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リアクション
■ 何も無い、けれど多くがあった場所 ■
もしかしたら兄弟や博士が生きているかも知れない。
そんな希望を持った金襴 かりん(きらん・かりん)は、兄弟を捜す旅をしていた。
パートナーであるエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)も旅に同行していたのだが、その途中、かりんは寄りたいところがあると言い出した。
「別に構わないけど、どこに?」
尋ねるエミンにかりんは僅かに目を細め、答えた。
「わたしの、わたしたちの……ふるさとへ」
かりんが向かったのは、ヒラニプラの外れだった。街からやや離れた場所にあるそこにはかつて、小さな工場風の研究所と、木造の住居が併設されていた。
そうかりんから話を聞いてはいたものの、エミンが実際に訪れるのは初めてだ。
どんな所なのだろうと興味を持ってかりんに付いていったエミンは、その場所を見て絶句した。
何も無い。
いや、本当に何も存在しない訳ではないのだけれど、そこにあるのは建物の基礎と、壁だっただろうと思われる一部のみ。
廃墟ですらない。ただの跡地だ。
「これは……この場所、なのかい……?」
思わず問いかけたエミンに、かりんは静かに頷いた。
「しかた、ない……よ。もう、100年も、前のこと。わかって、るんだ……ここに、なにも、のこっていない、ことは」
それを覚悟で来たのだからと、かりんはゆっくりと空き地を歩く。
「ここが、げんかん……ここが、先生の部屋で……ここを入ると、リビングがあって……」
跡形もなく失われてしまっていても、かりんにはありありとかつての研究所の様子が思い浮かぶ。
(ああ……どこになにがあったか……今もせんめいに、思い出せる、のに)
それらはすべて、もう二度と触れることが能わない、過去の幻影でしかない。
「みんなが……集まったときには、ここでたくさん、話をして。三号のつくった、ご飯を食べて……」
「三号……かりんの妹かな? 料理が上手なんだね」
「そう。ううん……弟、だけど。三号は、『手を引くために』生まれた。かせいふロボと、して、作られたから、家事が、とてもじょうずだった」
そうして過去形で語らねばならないことに、かりんは言葉を詰まらせる。
当時、零号、零−弐号は博士の助手として研究所に残っていたが、他の兄弟達は各依頼人の下で暮らしていた。けれど数ヶ月に一度、アンネシリーズの皆は全員ここに集まり、近況報告と定期整備をするのが決まりだった。
あの日もそうだった。
食事の後、順繰りに点検を受けるはずだったのに、食事の途中で二号が暴走した。結果、研究所が壊滅する大事故となり、かりんは救助されたが、他の兄弟や博士は行方不明になってしまったのだ。
「エミン……ごめん。すこし、ひとりに……して」
「分かった。何かあったら声かけてね」
かりんの頼みを聞いて、エミンは離れていった。
エミンが行ってしまうと、かりんは持ってきていた人形を取りだした。
かつてテーブルがあり、それぞれの椅子があった場所に人形たちを座らせる。
人形はふたつ並んだボタンが特徴的な、揃いの服を着ている。かりんが兄弟に似せて作った人形だ。
「レイくんは、ここ……にこちゃんは、この席……」
人形たちを順に並べていって、かりんは最後に自分を模した『ひーちゃん人形』を座らせた。
座らせ終えると、少し離れた場所に座り、夕日に人形たちが照らされるのを静かに見つめる。
昔……確かにあった温かい風景。
(すべては……元通りには、ならないかもしれない……だけど……生きている、なら……その希望が、あるから。わたしはまた、みんなで、笑いあいたい)
そのために、かりんは兄弟を捜している。
いつかきっと、皆で笑ってテーブルを囲む日が来ると信じて。
――にこちゃん人形が嬉しそうに笑う。兄弟と同席している幸せを表して。
かりんがそうしている間、エミンは邪魔をしないよう、離れて佇んでいた。そこに不意に話しかけてくる老人があった。
「やぁ……あのお嬢さん、ここの機晶姫だった子だろう。君は彼女のパートナーなのかい?」
「そうだけど……」
答えながらエミンは老人に視線を当てたが、見覚えはない。
「わしは昔、この近くの工場で働いていたんだ。そのときにあのお嬢さんを見かけたことがあるんだよ」
やっぱりそうだったか、と言いながら老人はポケットからシガレットケースを取り出した。
「これをあのお嬢さんに渡してくれ。妹さんかねぇ……似た機晶姫で、もっと小さい子がいたろ。その子とよく一緒にいた医者先生が、落としてったもんだ」
「医者先生?」
「ああ。ここが壊滅した事件の直後、燃えさかる火を見つめてた、酷く背中の曲がった男性だ」
「そうだったんだ。じゃあ渡しておくよ」
エミンはシガレットケースを受け取った。
何の気無しにひっくり返してみると、裏には名前らしきものが刻まれていた。
エミンはそれを声に出して読み上げる。
「……ヌィエ」
と――。