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訪れた特殊な平行世界

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訪れた特殊な平行世界

リアクション

 妖怪の山。

「タケノコ狩りに来たけど、何か騒がしいし、また前と同じ物が生えてる」
「そうですわね。さゆみ、何が起きるから分からないから触らないようにお願いしますわ」
 季節外れのタケノコ狩りにやって来た綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は知らぬ間に巻き込まれ、以前のように植物を生やす事となりアデリーヌは警戒を強めていた。
 その時上空から
「……大丈夫か」
 てんを連れた陽一が現れた。
「大丈夫だけど、何が起きてるの? 前と少し似ているけど」
 黒亜の騒ぎに巻き込まれた事のあるさゆみは感じる違和感と共に訊ねた。
「あぁ、それは……」
 陽一は手早く事情を話した。

 話を終えて
「命の危険は無い……少し安心しましたわ」
 アデリーヌは記憶素材化による命の危機が無い事に安堵。
「……持っているだけで狙われるなら、利用して一網打尽に出来るかも」
 さゆみは自分に生えた植物をにらみ、閃いた記憶食い退治のある作戦を口に出すが、
「さゆみ、案はとてもいいと思いますが、作戦に囚われて進む道を失う可能性がありますわ。以前のっぺらりんの宿を訪れようとした時のように」
 アデリーヌのやんわりとしたツッコミが入る。極度の方向音痴のさゆみが記憶食いを倒すために走り回りでもしたら気付いた時には遭難となっている可能性大だ。
「……そうね。だったら記憶提供にしようか」
 さゆみはアデリーヌの言葉で自身の弱点と以前妖怪の山で遭難しかけた事を思い出し安全な方法で協力する事に決めた。
 そして
「それで今安全な場所はどこかある?」
 さゆみは協力後に身を寄せる場所の所在を訊ねた。
「いくつかあるが、ここだと宿の方が近いな。避難するならそっちに行ったらいい。俺は避難誘導をして終わったらあれを何とかするつもりだ」
 陽一は現在の避難先を告げた後、空を駆る赤い光を指し示した。
「それなら宿に向かう途中、妖怪に会ったら避難を促すわね」
「避難先に到着しましたらわたくし達が様子を見ていますわね」
 さゆみとアデリーヌは出来る限りの事で協力を申し出た。
「分かった。避難先の皆の事は任せるよ」
 陽一は申し出をありがたく受け取るなり仕事のために別の場所へと急いだ。

 陽一と別れた後。
「抜いても記憶は無くならないという事だけど……やっぱり少し不安だね」
「……そうですわね」
 さゆみとアデリーヌは再び自身に生えた見慣れた植物に目を落としていた。
 いつまでも見ているだけではなく
「でも大変な時だし、何もしないよりはましだろうという事で……」
 さゆみは意を決して明るい色合いの素材に触れた。
 途端、
「さゆみ?」
 アデリーヌが心配の顔で見守る中、ある幸せな思い出をさゆみは見る事に。
 少しして
「……アディ、この素材、あの時の思い出よ」
 記憶を読み取り終わったさゆみは笑みを浮かべながら言った。
「?」
 曖昧な言い方に何を指しているのか分からぬアデリーヌは小首を傾げ、説明を求めた。
「休みの日に二人でのっぺらりんの宿に来た時の事、いつものように迷子になって山の天候は変わりやすくて激しい通り雨に遭って」
 さゆみは笑みをこぼしながら記憶の内容を話し始めた。
「その上、さゆみは足首を挫いて、散々でしたわね」
 思い出したアデリーヌが話の続きを口にする。
「そうそう。でも妖怪達に助けて貰って行った事も無い所に案内して貰って、かえって楽しかったね」
 さゆみは相槌を打ち、笑顔で思い出を語ってから素材を抜いた。今でも思い出せる。散々だったが楽しかったと。素材の色もしっかりとさゆみの気持ちを表していた。
 さゆみの思い出が天に昇るのを見送ってから
「そうですわね。今度はわたくしも……」
 アデリーヌは自身に生えた植物の一つに触れた。
 込められた記憶はというと
「……同じ記憶でしたわ」
 先程さゆみが語った思い出と同じであった。素材の色も同じだったり。
 この後、さゆみ達は宿を目指しつつ記憶提供と出会う妖怪達に避難を促した。

 避難場所に向かう中、
「……ああ、そういえばこんなこともあったわね……って、アディ?」
 さゆみはアデリーヌと過ごした記憶を楽しみながら次々と抜きまくる中、隣の婚約者が苦笑いを浮かべている事に気付き、小首を傾げた。
「何でもありませんわ。ただ、さゆみの方向音痴に巻き込まれてばかりだから思わず」
 アデリーヌは苦笑いのまま答えた。どれもこれもさゆみと過ごした思い出なのだが、その多くは彼女の絶望的方向音痴に巻き込まれ事態を余計に悪化させないように必死に奮闘するという苦笑いするしかない物ばかり。
 しかし、
「でも、わたくしにとっては大切な記憶ですわ」
 アデリーヌにとっては最愛の人と過ごした大切な記憶。
「ありがとう、アディ。これからも迷惑掛けてしまうけど」
 さゆみもつられて苦笑い。
「それも含めてですわ……これは……」
 アデリーヌの笑みは暗めの色合いの素材を目に止め触れた途端、消えてしまった。
 記憶読み取りが終わるなり
「……アディ?」
 さゆみはまだ切なげな顔をする婚約者が心配で様子を窺った。
「……これはあの時、以前の騒ぎに巻き込まれた時のものですわ。さゆみが……」
 アデリーヌが見たのは黒亜の騒ぎに巻き込まれ、さゆみを失いかけた時の事だった。今でも思い出せる。最愛の人を失うかもしれないという言いようの無い恐怖に襲われパニックに陥った事を。あの時少しでも遅れていたらと思うと恐ろしい。
 そんな時
「……さゆみ」
 自分の手を握る温かで知った感触にアデリーヌは隣に振り向いた。
「……大丈夫。それは過ぎた思い出で私は生きてここにいる。でしょう?」
 アデリーヌの手を握るさゆみはにっこりと笑顔を浮かべていた。思い出も大事だが、自分達がいるこの瞬間が何より大切だと。
「えぇ、その通りですわ」
 アデリーヌはほのかに笑み、嫌な記憶を呼び起こした素材を抜き去った。
 その時、
「君達も来たんだね」
 二人にとって聞き覚えのある声が降りかかり振り向かせた。
「あなたは以前の……」
 真っ先にアデリーヌが目の前の妖怪が何者か察した。
「あの時のだよ。大切な人が無事で良かったね。そう言えば、まだ名乗っていなかったね。僕は一(いち)だよ」
 黒亜の騒ぎの時、意識不明状態となったさゆみを連れた自分を宿で迎えた一つ目小僧であった。
「あの時は本当にありがとうございました」
「ありがとう」
 アデリーヌとさゆみは改めて礼を述べた。
「いいよ。今回はこの山を救うのに力を貸してくれてありがとう」
 一は二人の礼に遠慮を示すなりぺこりとお辞儀をした。
 互いに礼を言い合った後、
「僕は今宿に避難する途中なんだけど、君達は?」
 一は改めてさゆみ達の状況を訊ねた。
「そうよ。避難誘導と記憶提供をしながら」
 というさゆみの答えに
「そっか。それなら同行してもいいかな?」
 一は同行を申し出た。
「えぇ、構いませんわ」
 アデリーヌが代表して答えた。
 それによって一を加えた三人で宿を目指しつつ避難誘導と記憶提供を続けた。
 途中、記憶食いに狙われるが、さゆみの『シュレーディンガー・パーティクル』とアデリーヌの『光術』で対処し、無事に宿に辿り着き、宿に集まる避難者達を励ましたり記憶提供を一緒にしたりと活動した。