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白百合会と未来の話

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2025年 年が明けて


 2025年1月9日。
 ――この日を、二人は一生忘れる事がないだろう。


 フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)が出産のためヒラプニラのシャンバラ教導団産婦人科に入院したのは、2025年の年明け早々のことだった。
 臨月になり、年末辺りから予告するような陣痛を何度も迎えていたが、ここ数日はいよいよそれがひどくなる一方だった。
(もうすぐ生まれる……もうすぐ、私はこの子の母親になる。あの人はこの子の父親になる。なんとしても……この子を無事にこの世に送り出さないと……)
 ベッドの上で安静を言い渡されていたフィリシアは、その思いで痛みに耐えていた。
 そして数日後、遂に陣痛が始まった。今までとは違う強い痛み。フィリシアは看護師に夫を呼んでもらった。
 もしかするとあっけなく生まれて間に合わないかもしれない、と思ったが、生憎、安産というわけにはいかなかった。何時間もの間痛みに耐えることになった。
「そうよね、パパの顔も見たいよね」
 フィリシアは苦しい息の下で、今産まれようとしている赤子に話しかける。


 パパ――ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、勤務中だというのに落ち着かない日々を過ごしていた。
 妻が出産間近のため、一時的に戦闘部隊から教導団本校の歩兵科本部で勤務することになったのだが、どこか上の空である。時折、2メートル近くある巨躯の上に乗った頭を、廊下の上方に通っていた配管にぶつけていた。
 今日か、明日か、それとももうすぐなのか……「その時」が来るのがもどかしくて仕方がないのである。
 見た目だけなら「泣く子がさらに泣きわめく」ような厳つい顔立ちの男が、病院からの連絡をもどかしく待つ様子はかなりシュールだった。
 そうして数日が過ぎた頃、病院から彼に妻が産気付いたという連絡が来た時、彼はもう任務もそこそこに、猪のように猛然と病院へ制服姿のまま乗り込んでいった。厳つい体躯の厳つい男が血相を変えて産婦人科へと乗り込んでいく姿に、周囲の外来の患者や入院患者、そして医者から看護師たちまでもが道を退いたり仰け反ったり、遠巻きに見たりしている。
 一体何事だ、まさか事件が起こったのではなどと周囲に不安を巻き散らすが、そんなことは今のジェイコブにはどうでも良かった。
 陣痛室に辿り着いた彼だったが、苦しんで声を出すこともできない妻に、何をどう言葉をかけたらいいのやら、とっさには思いつかず、代わりに妻の手を握った。
 この時のことは後日思い出そうとしても、どんな言葉をかけたのかも記憶がかすんでしまって思い出せなかった。
 実際、厳つい外見に似合わず気が動転していたのだろう。その時も、その後どうやって、いつ分娩室に移ったのかも覚えていなかった。
 次に記憶がはっきりしてきたのは、子供の泣き声が聞こえてきた時だった。
 一生懸命泣き声を上げる赤くて、小さくて壊れそうな生き物。
「可愛い女の子ですよ」
 看護士がフィリシアの胸に赤子を抱かせる。
 くしゃくしゃの泣き顔を見ながら、ジェイコブは感慨深く呟いた。
「……ああ、俺は……俺はこの子の父親って奴になったんだな……。ありがとう」
 疲れ切ったフィリシアに話しかけると、彼女は微笑んでジェイコブに応える。
「名前は決めてあるの。フェリシティよ、意味は……『幸運』」
 そしてフィリシアは我が子に話しかける。
 その声は疲れ切っているとは思えない程、ジェイコブが今まで聞いた事がない程優しいものだった。
「フェリシティ……フェリス……私はあなたのママで、この人はあなたのパパよ……」