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白百合会と未来の話

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白百合会と未来の話

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2025年 夏


 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の二人は、相変わらず超多忙のアイドルと大学生の両立生活を送っていた。
 さゆみは、自分でもよく留年しないものだと呆れるほどだ。前期試験の結果も……なんとか助かった。逆にサボりまくって赤点で補修だのレポート再提出だの単位を落とすことになると、アイドル業を圧迫したり余計に休暇が消えるのだ。
 とは言っても。
「お休み……たった一日か……」
 ある夏の日、さゆみは目をぱちりと覚ますと、ベッドの上で伸びをしてから考えた。意識は冴え、これから惰眠を貪るという気分にはならない。
「流石に旅行の類は無理よね。アデリーヌ、家の中でできることって何かある?」
 先に起きて着替えを済ませたアデリーヌは、二人分の朝食を用意しながら答える。
「そうですわね、のんびり休んでもいいですわね。趣味の時間にしてもいいですし……」
「趣味、趣味ねぇ。趣味っていうか、一人で編み物しても仕方ないし、二人でできるもの……」
 テーブルに座ってアデリーヌの用意してくれたパンとベーコンエッグを胃袋に収めると、さゆみは考えを口にした。
「そうね、何かおいしいものでも作ろうか?」
「料理もいいですわね」
「んー、何かないかな……」
 冷蔵庫を開けて中を覗き込みながら、さゆみは材料を眺める。
(夏だし涼し気なものがいいな……)
 中に幾つかのフルーツとゼリーの素を発見。
「フルーツゼリーケーキを作りましょう」
 アデリーヌが朝食の後片付けをしているうちに、さゆみは着替えて顔を洗って支度すると、早速レシピ本と二人分のエプロンを持ってきた。


 暑い夏、窓を開けて風通しを良くして。
 エプロンに三角巾を付けて、髪を縛って首筋を涼しくして。
 材料を計量して、薄力粉を振るって、卵を泡立てて、オーブンでスポンジを焼いて。
 焼いているうちにフルーツをサクサク切って、ゼリーの素を溶かしてゼリーを作って冷やし固めて。
 出来上がって熱を取ったスポンジを、上から固まりかけたゼリーに乗せて。
 ぷうんと漂う甘いスポンジの香りが窓の外に流れて行ってしまってから、二人は座って出来上がりを待った。
 オーブンに残った熱と、コンロの上で湯気を立てるアイスティー用のやかんの熱が、夏の暑さに混じっていく。
「……できた頃かな?」
 さゆみが冷蔵庫からそうっと取り出すと、透明なふるふるのゼリーの中にキウイやみかんの缶詰が宝石のようにきらきらと輝いて、すごく綺麗だった。
「食べるのがもったいない気がするね」
「そうですわね。でも、食べない方が勿体ないですわ」
 アデリーヌは濃い目に入れた紅茶を、氷で満たしたグラスに注いでアイスティーにすると、二人の前に置く。
「……ん、美味しいわ」
 一口、口に入れて満足げな声を出すさゆみ。
 それは美味しかったから、だけではなかった。
 今日も二人にとっては特別な日。毎日が最愛の人と過ごせる幸せな一日。長命の恋人と、短命の自分。その運命に理不尽を感じて涙することもあるけど、泣くよりも二人で笑いあって、その日が来るまでずっとずっと、二人でいる幸せだけを胸にこれからを生きていきたい。
 そんな風に思っている。
 アデリーヌも同じ気持ちだ。
 丁寧にケーキを作って、二人で分け合いながら食べる。
(ただそれだけのことなのに、とても幸せな気持ちでいられるのは、好きな人と一緒だからですわね)
 あと何回、こうしてふたりの時を過ごせるのか……時間は短く、二人でいられる時間も一秒ごとに短くなる。
(でも、逆に考えれば、生きている間はこれからずっと二人でいられるということですもの、その事だけを考えましょう)
 たった一日の休暇、どこにでもある休日の風景。
 だけど、さゆみとアデリーヌにとっては、今日も特別な一日。