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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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【ニルヴァーナへの道】浮遊要塞アルカンシェル(後編)

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「フリッカ、こちらです」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は、手を上げて、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)に居場所を知らせる。
「駅に向かっていた人達が、特に混乱してるわ! 乗り物の強奪も始まってるみたい」
 宮殿で会議に参加していたフレデリカは、空京の混乱を知りグリューエント・ヴィルフリーゼ(ぐりゅーえんと・う゛ぃるふりーぜ)と共に、エターナルコメットに乗って急いで駆け付けたのだ。
 先に到着していたルイーザは、空京警察や、現場で情報統括に当たっている鮪達に状況を聞き、情報を取りまとめてフレデリカ達を待っていた。
「涼介さん、ミレイユさん達の避難所は既に満員のようです。ですが、怪我人の受け入れは行っているようです。広い庭がありますので、そこに集まっていただいて、家族、知り合い毎のグループで別の避難所に移動していただくことも可能かと思います」
「わかったわ。とにかく危険な場所から離れてもらって、正確な……市民が知るべき情報がきちんと受け取れる場所に、皆を避難させることが優先よね」
 一般の人々には知らせるべきではない情報も、宮殿にいたフレデリカは知っている。
 この混乱を抑えるにはどうしたらいいのだろう?
 街では、クラクションが鳴り響き、怒声や悲鳴、泣き声が響いている。
 ただ、軍服を纏って避難誘導に当たっている者がいる場所は、比較的落ち着いた避難が行われているようだ。
 フレデリカには、国軍の制服も、ロイヤルガードの制服もない。
 だけれど、契約者として、ミスティルテイン騎士団員として、空京の人々を放ってはおけない。
「要塞に突入して、進行を止めるために頑張っている方々がいます。敵の攻撃目標になる可能性の高い、危険な宮殿で対策を練っている方々もいます」
 フレデリカは、エターナルコメットで飛びながら、混乱していく人々に大声で呼びかけていく。
 ドォン――
 遠くで爆発音が響いた。
 女性の悲鳴が響く。
「国軍がミサイルを撃ち落とした音です」
 ルイーザがフレデリカに伝える。
 フレデリカは頷いて皆に、呼びかける。
「前線で命を賭して戦っている人達がいます。どうにもならない時には、駐留軍が、空京に入る前に撃ち落としてくれます。私達だって……!」
 飛んできたミサイルの破片を、空で警戒に当たっていた者が粉砕した。
 フレデリカは落ちてくる細かな欠片の方へと、フェニックスを召喚して焼き尽くす。
「最期まで契約者として、誇り高いシャンバラ市民として空京を護って抵抗するつもりです!」
 フェニックスを背後に、そう宣言をする。
「計画を立てた奴は今、この状況をみてほくそ笑んでいるに違いない。そんな奴は許せないし、悔しいだろう?」
 グリューエントは、塀の上に立ち、不敵な目で声を上げる。
「だったらそんな奴の思い通りに動くのはやめて、こんな混乱にも動じない誇り高いシャンバラ市民として、毅然とした態度を見せ付けてやろうじゃないか」
 人々の間に、どよめき声があがる。
「大切な人と手を繋いで、落ち着いて安全な場所へと歩いてください」
 幸せの歌で語りかけながら、フレデリカは道を示す。
「女王陛下がご無事なら、皆が飢えることはない。繁栄は私達の手で取り戻すことが出来る」
 そんな声が市民の口から上がった。
「子供や女性を優先に。道を開けてくれ」
 進んで、交通整理を行おうとする人々も出てきた。
「走ったり、立ち止まったりせずに歩けば、数分で避難所に着けます」
 フレデリカはほっと軽く息をつき、人々を避難所の方へと導く。
「そうだ、助け合えば切り抜けられる。守ろうとしている奴らの気持ちも無駄にしないためにな」
 グリューエントは、笑みを浮かべながら、塀から飛び降りてフレデリカの先導の下、避難誘導に務めていく。

 街中の大通り。
 普段は買い物客で賑わうこの道も、大きな荷物を持った人々で溢れていた。
「ひったくりよ! 誰か捕まえてーっ!」
 女性の声が響くが、誰もそれどころではなく自分の荷物を守りながら避難場所を探している。
「人の物を盗んだらダメですよ」
 唯一、神崎 輝(かんざき・ひかる)だけが、ひったくり犯の前に飛び出す。
 犯人は老人だった。
「空京全部が狙われているわけではないですから、交通手段が制限されても、物資は不足しませんよ」
 輝自身も突然のことに恐怖を感じていたけれど、動揺は見せずに老人を説得していく。
 老人はうなだれているだけだった。
 激励、震える魂の能力で、輝は老人を励ます。
「警察に行っている時間はないですから、先に避難していてくださいね」
 盗んだ荷物を取り返すと、輝は老人を捕縛はせずに女性の元に急いだ。
「ありがとうございます。ありがとうございますっ」
 女性は何度も輝に礼を言い、荷物を抱えて走っていく。
「危険なのは、宮殿と駅と、本土と島を結ぶ鉄橋のようです。そちらと反対方向に避難すると良いみたいです!」
 契約者として政府や警察に協力を申し出たわけではなく、携帯電話やラジオ、銃型HCを用いて、一般人が得られる情報だけを見て、輝は避難誘導に協力していた。一般人の一人として。
「この道を抜けた先で、空京警察の人が避難所の案内をしているようです。慌てずに進みましょう!」
 だけれど混乱している人々に声はあまり通らない。
 拡声器でもあればなと思ったその時。
「これ以上、パニックになったら目も当てられない」
 楽器を担いで避難していた少女が突如、停車中の車の上に飛び乗った。
「何をなさるつもりです……!?」
 同行していた女性、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が驚きの声を上げるが、構わず少女――綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、マイクを設置し、アコースティックギターを構えて、大きく息を吸い込んだ。
 ゆっくりと音を鳴らして、大きくとも、柔らかなメロディーを。
 マイクを通して、さゆみは奏でていく。
 さゆみは歌手になることを夢見て、ストリートミュージシャンとして活動を始めたばかり。
 今日も、ライブに空京を訪れていた。
 この行動は、そんな自分に何が出来るだろうと考えた結果だった。
 音だけで、歌詞だけで、この状況を鎮めることは出来ない。
 だから、さゆみは幸せの歌に、想いを込める。
 ――本当は、自分も怖い。
 足がすくんで、動けなくなってしまいそうだ。
 蹲って泣き出したいくらいに。
 だけれど、それでは何の解決にもならないから。
 ここに集まっている人達も、一人では無力だ。
 要塞を止める力を持っている人も、空京島から瞬時に逃げ出す能力も誰も持っていない。
 だから、一緒に。
 止めようとしてくれている人々を信じていよう。
 ただ、傍観者になるだけではなくて、立ち向かっていこう。
 歌が届いている全てに人に、優しく、暖かく、包み込むように。
 時には力強く励ますように。
 希望を持ってもらうために――。
 さゆみは歌い続ける。
「素敵な歌……そうですよね。声には力があります。さあ、周りをよく見てください。流れに乗って避難所に向かいましょう!」
 輝はさゆみの歌に乗せて、激励で周囲の人々を励ます。
「……ええ、軍と警察の方々の指示に従って、避難いたしましょう」
 驚いていたアデリーヌも、さゆみの歌と輝の励ましで、人々が落ち着きを取り戻していく様子を確認した。
 アデリーヌは穏やかな微笑みを浮かべて誘導に現れた警察官の方を指差す。
 人々は動く歩道に乗っているかのように、列を守って流れに乗って歩き出した。

 群衆が去った後。
 すっかり燃焼して虚脱状態になっているさゆみに手を伸ばして、アデリーヌは地面へと下す。
「素敵よ、さゆみ」
 そして、簡潔で心の籠った賞賛の言葉をかけた。