな時間」
 時間を確認し、昼の休憩時間に随分食い込んでいる事に気付いた。
「さてと……」
 昼食を食べて休憩しようと椅子から立ち上がった時、ドアが開いて
「今日、授業が休みだから遊びに来たよ、先生。体調はどう?」
「元気ですか?」
 ニルヴァーナ創世学園の医学部の女子生徒達が現れた。
「二人共、元気そうだね。体調はこの通り大丈夫だよ」
 教え子達の登場にローズは喜び、腹部に手を当てながら答えた。
 実は妊娠したため学園の教職を休職している最中なのだ。ゆったりとした服装をしていて分からないがじきにお腹はもっと大きくなるだろう。
「無事に産まれてくるといいね」
「旦那さん、心配してるんじゃないですか? 私の家もそうだったので」
 教え子達はローズの元気な様子に安心した。
「ありがとう。いつも心配してるよ、こっちは大丈夫と言っているのに」
 ローズはそう言ってから教え子達と少しお喋りをしてから昼食をとり、昼の診察を始めた。

 夕方。
 それぞれの仕事を終えた長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)とローズは仲良く夕食を囲んでいた。実は二人は結婚をしており、ローズが身ごもったのは広明との子供である。
「今日、教え子達が来てびっくりして……」
 ローズは教え子達の突然の訪問について声の調子を弾ませながら話そうとするが
「なぁ、もうそろそろ診療所も休んだらどうだ?」
 広明の一番の関心事は妊娠中のローズの事だけ。
「心配は嬉しいですけど、大丈夫です。子供を産むのは何も私が初めてじゃあないんですから」
 ローズは広明の心配など意に介さず、食事を続ける。
「そうかもしれねぇけど、見ているこっちは心配なんだよ。もうお前だけの体じゃねぇんだから。もしもが起きたらと思うとな……」
 堪らないのは広明だ。仕事をしていてもローズとお腹の子は何事も無く過ごせているのか気掛かりばかりで。ローズが仕事を休まずあれこれ動いているため余計に。
「広明さんが何を言っても私は2,3ヵ月は頑張るつもりですから。そもそも心配しすぎですよ。産婦人科医じゃないからさじ加減はよく分からないけど大丈夫です」
 ローズは食事の手を止めて頑なに医者休職は飲まない。
「いや、大丈夫って言われてもな」
 広明は譲らないローズに溜息を吐くばかり。
「これでも専門ではありませんが、医者ですから」
 ローズはどんと胸を叩いてニンマリと口元を歪めた。
「……何も言っても駄目か?」
 広明は自分の言葉は聞いて貰えないと悟りつつも最後に訊ねる。
「駄目ですね。頑張りはしますが、無茶はしませんから。広明さんはどっしりと構えていて下さい。しばらくしたら父親になるんですから」
 広明の予想通りローズは聞かず、逆に広明を宥めにかかる。
「……父親か。本当に無事に産まれてくるといいな」
 父親という単語に広明は大人しくなり、心配から子供の誕生を楽しみに待つ表情に変わった。心配するのは父親になる事を喜んでいるためなのだ。
「きっと大丈夫ですよ(……私は母親に)」
 ローズは腹部をさすりながら笑みを浮かべ、母親になれる事を喜んでいた。
 しばらくすれば、二人の食卓に新たな家族が増え、もっと賑やかになるだろう。

■■■

 想像から帰還後。
「……私が母親になるんだ……」
 想像した未来に幸せ一杯になるかと思いきやローズの様子は違っていた。どこか物思いに耽っていた。
「……お母さん」
 ローズは自分を出産した時に亡くなった母親の事を思い出していた。父親の話の中でしか知らない母親の事を。
「…………(お母さんは私を身ごもった時に難病に罹っていて周囲から子供を産むのは体力的に無理だとか言われても私を産みたいと言って成功したら奇跡に近い出産をやってのけったらしいけど)」
 ローズは聞いた話を思い出し、母親に思いを馳せた。
「……家族を作る事は、今の私にとって少し不安を感じるけど(……自分を何としてでも出産したいと願ったお母さんの事を考えるときっと幸せな事なんだろうなぁ)」
 まだ出産を経験していないローズにとって想像した未来は不安を感じるものだが、思い出した母親の話からきっと幸せな事だろうと想像は出来た。それに想像の中の自分も幸せそうだったから。
「……手紙を書かないと」
 ローズは想像した未来の自分に向けて手紙を書いた。

 出来上がった手紙を確認しつつ
「……私の想像とはいえ、広明さんの心配ようは……」
 ローズは心配し過ぎの広明の様子にクスリと笑みを洩らしていた。