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リアクション
■ 密林に住まうスナイパー ■
今年は実家に帰るのだと言い出した木之本 瑠璃(きのもと・るり)を、相田 なぶら(あいだ・なぶら)は正直意外に思った。
「何か事情があったんじゃないのか……?」
「事情って何なのだ?」
「だってこれまで瑠璃は、実家への帰省とか何も言わなかったから……何か家に帰れない事情があるんじゃないかって……。だから俺から帰省の話題を振るのもやめてたんだけども……」
元々瑠璃は、ある日森の中に倒れていて、それをなぶらが保護したのだ。本人曰く、悪者に追われていたと言っていたが、何があったのか、何処から来たか等、昔のことについて瑠璃は話したがらない。
だからきっと、実家に帰らないのも口に出せない何かがあるのだろう、となぶらは推測していたのだ。
けれど瑠璃はけろりとして言う。
「事情は無いけど理由はあったのだ」
「理由?」
どういう理由なのかとなぶらが問うまでもなく、瑠璃は話し出した。
「吾輩の実家は、パラミタ某所の密林の奥の奥、磁気は乱れて電子機器はおろか羅針盤も狂う、そんな秘境にあるのだ!」
けれどある日瑠璃は密林から迷い出てしまい、自分ですら帰り道が分からなくなってしまった。
だからこれまで、実家に帰ることが出来なかったのだ。
「それって……ただ単に迷子になっただけとか……」
「しかーし!」
言いかけたなぶらの言葉を途中で遮って、瑠璃は得意げに言う。
「契約を果たしてパワーアップし、更に素晴らしい方向感覚まで会得した今の吾輩ならば、たどり着くことは不可能ではないのだ! と言うわけで、なぶら殿、契約して以来お世話になってるお礼も兼ねて、我が家に案内するのだ」
不可能でない、と可能である、の間に深く広い大海溝が横たわっているような気がするし、家に帰れなくなるほど派手な迷子になる瑠璃に道案内させるのは不安だというのはあったけれど、それでも瑠璃の実家がどんな所なのかには興味がある。
(まぁ、ついていってみるか……)
迷うといっても自分も一緒なのだし、そこまで酷いことにはならないだろう。
楽観的に考えて、なぶらは瑠璃の案内で彼女の実家に行くことにした。
まさかこんなことになるとは。いやそれとも、やはりこうなったか、と言うべきか。
「大体、予想は、出来てた……んだけどね……」
密林に踏み込むこと、はや数日。
道無き道を掻き分けて、2人はさまよい歩いていた。
きっとこっちだあっちだと瑠璃に引き回され、このままだと密林の中でのたれ死ぬかも知れないとなぶらが覚悟を決めかけていたとき。
「ほ……ほら……あった……たどり、着いた、のだ……」
満身創痍、息も絶え絶えに瑠璃は前方を指さした。
「着いた、のか……」
絶対に到着出来ない気がしてきていただけに、なぶらにはたどり着いたことのほうが信じがたいくらいだ。
「だから、心配無用だって、言った、のだ……」
瑠璃はそこで一旦足を止め、汗をぬぐって息を整えた。
「取り敢えず吾輩が先ず中の様子を見てくるから、なぶら殿はそこの茂みにひとまず隠れているのだ」
油断すると殺られるのだ、と不穏なことを呟きつつ、瑠璃は息を潜めジリジリと自宅の入り口へと近づいて行った。
チャキ……。
その背後でかすかな音がする。瑠璃が振り返れば、そこでは父の木之本 一漢が銃を構えていた。
「遅い。少しは鍛えたようだが、いくら拳速を上げてもふるう前にやられたら、唯の鈍と変わらん」
「……久々に会ったのに手厳しいのだ、父上」
「何処かで野垂れ死んでるものかとばっかり思っていたぞ……お帰り、瑠璃」
そう言った父の口元は、ほんの僅かにだが、確かに綻んでいるように見えた。
「もう出てきてもいいのだ、なぶら殿」
瑠璃に言われて、なぶらは茂みから出た。
「紹介するのだ。こちらは吾輩の父、木之本一漢なのだ。職業はプロのヒットマン、あ、これはトップシークレットなのだよ? 時に厳しく、時に厳しく、そんな厳しさの中にふと厳しさを覗かせる、スパルタ教育がモットーの吾輩自慢の素晴らしい父なのだ!」
なぶらにそう父を紹介すると、瑠璃は次に父になぶらを紹介する。
「父上、こちらは吾輩がここから迷い出てからお世話になっていた、パートナーの相田なぶら殿なのだ。夢は勇者の21歳、イルミンスールの学生なのだ!」
「初めまして、相田なぶらです」
スパルタ教育がモットーのヒットマンと聞き、なぶらはやや緊張気味に挨拶した。
「そうか、瑠璃と契約して面倒をみてもらってたみたいで……感謝をするよ。出来の悪い娘で随分と迷惑をかけてしまっただろう。こんな森以外何もないような場所だが、少しでもゆっくりしていくといい。……まぁ、勇者なんて夢見がちな青年には少し厳しい環境かもしれないがね」
「はぁ……お世話になります」
何となく言葉に棘を感じつつも、なぶらは一漢に頭を下げた。
そして翌朝。
ここ数日の疲れがどっと出て、死んだように眠っているなぶらの枕元に、すっと影が落ちた。
「殺し屋の朝は早い。早朝4時±3秒以内で起きるのが基本だ」
一漢は眠るなぶらに銃を向けると、静かにカウントダウンを始める。
「あと3秒、2、1……」
「うわ、っ……!」
引き金にかける手に本気を感じて、なぶらはパッと飛び起きた。
「おっと起きたかい?」
一漢がやや残念そうに見えるのは、なぶらの気のせいだろうか。
「前時代的な武器を使ってる割に、なかなかどうしていい反応をする。朝食だ、十分以内に済ませよう」
さっとなぶらに背を向けて、一漢はすたすたと食卓へと歩いていった。
なぶらがその後についていくと、向こうの部屋から瑠璃が飛び出してくる。
「なぶら殿、父上、おはようなのだ!」
自分よりもなぶらの名前が先に出たことに、一漢はぴくりと眉を引きつらせたが、それ以上の反応はせず、おはようと挨拶を返すと食卓についた。
森で採れたものが中心の朝食はかなりのボリュームがあった。
「随分と……豪華な朝食だねぇ」
なぶらの呟きに瑠璃が答える。
「朝はしっかり食べて体力をつけておかないと、命に関わるというのが父上のモットーなのだ」
「ああ、なるほど……」
穏便な仕事ではないから、それも当然なのだろうとなぶらは納得した。
「父上は今日も仕事なのか?」
瑠璃に聞かれ、一漢はいいやと首を振る。
「今日は仕事は全部キャンセルしたので無い。ゆっくり話でもしよう」
「それは嬉しいのだ」
無邪気に喜ぶ瑠璃から、一漢はなぶらへと視線を移す。
「あぁ、なぶら殿は勇者を目指して修行でもなんでもしていてくれて構わないのだよ」
「はぁ……」
なぶらに向ける一漢の言葉には、やっぱりどこか刺がある。
どうしてこう突っかかられるのだろうと訝りつつ、なぶらは大胆に調理された食材を、口に運ぶのだった。