波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

戦いの理由

リアクション公開中!

戦いの理由

リアクション

「ふおおおおっ、あの黄色いのは何なのだ? 美味しいのか?」
 貴賓席にいるセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は、隣のテーブルの料理に興味津々だった。
「フルーツケーキだな。お取りしよう」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は、すぐに隣のテーブルから蜜柑の形の入れ物に入った、フルーツケーキをとってくる。
「どうぞ」
 セレスティアーナに手渡して、再び隣に腰かけて彼女を見守り、他愛もない会話をしていく。
 ……だが、イーオンは同時に別のことをも考えていた。
(この情勢で開かれる披露会といったら、恐らく兵器……やはりイコンに違いあるまい。しかし、この警備の薄さは何だ? イコンの披露会となれば、敵の工作は最悪龍騎士が出張ってくることも容易に想定できるだろうに)
 ちらりとラズィーヤに目を向ける。
 しかし、すぐにイーオンは気付く。
(いや、これは囮か――ここには何もないか、張りぼてか。敵の襲撃を予見しての策。一部でもこちらにひきつけるのが目的か……? 他所で何をやっているのかは知らないが、恐らく不利益になる事ではあるまい)
 軽く目を伏せて、協力しようと考えていく。
 が……。
「美味い。こういう容器に入ってると、美味しさが増すな!」
 楽しそうなセレスティアーナの顔に、イーオンは目を細める。
 彼女には危険な目に遭って欲しくなかった。
「そうだな。俺も戴こう」
「イエス・マイロード」
 声を発したのはセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)。セルウィーはイーオンのボディーガード兼護衛としてこの場に来ていた。
 素早く動き、フルーツケーキをとってくるとイーオンに手渡す。
 礼を言って受け取り、イーオンはセレスティアーナが見守る中、スプーンですくってケーキを口へと運ぶ。
「ああ、とても美味いな」
「うむ。明日から一週間、おやつはこれにするぞ。はーっはっはっ」
 イーオンはくすりと、笑い声を上げるセレスティアーナに笑みを見せた。
 そして、彼女が不安にならないように、穏やかな雑談を続けていく。

「名簿のチェックを行いましたが……何人かパラ実生もいらしているようですね」
 ラズィーヤの傍らで、ノートパソコンを操作しながらオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が報告をする。
 彼は執事として接客に務める傍ら、不審者の紛れ込みに警戒を払っていた。
 入口で名簿の記入と招待状、もしくは身分証明書の提示を求めているため、有力者や学園に所属している契約者以外の者は入場できないはずだ。
 ただ、招待状や身分証明書自体が偽造であることも考えられるため、オレグは念入りに学園の名簿などと照らし合わせて、人物のチェックを行っていた。
「特に怪しい動きをしている人物もいませんが……用心に越したことはありませんね。何の関係もない方が巻き込まれて犠牲になってしまうのは、看過できないことでもありますので」
「そうですわね。有事の際には、一般の方はすぐに避難させてくださいませ」
 そう言った後、ラズィーヤは金鋭峰と頷き合い、壁際のソファーから立ち上がった。
「ご歓談中ではございますが、ここで皆様にお見せしたいものがございます」
 場内が静まりかえり、ラズィーヤと鋭峰に皆の視線が注がれる。
「こちらのスクリーンをご覧ください」
 天井からスクリーンが下りてくる。
 鋭峰の側近が映写機をセットし、スクリーンに映像を映し出す。
 それは――炎色のイコンだった。

○    ○    ○


「暗くなってきましたね……」
 如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は空に向かって声を放つ。
 自走式パイプオルガンに乗って、魔法資料館から少し離れた場所を、パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)と回っていた。
 目は見えないけれど、太陽の光の温かさが消えたことに、日奈々は気付いており、日暮れを感じ取っていた。
「んー、良く見えないな〜。バラバラで歩いてくるってことはないだろうし」
 光翼型可翔機・飛式(宮殿用飛行翼)を使って、空から見回っていた千百合だけれど、日が落ちたことで、地上の様子は空からではかえって確認しにくくなっていた。
「異常な足音とかは今のところないですけどぉ……。襲撃、本当にあったとしたら……早いうちに、見つけたい、ですよねぇ……」
 遅くなれば、避難の為の時間が短くなるから。
 日奈々は五感を駆使して、人々の動きを感じ取り、怪しい音がしないかどうか探っていく。
「そうだね……あ……れ……」
 再び、空を見上げた千百合は、違和感を覚える。
 星の他に、光るものがあった。
 飛空艇――は、そんなに珍しいわけではないけれど。
 ちょっと大きいような気がする。
 そして……。
 ぱらぱらと黒い影が、落ちてくる。
「……うっ」
 遠くからでも、感じる力の波動。
「千百合、ちゃん……っ」
 空気を揺らすような振動を2人共に感じていく。
「龍、騎士団だ……」
 まだ、その姿ははっきりと見えはしないが、エリュシオンの神を中心とした騎士団。龍騎士団の訪れに間違いがなかった。
「日奈々、連絡。あたしは……仕掛けるっ!」
 千百合は空へと飛び立った。
「はい……っ」
 日奈々は携帯電話を取り出して、魔法資料館にいる警備員に電話をかけた。
 すぐに避難するようにと返事が返ってくるけれど、避難なんて出来ない。
「会場には、力のない、人も……いるんですぅ……」
 日奈々は楽器を奏で、『怒りの歌』『嫌悪の歌』を歌って千百合をサポートする。
 千百合は竜の波動を、下りてくる物体に放った。
 塔の壁を蹴り、『神速』『先の先』『軽身行』で、急接近。
「やっぱり……っ!」
 魔法資料館の方へ降下してきたのは、ワイバーンに乗ったエリュシオン人だった。
 最初の攻撃で軽く体勢を崩した従龍騎士に、地百合は『則天去私』を打ち込んでいく――。
 後に、2人は心意気は褒められるものの、百合園の生徒会から軽く叱られる。
 2人だけで挑んだこと。
 そして、攻めてくるかもしれないというのは、あくまで予想であり。
 攻められる前に攻撃を仕掛けては、相手により交戦の口実を与えてしまう、から。

 龍騎士団は魔法資料館の屋上へと下りてくる。
 日奈々から警備員へ、そして屋上で警戒をしていた白百合団員の風見瑠奈から無線で白百合団員へ緊急連絡が入る。
 ラズィーヤは室内に留まり、教導団の金団長がわずかな護衛と共に、屋上に対応に赴いた。
 招待客として訪れていた雲雀白竜も、後を追う。
「団長、危険です、団長……っ」
 身を案じる雲雀の制止を聞きもせず、金団長は屋上へと向かっていく。
「金団長……」
 白竜にはなんとなく、団長の目論見が解る。止めはせず、後からついていく。
「我は、エリュシオン帝国第二龍騎士団、団長アイアス!」
 屋上に声が響き渡る。
 ドラゴンとワイバーンに屋上の空は覆われていた。
「帝国軍に所属する技術者が数名、ここに拘束されいているいう情報が入った。ただちに技術者の解放と、我等帝国軍の産物を引き渡せ」
「ここには、帝国軍の人なんていません……っ」
 瑠奈が必死に恐怖心を抑えながら対応している。
 契約者で、実力のある彼女でも、神であり巨大な力を持つアイアスや幾人もの龍騎士達を前にしては、震え上がらずにはいられない。
「シャンバラ教導団、金鋭峰だ」
 凛とした声が響き渡る。
 屋上に到着した金団長がアイアスの前へと歩み出る。
「ほほう、シャンバラ国軍のトップにお会いできるとは。またとない機会というべきか」
 ドラゴンの上から、アイアスは金団長を見下ろしている。
 龍騎士、従龍騎士の武器が一斉に金団長へと向けられる。
 雲雀はいつでも庇えるよう、団長の隣に立つ。
「ここに貴殿らが求めるものはない。お帰り願おう」
「我等は、卑劣な手段で貴公らが手に入れた力を、回収しに来た。それがこの場にないというのなら、代わりに別の力を削ぐまでよ!」
「この場には、民間人も存在する。宴の場に攻め込むというのであれば、卑劣なのは貴殿らであろう」
「その民間人から、我等は先に攻撃を受けている。しかし、民間人であるが故、命までは奪ってはおらぬがな」
 千百合と日奈々のことだった。
 従龍騎士数名に深手を負わせるも、龍騎士を傷つけるまでに至らず、彼女達は倒されていた。
「もう避難の時間は十分稼いだであろう。これより、攻撃を開始する!」
 アイアスが言うと同時に、従龍騎士が降下する。
 そして空からもっと多くの影――獣の形をした機械が落下してくる。
 屋上と、資料館の周りへと。
「シェルターへ向かう」
 小さな声でそう言い、金団長は階段へと急ぐ。
「行ってください!」
 雲雀は階段室の前に立ち、金団長の盾となり飛び掛かって来た機械獣を防ぐ。
「行かせない……行かせないっ!」
 灼骨のカーマインを乱射し、機械獣の四肢を破壊していく。
「無茶はするなといったはずだ。共に来い!」
 途中で止まり、金団長が雲雀に声をかける。
「は、はい……っ」
 機械獣を突き飛ばすと、雲雀も階段を飛び降りるように下りて、室内のシェルターへと向かっていく。
「こちらへ」
 援護に多くの契約者が屋上へと向かっている。白竜は、金団長の避難経路確保に努めていた。
「任せてくださいっす」
 羅儀もまた、屋上へと駆け付け、襲い来る機械獣に向けて、灼骨のカーマインを撃つ。
 雲雀の攻撃で倒された機械獣が入口に散らばっているせいで、敵の侵入は緩やかだった。
「ヒャハッ」
 時折、奇声を発しながら冷徹に確実に、羅儀は機械獣の動きを止めていく。
(もとより、襲撃の可能性は十分抱けました。本来ならこの場では国軍として包囲網を張るべきではいのか……そんな疑問を持っていましたが)
 注意深く、金団長の動きを見守ってきた白竜は彼の真意をおおむね察していた。
 この晩餐会、御披露目会が囮であったこと。
 そして、今、自ら金団長自身が囮となるべく、龍騎士団と対峙したこと。
 帝国が求める物はここにはないといった、金団長の言葉は――おそらく真実。
(団長が無傷ですむよう、動くまで……)
 白竜はあえて尋ねはしない。
 金団長をシェルターへと導きながら、突破して入り込む機械獣を奪魂のカーマインで撃ち倒していく。