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【一 開幕、S−1クライマックス】
2024年、夏。
透き通るようなライトグリーンの水面がどこまでも続く水平線上から、真っ白な砂浜が広がる陸地へと視線を転じると、そこにはパラミタ内海に点在する海水浴リゾート地のひとつが視界に飛び込んでくる。
水着姿の海水浴客が所狭しと波打ち際で遊ぶ姿は、何の変哲もない、ごく一般的な砂浜として見ることが出来る――筈だった。
ところが、そんなリゾート地の一角に、何故か、四角いリングが設営されていた。
周囲には場外鉄柵が張り巡らされ、更にその外側を、大勢の観客がぐるりと取り囲むような形で覆い尽くしている。
空京の地下闘技場から出張営業という形で開催される運びとなった、プロレスの祭典S−1クライマックスが、今まさに、その戦いの火蓋を切って落とそうとしていた。
* * *
「はぁ〜いッ! みんなぁ、盛り上がってるぅ〜ッ!?」
リング上でマイク片手に黄色い声を張り上げているのは、今大会で司会進行役を自ら買って出た五十嵐 理沙(いがらし・りさ)。
ワイヴァーンドールズ仕様の小悪魔的なデザインで彩られた薄手の衣装を身にまとい、天真爛漫な笑顔を四方の観客達に惜しみなく贈る。
理沙の呼び掛けに応じて、観客からは一斉に大歓声が沸き起こった。
これから始まるであろう戦いに華を添える理沙の軽妙な進行トークが、掴みはOKとばかりに観客達のハートをがっちりと鷲掴みしていた。
「さぁお待ちかねッ! これからいよいよ、夏のS−1クライマックス2024の開幕よッ! オープニングマッチは選抜予選の第一試合ッ! 炎魔人魔異都対ルカルカ・ルーッ! この両者のプロフィールは?」
理沙が傍らに立つセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)に水を向けた。
セレスティアも理沙と同じく、ワイヴァーンドールズ仕様の衣装で着飾っているが、若干大人しめなデザインなのは、彼女の性格を色濃く反映しているといって良い。
セレスティアは大きなパネルを頭上に掲げ、ヘッドホンマイクを通じてこれからリングに登るマイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)とルカルカ・ルー(るかるか・るー)の選手紹介を高らかに読み上げた。
「炎魔人魔異都選手は、イルミンスール武術を基本とするスタイルと、炎のように熱いパワースタイルが特徴です。一方のルー選手は、軍隊格闘術で鍛えた肉体にしっかりとプロレスの基本を叩き込んだ、オーソドックスなスタイルで勝負。この両者の戦いがリング上でどのような化学反応を引き起こすのか……会場の皆様、必見ですッ!」
簡潔にまとめながら、両選手の特徴をしっかり前面に押し出したセレスティアのプロフィール紹介は、中々様になっていた。
流石にワイヴァーンドールズとして、日々営業に廻ってトークを鍛えているだけのことはある。
セレスティアによる選手紹介が終わると、理沙が選手入場を促すようにひと声。
「さぁ、バトルフィールド、カモーンッ!」
すると臨時に設置されたふたつの入場ゲートの一方から、スモークによる派手な演出をバックにして、ルカルカが飛び出してきて花道を勢いよく駆け込んできた。
その勢いで一気にコーナーポスト上まで躍り上がると、大歓声を前後左右から受けながら元気一杯の笑顔を振りまく。
続いてもう一方の入場ゲートからは、炎をかたどったマスクの下に不敵な笑みを湛える炎魔人魔異都が、矢張り同じく炎の意匠で彩られたバイクに跨り、轟音を上げて花道を突っ切ってきた。
リングサイドで急停止し、その勢いでトップロープを飛び越えて一気にリングインを果たしたその身体能力は見事というべきであろう。
「ヒャッハーッ! 俺は炎魔人魔異都ッ! 焼き尽くされた炎のように、お前を倒してやるぜッ! ヒャッハーッ!」
両者の入場パフォーマンスでひとしきり場内を沸かせた後は、主審判を務める馬場 正子(ばんば・しょうこ)が白いポロシャツと黒のスラックス姿で両者をリング中央の呼び集め、ルールの説明と身体チェックに入る。
プロレスの試合では必ず見られる、おなじみの光景だ。
ただ、選手よりも主審の方が外見的にいかついというのは、これはこれでちょっとおかしいような気もするのだが、そこはあまり突っ込まない方が宜しい。
* * *
紺碧の空に、ゴングの音が高らかに鳴り響いた。
炎魔人魔異都とルカルカは互いに睨み合うような形でリング内を二周ほど廻り、やや間を置いてから、正面から組み合った。
序盤は静かな展開から入るのか――誰もがそう予測した直後、しかしその読みはすぐに裏切られる。
炎魔人魔異都が力任せにルカルカをロープ際まで押し込み、審判正子がロープブレイクを命じた直後に、いきなり至近距離から鉄山靠を叩き込んだのだ。
出鼻を挫かれた格好となったルカルカを、炎魔人魔異都はハンマースルーで反対側のロープに振った。
ここで炎魔人魔異都は回し蹴りを狙ったが、ルカルカはロープから駆け戻ってくる勢いを利用してローリング・ソバットを炸裂させた。
結果、両者相打ち。
いずれもダメージは然程に大きくはないが、もんどりうって同時に場外へと転がり出ると、その派手なパフォーマンスに会場が沸きに沸いた。
先にリング内へと戻ったのは、ルカルカである。
炎魔人魔異都はリング中央に立つルカルカを牽制するように、リングサイドをぐるぐるとゆっくり廻り、リングアウトぎりぎりの18カウント目でようやく、リングインを果たした。
炎魔人魔異都の、その名の通りの妖しげな魔人ぶりは、観客から更なる興奮を引き出している。
今度はルカルカが仕掛ける番だとばかりに間合いを詰め、これに反応した炎魔人魔異都がナックルパートで応戦。
その炎魔人魔異都の腕を取ったルカルカが、最初に喰らった鉄山靠のお返しとばかりに、電光石火のフィッシャーマンズDDTで炎魔人魔異都を脳天からマットに叩きつけた。
リング中央で大の字になった炎魔人魔異都だが、いきなりむくりと上体を起こし、何事も無かったかのように周囲を見渡す。
この奇怪なパフォーマンスに再び、歓声が沸き起こった。
ぎょっとしたルカルカの隙を衝くようにして炎魔人魔異都は低い姿勢でルカルカにタックルを叩き込み、ルカルカを倒すと同時に、彼女の両脚を自身の両脇に抱え込んだ。
「いくぞおらぁーッ! ヒャッハーッ!」
炎魔人魔異都の叫びに、場内が沸いた。
ジャイアントスイングだ。
ルカルカは素早く両手を後頭部に組んで、ジャイアントスイングに備える。
観客席から、炎魔人魔異都のジャイアントスイングの回転を数えるコールが一斉に響き渡った。
丁度20回目のスイングで、炎魔人魔異都は手を離し、自身もふらふらとその場にへたり込んだ。ジャイアントスイングはどちらかというと、仕掛ける側の方が辛い技なのである。
一方、ルカルカもやや足元がおぼつかないながらもゆっくり立ち上がり、へたり込んだままの炎魔人魔異都へと詰め寄ってゆく。
炎魔人魔異都は、近づいてきたルカルカが伸ばしてきた腕をさっとかわして、グラウンドコブラへと引きずり倒した。
だがここは、ルカルカの方が一枚上手だった。
逆上がりの要領ですぐさま抜け出し、追いすがる格好でナックルパートを撃ち込もうとする炎魔人魔異都に対して、カウンターのブルハンマーを叩き込んだ。
これは、強烈に効いた。
カウンターとなった分、ダメージは倍近い威力を誇る。炎魔人魔異都は軽い脳震盪を起こしたらしく、すぐには起き上がれない状態へと陥った。
ここでルカルカは一瞬の隙を衝いて片エビ固めに入り、3カウントを奪った。
* * *
―― 選抜予選、第一試合 ――
○ルカルカ・ルー (9分12秒、片エビ固め) 炎魔人魔異都●
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