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“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

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“蛍”シリーズ【第七話】、【第八話】、【第九話】、【第十話】

リアクション

 ジャタの森 某所
 
「……ッ! 歌菜……ッ!」
 念竜のコクピットで月崎 羽純(つきざき・はすみ)は、落下のダメージで負傷した遠野 歌菜(とおの・かな)を救出にかかっていた。
「……あ……ぅぅ……ぁっ!」
 羽純が少し触れただけで声にならない声を上げる歌菜。
 どこかをひどく骨折しているのかもしれない。
「すまない……歌菜……少し、我慢してくれ」
 
 細心の注意を払って羽純は歌菜をコクピットの外へと出す。
 予め動かしておいた念竜の手の平に彼女を寝かせる羽純。
 
「いったい、どうすればいい……」
 
 思わず羽純の口から声が漏れる。
 コクピットが出すだけで歌菜は幾度も激しく呻き、その度に声にならない悲鳴を苦しげにあげた。
 近くには不時着した迅竜がいるであろうし、そこには迅竜の医療班もいるはずだ。
 そうである以上、医者もいない状況……というわけではない。
 
 だが、先程から信号を送っているものの音沙汰はない。
 歌菜の方はというと、先程よりも消耗している様子だった。
 こんな状況で敵と遭遇したりすればもちろん、このまま放っておくだけでも十分に危険だ。
 
 直後、羽純は自分達以外の気配に気付いた。
 咄嗟に振り返った羽純。
 彼の視線の先にいるのは、一人の青年だ。
 ショートの黒髪に同色で詰襟の上着にスラックス、そして革靴という格好の青年だ。
 その衣服はどこか学生服にも見える。
 
 場違いな格好だが、それをいぶかしんでいる暇はない。
 一切の誰何を飛ばして、羽純は咄嗟に武器を構えた。
 そして、彼の行動はあながち早計でもない。
 
 学生服の青年のすぐ背後には膝立ち姿勢で停止する漆黒の機体――“ヴェレ”bisの姿がある。
「“蛾(ファルター)”だな」
 歌菜を庇いながら武器を向ける羽純。
 だが、彼の予想に反して“蛾”は両手を挙げて非戦の意を示す。
「何の、つもりだ……?」
「戦場で遭遇した敵同士、戦うことはやぶさかではありません。ですが、今はあなたと交渉したいのです」
「交渉……だと……?」
「ええ。あなたに戦闘の意思があるならば受けて立ちますが、もし可能ならば今しばらく待って頂きたく」
「何が言いたい? 一体全体何が目的――」
 そこで羽純の視界にあるものが飛び込む。
“蛾”の背後。
 正確には膝立ちする漆黒の機体、まさに地面についたその膝の裏。
 接地する膝頭を防御壁にするようにして一人の少女が横たえられている。
 
 彼女の服装もまた、場違いだった。
 その少女の衣服は女子高生が着ているセーラー服そのものだ。
 彼女のセーラー服は全体的に黒の色遣いが多い。
 その為か、彼女の長く真っ直ぐな黒髪がまるで背中の生地に溶け込んでいるように見える。
 
「なるほど。俺達と状況は同じというわけか」
「ええ。これより僕はパートナーの応急処置を行います。意識の集中が必要なもので、できれば邪魔しないでもらいたいのです」
「事情は理解した。好きにしろ。俺としても無駄な戦いはしたくない」
「それはどうも。では」
 
 羽純が武器を構えたままなのも構わず、“蛾”は背を向ける。
 そのまま彼は少女の元へと歩いていく。
 ややあって彼は少女の傍らにしゃがみ込むと、手の平をかざし始めた。
 しばらくそうしていた後、少女はむくりと起き上がる。
 
 そのまま立ち上がった彼女とともに“蛾”は羽純へと近付いてくる。
「応急処置も終わったからな。いよいよ敵の排除というわけか?」
 素早い動作で再び武器を構える羽純。
 
 それにも構わず“蛾”は歩き続ける。
 歌菜へと近付く彼に対し、羽純は武器を振り下ろす。
“蛾”はそれを不可視の障壁で受け止めると、更に歌菜の近くへと歩み寄る。
 そして、歌菜の前まで来る“蛾”。
 羽純の武器と彼自身を不可視の力場で抑えながら、“蛾”は歌菜の傍らにしゃがみこんだ。
 
「歌菜に何をするつもりだ……!」
 力場で押さえつけられながらも声を絞り出す羽純。
「そのまま大人しくしていることをお勧めします。手元が狂っては大変ですからね。その為にも、僕が集中するのを邪魔しない方がいい」
 
“蛾”は手の平を歌菜にかざすと、目を閉じる。
 しばらくそうしていた後、歌菜が声をもらす。
「んっ……!」
 そして一度、小さく震えた後、彼女の呼吸は急に穏やかになる。
 
「どういうことだ……?」
「彼女の体内を“見た”ところ骨が散らばっていたようなので、応急処置に繋げておきました」
「なぜ助けた?」
「先日のヴァイシャリー攻防戦で不思議な力場を生んだその機体……そのパイロットと一度話してみたかったのですよ。その為です」
 
 未だ警戒を解かない羽純は背後からの声に振り返った。
 
「私も……その人と話して……みたい……」
 声は途切れ途切れだが、歌菜は自分で起き上がっていた。