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リアクション
■ バイナリスタ孤児院のひととき ■
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)とリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)にとっての里は、世話になったバイナリスタ孤児院だ。
これまでも、今度帰るときにでも一緒に来ないかとティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)を孤児院に誘ってはいたけれど、ティセラも多忙の身、なかなか色よい返事をもらうことが出来ずにいた。
それでも今年の夏も、リーブラは半ば諦めつつもティセラを誘ってみた。
「……ティセラお姉さま、もしよければ今年のお休み……その、わたくしたちが地球で暮らしていた孤児院に、来てみませんか?」
「あらそれは確か……」
「……はい、以前にもお誘いしたことがある、バイナリスタ孤児院ですわ。前に帰省した時にお姉さまのことを話したら、みんな会ってみたいと言ってくれて……あまり、その、アキハバラのような観光地はありませんけれど……静かで、いい場所ですわ」
そこまで言って、リーブラは慌てて付け加える。
「あ……お家はちょっと……騒がしいかもしれませんけれど」
騒ぎたい盛りの子供たちが集まっている場所だから、とリーブラは説明した。
それに対してティセラは、迷うことなく答えた。
「誘っていただけるのでしたら、是非ご一緒いたしますわ」
「……あの、お姉さま、お仕事の方は大丈夫なのでしょうか?」
反対にリーブラの方が心配になって尋ねる。シャンバラ宮殿など要所の警備を担当しているティセラはかなり多忙であることを、リーブラは良く知っていたからだ。
「警備がありますからあまり長くは無理ですけれど、今ならば少し時間を空けることは可能だと思いますわ」
「……でしたら、本当によろしいんですの?」
まだ心配そうなリーブラに、ティセラは大丈夫ですわと微笑んでくれた。
そして当日。
シリウスとリーブラの案内で、ティセラはバイナリスタ孤児院へと向かった。
「まあ、なんつーか……無遠慮なクソガキが多いが、あんまり気にしないでいてくれると有り難い」
孤児院への道中、シリウスはティセラにそう頼んだ。
シリウスにとっては、孤児院の子供たちも大事だし、リーブラの姉のような存在のティセラもまた大切だ。できれば双方ともにうまくやって欲しい。
「そこまで言われる子たちがどのくらいなのか、却って興味が出てきましたわ」
「容姿や性格は様々だが、みんな悪い奴じゃないぜ。ただまあ、子供特有のノリがかなりなあ……」
悪のりし出すと限度が無くなるんだと、シリウスは嘆息した。
「おーい、みんな帰ったぜ」
孤児院に到着し、シリウスが呼びかけるとどこからともなくわらわらと、子供たちが湧き出るように姿を現す。
「おかえりー!」
「お帰り、シリウスねーちゃん、リーブラねーちゃ……ん……?」
リーブラとティセラを見比べ、ぽかんとした男の子にリーブラが微笑みかけた。
「みんな、お久し振りですわ。今日は、お客様に来ていただいてます……前に話しました、ティセラお姉さまですわ」
「初めまして。ティセラですわ。本日はお邪魔致します」
ティセラが名乗ると、子供たちはああと納得した様子だった。
ティセラのことは、地球で放映されていたニュースで子供たちも知っている。その時はリーブラとの相似に驚いたものだが、その後シリウスとリーブラが事の次第を簡単ではあるが説明している為、子供たちなりに理解もしている。
「本当に連れて来たの? 凄いや」
「ええ。どうか失礼のないように暫く……あっ」
リーブラが諭すより早く、子供たちはティセラにたかっていた。
「ねーねー、ティセラねーちゃんって呼んでもいい?」
「ほんとにリーブラお姉ちゃんとそっくりなんだねー。この髪も本物?」
「もう、ティセラお姉さまに迷惑をかけたらだめでしょう!」
髪の毛を引っ張られているティセラを見かね、リーブラは子供たちを抑えようとしたが、それしきで止まる子供ではない。
「ティセラお姉ちゃんとリーブラお姉ちゃん、並んでみてー」
「あ、見たい見たいー。並んでー!」
「……って、きゃっ……」
子供たちに押されて、リーブラはティセラに倒れ込む。
この孤児院にいる頃から、リーブラは子供たちに振り回されていた。孤児院にいたのが2年程度の後輩だということに加えて、その性格もあってのことだ。
「……すいません、お姉さま……」
リーブラは恐縮して謝ったが、ティセラは平気な様子で笑っている。
「歓迎していただけて嬉しいですわ。みんな元気な良い子ですわね。でも、女性を押したりしてはいけませんわ。大事なお姉さんが怪我でもしたら、悲しいでしょう?」
自分にまとわりついてくる子供たちの頭を撫で、ティセラは優しく諭した。
「リーブラより上手いんじゃねえか?」
様子を見守っていたシリウスは、そう言って笑うと、子供たちの中でも特に悪ガキな男の子の首根っこを掴む。
「お客さん来てるんだから、騒がしくすんじゃねーってんだろうが! ほら、あっちで遊ぶぞ。どのくらい強くなったか、オレが見てやるからな」
シリウスは騒がしい面々を引き連れて行った。先導する悪ガキがいなければ、子供たちの暴走も軽度で済むだろう。
「カーシーもこっちだ。イアンはまた派手に汚しやがって。ほれ、さっさと片づけんぞ。あと、そういうモンはキチンとしまっとけ!」
「うわぁっ!」
そういうモン、とシリウスに指摘されたイアンは、慌てて雑誌らしきものをかき集める。その手からすべり落ちた雑誌のページが開き、水着姿のグラビアがバーンと衆目に晒される。全く大した露出ではないけれど、子供にとっては大変なことなのだろう。あわあわと焦るあまり、ページをたためずにいるイアンの代わりに、シリウスは苦笑しながら本を片づけてやった。
「これに懲りたら出しっぱなしはやめることだな。さ、行くぞ」
振り返ってリーブラに目で合図を送ると、シリウスは騒がしい一団を連れて、庭へと出て行った。
残った子供たちは比較的大人しい子ばかりだったから、リーブラとティセラの周りも賑やかながらも落ち着いた。
ティセラは子供の相手をするのが苦ではないらしく、子供たちが部屋から握りしめてきた宝物、庭で拾った小石を綺麗ですわねと褒めたり、女の子のもつれた髪をまとめてやったりと、根気よく子供たちに付き合ってくれた。
「……すいません、なんだかどたばたさせてしまって……」
到着早々に子供たちの大騒ぎに巻き込んでしまったことを、リーブラはティセラに詫びた。
「けど、根はいい子たちなんです……わたくしのこともすぐ受け入れてくれて……お姉さまのことも……。ここでは誰も昔のことは言いませんし、世間の耳にも触れません」
このバイナリスタ孤児院で暮らす子供たちは、よく言えば境遇をあまり負い目にしていない、悪く言えば図々しい所がある。
ただ、ここの暗黙のルールとして、『他人の過去には安易に触れない。特にいやがる相手には決してそのことを口に出してはいけない』という点だけは、共通して徹底されている。
子供たちが孤児院に来た経緯には、家庭内暴力から保護されたり、親に捨てられたり、と人によってはあまり話したくないものも多くある。それをつついて相手を傷つけたりすることのないよう、自然に出来たルールだ。
ティセラに対しても同じで、どうして犯罪者と言われていたのか、等の理由を、子供たちは誰も尋ねたりはしなかった。
そのことが、この孤児院を居心地の良い場所にしてくれている。
「そうですわね、ここは温かい場所だと思いますわ」
「もし……気に入っていただけたら、いつでも来て下さいませ」
リーブラはそう勧めた。
パラミタにいればティセラは、これまでのことから自由ではいられない。ティセラ自身も、洗脳されていた間のことを償う気でいる。けれど、そういうものから少し離れてほっと息をつきたい時もあるだろう。そんな時、ここに来てくれたら……とリーブラは思う。
「ここは……このバイナリスタ孤児院は誰でも帰れる『家』ですから」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるのは嬉しいことですわ。ですがここはやはりわたくしの家ではありませんもの」
自分の家も生きる場所も、すべてはパラミタに。
そう言ってティセラは、穏やかに、けれど強い意思を持った目で微笑むのだった。