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リアクション
空京、住宅街の外れ。
普段は自治会館として使われている施設が、今は避難所として使われている。
「皆と一緒に、ここにいれば大丈夫ですから。何かあっても急に立ち上がったりしないでくださいね」
逸早く避難所を設営し、人々のケアに努めているのは涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)とパートナー達。
涼介は老人に優しく声をかけていく。
突然の避難を強いられたため、驚いて腰を痛めてしまったり、転んで怪我をした人々も避難所に運ばれていた。
「そうですね、無理に動かしたりしないよう固定しておきましょう」
落ち着かない様子の老人に優しく微笑みかけて、施設内にあった布を用い、怪我をした箇所を固定していく。
事態は刻々と変化している。今はここに避難している人々も、別の場所に移動することになるかもしれないのだ。
「気分が悪い方は、楽な姿勢でいてください。大丈夫ですよ」
笑顔で優しく話しかけ、治療を施していく。
命のうねりを使って、外傷も治していくが、心的なストレスによる症状はそれだけでは癒すことは出来ない。
「寒くはありませんか? スープやハーブティーを隣の部屋に用意いたしました。落ち着きますわよ?」
エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が涼介が診療を行っている部屋に顔を出す。
「身体を温めておかないと、いざという時に動けませんし」
「いただきます」
「私も」
微笑みかける彼女共に、治療を終えた者達が次々と隣の部屋に移っていく。
「情報も十分に届いてますから、落ち着いて待とう!」
「そうそう、いろんな情報が入ってきてるよ!」
銃型HCで情報の送受信をしているヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)が涼介の言葉に続けて、元気に人々に話していく。
「空京で怪我した人は、びっくりして転んだ人とか、避難しようとして事故を起こしちゃった人ばかりで、浮遊要塞の攻撃で怪我した人は一人もいないんだって! 皆の家も勿論無事だよー。皆が頑張ってくれてるから、大丈夫って知らせが色々な方面から届いてる」
そして、アリアは屈託のない笑顔を浮かべる。
「そう、ですね」
女性が弱い笑みを見せた。
人々の心は治療魔法よりも、こうした涼介達の優しい声と笑顔に癒されていく。
「じゃ、お家に大事なもの沢山置いてきちゃったんだね」
クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、食堂で避難してきた家族の話を聞き、励ましていた。
「でも、一番大事なものはここに揃ってるから、大丈夫だよ! 早くお家に戻れるといいね」
一番大事なもの……それは勿論、家族だ。
「うん!」
事態をよく解っていない子供が、明るい返事をした。
「ごはんのまえだったの。ハンバークだったんだよ、ね?」
子供が母親に顔を向けると、母親は不安を隠して、優しく頷いた。
「そっか! 家に帰ったら、沢山作ってもらおうね」
「うん!」
クレアの言葉に、子供はまた元気よく頷く。
母親はクレア目を向けると、何も言わずに軽く頭を下げた。
クレアも何も言わずに微笑んで会釈をする。
不安なのは……クレアも一緒。
届く情報に、まだ皆を安心させられるようなものはない。
ここもいつ危険な状況に陥ってもおかしくはないのだ。
だけれど人々に不安を与えないために、クレアも笑顔でいた。
「具合の悪い方はいませんか? 何か困っていることがある方も、言ってくださいね」
エイボンは皆にそう声を掛けながら、スープとハーブティーを配っていく。
「マスクがありましたら、家族分欲しいです」
「咳止めありますか?」
そんな声の他に。
「材料があるようでしたら、料理、手伝わせてください」
「掃除道具は何処ですか?」
次々に人々から前向きな声も上がっていく。
避難生活を送る決意をした人々の言葉だ。
「はい! マスクと薬はすぐに用意します。掃除道具は、あちらの用具入れの中です。料理は……では、夕食は手伝っていただけましたら嬉しいです」
エイボンは微笑んでぺこりと頭を下げると、薬を取りに隣の部屋にぱたぱた走っていく。
「こんな場所に押し込めてどうするつもりなんだ! 家にいたって変わらないだろ」
「宮殿とか頑丈な場所に避難させるべこでしょ? うちには小さい子供もいるのよ!」
落ち着いている人々ばかりではなくて、心無いことをいう市民も多くいた。
「宮殿はターゲットになるかも知れないから危険なんだよ。宮殿や駅に近い家もね。皆一緒にいれば、助け合って行けるから。だから、ちょっとの間我慢しよ?」
ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)は、命のうねりやナーシングで人々を治療しながら、話を聞いて、説得をしていた。
理不尽な暴言を受けることもあたけれど、皆が不安に思う気持ちを理解して、受け止めて。
ミレイユは誠心誠意、人々を癒し、避難所への誘導を続けていた。
(不安で怒ってる人もいるけれど、こっちの避難所は涼介さん達の適切な処置のおかげで、何とかなってる。よかった……)
「大丈夫だ、害意を感じる存在はいない」
デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)がミレイユにそっと言う。殺気看破で警戒をしているが、隠れて近づく者や、害意を持った存在は感じれらなかった。
「とはいえ、空京にいるレンからの情報によると、状況はどう変化するか予測が立て難いようだ。どちらにせよ、我らがすべきことは決まっているがな」
デューイの言葉に、ミレイユは頷く。
「皆を守るんだよね」
「そうだ。これ以上被害がでないよう、動く」
ただ、それだけだ。
そう思いながら、デューイは気配を探り、注意を払っていく。
「ここなら大丈夫です。優しい先生が適切な治療をしてくださいますよ!」
そこに、爽やかな笑顔を浮かべた青年が、老婆を背負って近づいてくる。
右手は泣き出しそうな顔の、小さな女の子の手をしっかりと握りしめて。
「ああ、ミレイユさんではありませんか。このご婦人を頼みますね。ちょっと足を痛めてしまったようです」
「あ、うん。こっちで座っててくださいね。あまり痛みがひどいようなら皆と一緒に、魔法で治すね」
青年――ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が運んできた老婆を、ミレイユはとりあえず玄関に座らせた。
「はいはい、こっちですよー! お嬢さんも、お姉さんも、奥さんも、こっちですよー!!」
ルークは集団で避難してくる団体に向かって手を振った。
「こちらでは治療も炊き出しも行っているそうです。落ち着いて待ちましょうね」
言って、ルークは腰をかがめて、一緒に訪れた小さな女の子の頭を撫でた。
こくんと少女は頷く。両親とはぐれてしまったようだ。
「もう大丈夫って知らせが入ったら、ちゃんと家まで送ってあげますから、全然平気です。何も心配しないで、遊んでていいんですよー」
ルークは少女の背を押して、炊き出しが行われている部屋へと連れて行ってあげた。
それから、玄関へと戻ってきて、皆の誘導に戻ろうとするルークに。
「……」
デューイがそっと温かいハーブティーを差し出した。
「ありがとうございます。まだ、危機は去っていませんが……これから、かもしれませんが」
早く、笑顔が戻ってほしいとルークは思う。
英雄になりたいとは思わない。
ルークが欲しいのは、ほんの少しの笑顔だから。
「特にそう、女性の笑顔は素敵です! 先ほどのご老人も、きっと昔はピチピチヒップだったに違いありません! さっきの女の子も将来は素敵なボインボインに成長すると思います!」
それからそれからと、ルークは出会った女性達のことを語っていく。
「彼氏いない歴=年齢と思われるお局グループの皆さんも、輝いていた頃があったはずです! その美しき日々と笑顔を思い出すだけで、元気が湧いてくるではありませ……」
バタン
部屋へと続くドアが開き、怒りの形相の掃除道具を手にしたお姉様達が姿を現した。
「……」
デューイは既に、そっと彼の傍を離れていた……。
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