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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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2025年 春


 年が明けると、冬はあっという間に彼女の前から過ぎ去って行った。
 百合園女学院の短大卒業を控え、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は学業をこなし卒業式の準備に追われていたが、彼女にとって最も重要なのは、卒業した「その後」の生活である。
 学院の友人たちは進学を選んで学生生活を延長したり、就職先を決めて準備を整えたり、起業したり、はたまた結婚して家庭に入ることが決まって浮かれた噂話をしたりしていた。
 それなのに、エリスは学生時代の終わりを――大人として生きることを不安がっていた。
 だから、まだエリスの未来は決まっていない。しかし決まっているようなものだ。彼女の親は、大量の見合い話を持ってきたからである。
 エリスは数々のお見合いをこなす為に彼方此方へ飛び回るハメな日々を送っており、それが多忙と不安の一番の原因になっていた。
 当初は気後れすまい、と臨んだお見合いも、強く振舞おうとして動いていた決意も女子高の中でだけ機能していた様で、結局受け身で返答は玉虫色な物ばかりで誤解を量産中。
 親や相手方にもはっきりしろとか言われるし、その度におろおろしてしまうのである。
「べ、別に男性と話しするのが駄目なんやあらへん……その……ごにょごにょな事前提やと頭の中真っ白になって……えと……と、兎に角あかんのどす」
「お前は誰にでも同じ態度を取りすぎる。せめてどんな人がいい、とだけでも教えてくれないか」
「古いしきたりや流れを守れる人は守る方がええのんかなぁと思うたりもするんどす」
 そう言って若干相手が好みの傾向になった気もするが、そもそも結婚願望が強いわけでもないのにお見合いをしても……とも思う。
「……はぁ」
 講義終了後、エリスは廊下を歩きながら溜息を吐いた。彼女の後ろに、2メートルほど距離を置いてパートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)がとことこと付いて歩いているが上の空で気にした様子もない。
「うち一人で考えてても駄目やわぁ……」
「どうせ人に話したって何も事変わらないのですから見苦しいだけだと思いませんの?」
 ティアは背後から嫌味を言う。
「決められないって言い訳して、決めた事先延ばしにしてるだけでしょう?」
「……そんなんとは……違います……はぁ……」
 溜息を吐きつつ校内を当てもなくうろうろする。そのうち、また自分がよく講義で利用する教室まで戻ってきてしまった。
「あら清良川さん、ごきげんよう」
「あっ……」
 そこには、同じクラスで良く講義も一緒になる顔見知りの女性がいた。
 エリスは彼女の腕を取ると、丁度空き教室になっている部屋にだだっと連れ込んで、隣同士に座り(らせ)、椅子を向き直らせて迫った。
「ど、どうしたの?」
「お見合い言うて何であないやらしい目で人の事見たり聞いたりできるか判らしまへん」
 エリスの気弱そうな眼の端に涙が浮かんでいる。
「私かてたまには家と関係無く自由なんもええ思うたりしますえ。けどそれやと回らへん世の中やて有るんどす。そ、それに自由にせえ言われても、うち何したらええか判らへんもん。その方が心地悪うなるんやもん」
 エリスの実家は、百合園女学院の生徒のご多分に漏れず良家であり、両親は元日本華族と西欧某国貴族。それだけにお見合いも政略結婚的な色もあった。
「うち自由言うんがよう判らん……」
「そ、そう。それは大変ね……」
 クラスメイトは応えつつ、エリスの後ろで椅子に座って成り行きを見ている二人のパートナーにちらりと目をやった。
 エリスとしては必至なのだろうが、ティアは性格的に、壹與比売は年齢的にそんなことでは動じていない。
 というか、エリスの見合いの苦労の半分はティアのせいである。
 見合い相手だって、エリスが「出来るだけ苦労しそうな」結婚相手を見極めようと付いて行ってるし、くっつくように仕向けていた。
(下品な親父の側室や愛人同然なのが理想ですわね、弄ばれ続ける姿を観察して記録したいですもの)
 観察と記録のためには結婚しても付いていくつもりである。筋金入りだ。
「大丈夫ですわよ。あたしが一生エリスの傍にいて(ピンチを増やして)差し上げますから」
 ティアが後ろから優しげな声を掛ける。
「……一人やない、いうこと……?」
 壹與比売は、またもエリスが弄ばれそうになっているので、助け舟を出した。
「命短し恋せよ何とやらでございます。お見合いで納得するのであればよろしゅうございますけど勿体ないような……昔と違い折角の自由な世でございますのに」
 実は、エリスに巻き込まれて彼女も見合いをさせられているので、それに対して怒っている、というのもあった。大体英霊なのだから結婚適齢期とか関係ないのだ。第一女王がその辺の一般人と見合いとかどうなのかとも思う。
「わたくしは見合いをお受けするつもりはないのでございます。ですから、きちんとお断りしてございます。
 曖昧なのも相手を見極めないのも無礼なのでございますよ」
「……うぅ」
「大抵の人の未来は幸あれと卜占に出ているものでございますよ」
 占いは、将来を占うものであり、人生の後押しをするものでもある。
 エリスの心向きは、本当は決まっているのだ。壹與比売はその背中を押したのである。
「大切なことなのだから、卒業式までに決めようとしなくてもいいと思いますわ」
 クラスメイトに優しく言われ、エリスは机に突っ伏すようにして愚痴って――そして、腹を決めた。