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第六章
あの勇姿をもう一度?

 太鼓を叩き続けるハイナは時々、休憩の為に下に降りてくる。暑さの残る日、日が暮れると涼しい風が吹いてくるが、それでもまだ気温は高い。
 ハイナは顔を下げれば汗が滴るほどにびしょ濡れだった。
「ハイナやっほーう、沢山お菓子と飲物仕入れてきたわっ」
 と、タオルで顔を拭くハイナとお茶を差し出す房姫のもとに、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、両手に袋をいっぱい下げてやって来た。
「ルカも持って来たよ!」
 ルーは自前のお菓子も差し出す。
「おお、お勤めご苦労様でありんす! 食べ物でありんすか?」
 蓋を開けると、どう考えても物理的におかしいくらいの量のお菓子が飛び出してきた。
「ぷっふふ、これは具や味をいろいろ選べるって評判のたこ焼きで、こっちがシンプルだけどすごく美味しいっていうたこ焼き!」
「それから甘くて美味しいと評判のチョコバナナと、一風変わった飲み物、ニセビールとニセワインだ」
「まあ、種類が豊富で美味しそうですね!」
 ハイナと房姫が差し入れられたたこ焼きに爪楊枝を刺す。
 四人で談笑しながら屋台の食べ物を堪能しているとき、異変は起こった。

 しゅる、と何かが這い回るような音がハイナと房姫の後ろから聞こえた。
「ん?」
「あら?」
 と、二人が振り向いた、その時だった。
 何かがハイナの両手両足に絡み付く。
「うわぁーーーーー!」
 そして恐ろしい力でハイナをあっさりと持ち上げ、さらっていった。
「何だ何だ!? 何事でありんすかーーーー!?」
 ぶーんと空中で振り回され、状況が全く把握できないハイナはすでにパニック状態。
「ああ! ハイナが!」
「房姫、危険だ、そこを動くな! テロリストか?」
 そして気が付けば、何やらビンを両手に持った男たちが、房姫、ルー、ダリルの三人を取り囲んでいた。
「く、油断しちゃったわけじゃないのに! ダリル!」
「了解だ。応戦する!」
 二人はまず、房姫の安全を確保するため、それぞれの武器を構えた。

■■■

「ふははは! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」
 パニックが巻き起こる盆踊り会場。触手のようなものを蠢かせ、右手に日本酒と見られるビンが握られている。
「見よ、このハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)を! この『絡み酒モード』で明倫館を征服してくれる!」
 ハデスはすでに合体を済ませている。さらに特撰隊も連れており、この場所を制圧しようと意気揚々だ。
 『絡み酒モード』とは、相手を『絡め取り』、『無理矢理酒を飲ませる』ことを目的としたモードで、彼の触手に捕まったが最後……酒を飲まされる。
 ハデスの発明品はさらに近づいてきた警備の男や、腰が抜けてしまった少年少女も数人ほど捕まえ、酒を飲ませようと日本酒をぐいぐい進めている。
「ククク、おっとお前はまだ未成年のようだな。お前にはこっちだ!」
 浴衣姿の少女にゆっくりと、何やらオレンジ色の液体が入ったビンを近づける。ひ、と少女は怯えるが、それに構わず液体を無理矢理飲ませた。
「ごくん……うわぁぁん! オレンジジュースだーー!」
 怖いやら美味しいやらで、もう訳が分からない。少女は混乱して泣き出してしまう。
「その通り! 貴様ら未成年には甘いジュースを飲ませてくれるわ!」
 高らかな笑い声が響く盆踊り会場。その騒ぎの中心に向かって、まっすぐ走る者が一人。
「ドクターハデス! そこまでです!」
 素早い動きで特撰隊をすり抜け、大きくジャンプ。触手アームを数本斬り落とし、ハイナを含む五人の若者を救出。
「でっ!」
 ハイナは地面にお尻を強打。そして彼女の前には、浴衣姿で大剣を両手で握る少女が降り立った。
「あなたたちオリュンポスの悪事は、この正義の騎士アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が許しません!」
 剣を突き付けるアルテミス。周りの特撰隊がたじろぐのに対し、ハデスはにやりと余裕の笑みを浮かべた。
「ククク、いい度胸だ。ならばお前も我が科学力の餌食にしてくれよう!」
 ひゅん、と触手が四方からアルテミスに迫る。
「ふっ、その程度の攻撃、私には通用しな……」
 なんと、アルテミスは走ろうとした瞬間、脚がもつれた。
「って、ああ! 下駄だと動きづらいですっ!?」
 そしてアルテミスは、触手に捕まった。
「さあ、お前にもジュースを飲ませてやるぞ!」
「くっ、このくらい……ってきゃあ! 浴衣が! そんな所に入ってきちゃだめえ!」
 じたばた暴れながら、複数の触手による攻撃で少しずつ浴衣が肌蹴られていった。
「さあ、行け! 我が部下たちよ!」
 そしてハイナや房姫たちに向かって、指揮官系スキルで能力を底上げされた特撰隊たちが、度数の高い酒ビンを片手に殺到していった。

■■■

「……おい、なんだかよく分からねえが、今がチャンスじゃねえか?」
「ああ、今だ! 半年前、沢山の男たちを酔い潰したあの勇姿を、もう一度拝むんだ!」
「おーーー!!」
 そして混乱に乗じて、兼ねてよりハイナを再び酔い狂わせようとしていたバカどもが行動開始。
 ルカルカ・ルーやダリル・ガイザックらによって固められていた防御が崩れたのを見て、彼らも酒を片手に突撃していった。

■■■

 お尻を強打してうまく立てないハイナに向かって殺到する特撰隊とその他大勢に、武器も何も持っていない彼女に太刀打ちするすべはない。何をされるのか、というより何が起こっているのかが今ひとつ理解しきれていないハイナは、やってくる男たちにただただ混乱する。
 そんなハイナの前に、突然誰かが降り立った。
「お、おお!? ぬしは!」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は近づいてくる男たち数人を爆炎掌で吹き飛ばすと、敵勢は慌てて立ち止まった。
「何もないならそれが一番、だと思ってたのによ。途中まで賑やかなお祭りだったのに」
 唯斗はぎろり、と一人一人睨むと、ゆらりと戦闘態勢を取った。
「……ん? 手に持ってるそれは、酒か?」
 てっきり鈍器か何かと思っていたが、よく見れば少し違う。
「くくく……そぉかー。そぉーんなにハイナを酔わせたいかぁ」
 ぞわ、と敵勢が総毛立った。
「よーし、俺、頑張ってオメェラを殲滅しちゃうぞー。覚悟しろよー」
 瞬間、唯斗が消えた。
 否、あまりの速さに凡人では目で追い切れない。男は気が付けばすぐ目の前に立ち、ゼロ距離で爆炎掌の爆発を受けた。
「警備班に伝令! 敵襲!」
 いつの間にか、唯斗は携帯を手にしていた。
「狙いはハイナに酒を飲ませることだ。半年前の苦労を思い出せ!」
 半年前の新年会の大騒動、めちゃくちゃになった明倫館の会場の後片付けは彼らがやったらしい。その苦労は彼らのみぞ知るが、察するに相当大変だったらしい。
「総員、全力で撃滅だ!」
 唯斗は爆炎掌で次々に男たちを空へ吹っ飛ばしていった。

 別地点、遠距離から弓で狙いを定める紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、パートナーの唯斗からの通信に、少々困惑していた。
「え、ええと、唯斗兄さん、いいんですか? なんだかテンションがすごいことになっていますけど……」
「睡蓮、遠慮はいらん! 全力で撃ち抜いてよし!」
「は、はい! 分かりました! ええと、全力でいいんですよね?」
 イヤホンから聞こえる唯斗の声に、睡蓮は改めて強く弓を引き絞った。
 高性能の追尾能力を持つスキル・神威の矢。
 そしてサイコキネシスを併用し、加速する矢を速射した。
 放たれたたくさんの矢は障害物をひゅん、ひゅんとかわし、
「あぎゃー!」
 命中した。
「いいぞ、もっとやれ睡蓮!」
「はい! 撃ちまくります!」
 睡蓮は群がる男たちを一発も外すことなく撃ち抜いていった。

■■■

「やるな! ならば我が発明品の『ハルマゲドン』でお前たちをまとめて……」
 ハデスが力を溜めはじめた瞬間、睡蓮による射撃が足に命中。がくんとバランスを崩す。
 その隙を狙って唯斗が懐に入り込む。
 同時、房姫周辺の敵を一掃したダリル、ルー両名も絶好の間合いに入った。

■■■

「……ん? おい、あんなところに花火を仕掛けたか?」
「え? あ、何だあれ。あんな爆発する花火知らないぞ」
「すさまじい炎だな。まるでハルマゲドンのような」
「ああ。今度はああいう花火を作ってみるか」
 花火師たちが謎の花火についてトークしている最中、謎の花火発射地点には、四人の戦士たちが武器を肩に担いだり、腕を組んだりしながら、撃ちあがった花火に向かってうんうんと頷いていた。