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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

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【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
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リアクション

 
第17章 思考に擬態するもの

「現在の質量、初期値のおよそ75%……この減少速度のままだと、1時間経たずに消滅します!」
 計器を見ながら、ルカルカ・ルーが言った。
 あっという間、と言ってもよかった。
 巨大な良雄は、その形は変わらないが、みるみる小さくなって行った。
「戦力が全く足りないか……」
 長曽禰少佐が呟いたところで、御座船の方から、大勢の龍騎士達が出てくる。
 向こうでも、同じ判断がされたのだろう。
 当初はダイヤモンドの騎士を始めとする何割かが斥候として出ていたが、ついに全員が出てきたのだ。
 その時、都築少佐から連絡が入った。
 長曽禰少佐は、短く打ち合せを交わしてすぐに通信を切る。
「飛空艦を分散させるんですか?」
 短い会話を耳にして、ルカルカが訊ねた。
「敵は多いです。
 今迄通り、密集隊形を組むべきかと思いますが」
「そうもいかないだろう、ここまで巨大じゃな。
 頭上付近にいる敵だけを撃墜しているわけにもいかない」
 制服の襟を緩めながら、長曽禰少佐は御座船の方を確認する。
「御座船は動かないな……。
 1号艦もこのまま待機。
 良雄のサイズが縮むなら、それに応じて高度を変えろ。ここは頼む」
 ルカルカに言って、長曽禰少佐は身を翻す。
「少佐?」
「俺も出る」

 高さの変わった良雄に合わせて、艦隊も降下する。
「1号艦が巨大良雄の頭上に残る。
 2号艦はこのまま沈んで、高度40キロ地点で良雄の周囲を周回する。ジャンプの波動に気をつけろ。
 3号艦は足元付近まで下がれ。
 機能が低下するようなら、崩落予想範囲外に着陸しても構わない。
 プラヴァー隊、スーツ部隊は、飛空艦護衛機も残らず巨大良雄の防衛に回れ。
 格納庫に動けるイコンを残しておくなよ。
 全戦力を使って当たれ」
 2号艦、都築少佐の指示に、3号艦から、航空に支障はありません、滞空します、という返答が入る。
 大熊丈二
「よろしいのでありますか?」
と訊ねた。
 全ての戦力を良雄の防衛に向ければ、艦の護りで手薄になる。
 何かあった時の為、都築少佐の護衛の為に、丈二はヒルダ・ノーライフと共に、貸与スーツを装備していたが。
「いい。助っ人連中が残っていれば充分だ。
 どうせこっちに襲撃してくるのは稀だ。
 近くに、もっとでかい餌があるんだからな」
と、巨大良雄の姿を見遣ったところで、汎用スーツとは違うデザインのパワードスーツが巨大良雄に向かって行くのに気付き、
「ナガか」
と苦笑した。
「都築少佐?」
「長曽禰少佐が出たな。ついに我慢の限界が来たか」
「長曽禰少佐が?」
 特に驚く様子もない都築少佐に、丈二は意外そうに訊き返す。
「元々あいつは生徒思いだし、スーツの扱いも一番上手い。開発者だからな。
 多分、実験データが必要な時には、自分を使ってやってるだろうし。
 普段はそれなりに冷静なんだが、いつだったか、
 スーツの実用テストを兼ねた実戦にデータ取りで同行して、業を煮やして
『スーツはこう使うんだ!』
 とか言って飛び出して、一人で敵を全滅させたことは、今でも将校クラスの酒の肴だぜ」
「お強いのですのね」
 イコナ・ユア・クックブックの言葉に頷く。
「強えよ。
 本当は、戦闘能力だけでも、もっと上の階級を持ってていい奴だ。
 戦力不足だし、暫くは指揮官じゃなく、戦闘員をやってて貰うか」
 前線任務がいいから、と昇格を拒んでいた斯波大尉といい、全く物好きな奴等が多いものだと思う。
 長曽禰少佐は、階級よりも夢を選んだ。
 いつか、魔鎧のように、一瞬で装着できるパワードスーツを作りたい。
 その目標の為に、彼は今回の任務に任命されるまで、技術科で日々研究に明け暮れていたのだった。



「つまり、異物への自浄作用ではなく、ナラカの住人にとって、俺達は美味そうな餌に見えていたということか?」
 1号艦の護衛として周囲に陣取る、ルカルカのパートナー、英霊の夏侯 淵(かこう・えん)が言った。
「その上、生きたパラミタ人よりも、ああして想像を具現化させたモノの方が、より美味いようだな」
 大きさもあるのかもしれないが。
 機関室に篭っていては翼が凝る、と前線に出ることにした、ドラゴネット姿のカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も言う。
 飢えた獣のように、衝撃派で落とされ、踏み潰されて死んでも、絶えることなく次々と巨大良雄に群がる。
 その勢いには圧倒されるほどで、鬼気迫っている感じすらした。
 比べれば、艦隊に向かって来るのはついでと言ってもいい。
 勿論全くゼロではないし、ダイヤモンドの騎士のトラウマの具現化が、船の壁を突き破って内部を襲撃した例を見れば、油断は禁物だが。

「それにしても」
と、カルキノスは淵を見下ろす。
「何だ?」
「巨大化したせいか、益々ちみっこく見えるな」
「ちみ言うな!」
 小さいという単語に過剰反応する淵が、すかさず言い返す。
「――なっ……!?」
 そしてはっとした。
 周囲に、わらわらと、大量のちみっこが氾濫し、ちまちまと走り回っている。
 淵の膝上までの大きさ、足元が見えないほどの大量の――ミニ淵が。
「――おまえか!」
「淵じゃないのか?」
 二人は具現化させた責任をなすり付けあい、ちみっこ達はちまちまと走りまくる。
 どうやら、この具現化したもの達にはウミウシは取り付いていないらしく、ただわらわらと走り回るばかりだ。
 いっそウミウシに変われば、まとめて焼き払うこともできるのだが、とカルキノスはやりにくそうに言った。



「流石御人、俺の想像の斜め45度上を行きやがる」
 下っ端の不良がエリュシオン大帝。
 遠い世界の人になりやがったもんだ、と、先を越されてしまったような、一抹の寂しさを覚えたりもしていたのだ。
 そんなセンチな気分を叩き割るこの状況。
 もう、口を開けて唖然とするしかない感じである。
「まあいい、とりあえず護りに行くぜ!
 良雄を食ってる奴を片っ端からボコにすりゃいいんだな!」
と、夢野 久(ゆめの・ひさし)はとりあえず御座船を降り、巨大良雄の防衛についた。――つもりだったが、話が何だか変な方に向いた。

「そういや、想像が具現化するって言ってたな。
 悪いが俺には、心を無にするとか、そういう器用な真似は無理だぞ」
「そうよねー」
 脳内は邪念の塊、パートナーの魔女、ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)も深く頷く。
「だったらせめて、マイナスにならねえ物を想像できればいいのか」
「それって、エロいこととかエロいこととかエロいこととか?」
「違うっ。
 例えば、あの良雄をビビらせて、カツアゲジャンプがもっと早くなって地面突き破るのも早くなるんじゃねーかってことだ!」
 と、つまり久も、良雄に関わる全員が考えたことを考えたのだった。
「あ、なるほどねー」
「……いや、実際早くなるかどうかは解らんけど。つーか」
 久は苦渋に満ちた表情で額を抑えた。
 良雄をカツアゲしているパラ実生。
 咄嗟に、一人の人間が思い浮かんだのだ。というか、その一人しか連想できなかった。
「いかん、どうしても伏見の奴を連想しちまう……」
「明子ちゃん?
 やーだ、本人が聞いたら怒るわよ?
 あの子確かに怖いけど、カツアゲなんてしないし、むしろされてたら助けに入る側じゃない」
「解ってるんだが、怖い奴、っていうとな……」
 むしろそれは、自分のトラウマなのか。
 ……。
 見詰め合ったまま、二人は想像する。
「……戦いに集中するか」
「そうね」


「ちょっと――!
 誰よあんなもん具現化させたのは――!!!」
 御座船防衛についていた伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、その甲板で絶叫した。
「おやおや」
 と、パートナーの奈落人、水蛭子 無縁(ひるこ・むえん)も、それを見て笑う。
 そこに、巨大な明子がいた。
 最も、巨大と言っても100メートルほどだ。
「しかも何あの中途半端なデカさ!
 ビッグ私を出すならちゃんとビッグな私にしなさいよ!」
「どの部分に怒ってんだよ、明子」
 英霊の九條 静佳(くじょう・しずか)が呆れる。
「それにしても、あまり余計なことを考えない方がいいね。
 特に英霊なんて、皆何かしら抱えているものだし……って兄上!?」
 そこに、恨みがましく静佳を見ている兄の姿が突然現れて、静佳はぎょっとした。
 ぢぃっ、と静佳を見た後で、彼は突然後ろを向いて座り込み、いじけ始める。
「ちょ、ちょっと! 何拗ねてんだよ、兄上っ。
 え? 僕の方が人気が高いから?
 何言ってんだよ、そんなことないよ、歴史の教科書では僕よりも人気だよ!
 9年前の大河では、主役の超ライバルで、すごくかっこよかったよ!! 語りだってやってたじゃない! 超ライバルっていうか準主役だよ!
 えーと、まあストーリーはね、うん、色々大変だったね。諸行無常だよね、仕方ないよ。元気出して!」
 静佳は必死に兄を宥める。

「トラウマだぁ?
 トラウマってそりゃあ、セーラー服なんぞになってる自分自身がトラウマに決まってるぜ。
 つまりトラウマはねえ! そういうこった」
 セーラー服魔鎧、レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が、ふんぞり返るような口調で言ってから(今も明子が装備中なので、そんな動作は不可能なのだが)、はっ、と気付いた。
「いや、ひとつだけ……いや、いやいや、だけどこんなところに出てくるわけねえしな! うん、大丈夫だ」
 勿論、想像力の赴くところに、制限などないのである。
「ギャ――ッ! マイ嫁!
 おま、何でこんな所に――!!」
 ずん、と現れたその姿に、レヴィは恐怖の絶叫を上げた。

 無縁は、うっとりとした顔を明子に向けた。
「相変わらず、惚れ惚れするようないい体しとるのう」
「ちょっ……」
 ずざっ、と明子が引く。
「いやいや、らぶりーな意味ではないぞ。
 こう、戦いに向いていそうな理想的な体、ということじゃ」
「……それはそれで、何だか複雑だわ」
「いやいや。それに比べてわしなんぞ、実体化できたところで、憑依できなくば逆に役にも立てぬ。
 ちうか、ナラカでは何もできぬゆえ、パラミタへ行ったのじゃがのう…………て、おや?
 何じゃ、ウミウシがワラワラと……。
 はっ、ひょっとしてワシ今ねがてぃぶ?」

 その時、
「んが――ッ!」明子が、ウミウシ兄を蹴り飛ばし、
「くわ――ッ!」ウミウシ嫁をどつき倒し、
「うお――ッ!」ネガティブウミウシを薙ぎ払い、
「ごあ――ッ!」ついでに、ウミウシ私を斬り捨てた。

「鬱陶しいッ! 揃いも揃って取り憑かれてんじゃないわよ!」
「つーか、どうしておまえ何ともないんだよ」
 兄も嫁もネガティブもウミウシに変貌したというのに、明子は、ウミウシどころか具現化すら出さない。
 レヴィが呆れる。
「決まってるでしょ。
 この私に、トラウマなんて無いからよ!」
 明子はキッパリと言い放つ。
 ああ、その脳みそをウミウシも避けたわけだな……
 ふっ、とレヴィは目を細めた。
 それにしても、あの掛け声はどうなんだ、と、それは離れた所で見ていた久の心の突っ込みだったが、無論本人に伝えられることはなかったのだった。