リアクション
* * * * * * * * * * 蕎麦、大豆、ひえ、粟、キビ、ジャガイモ、サツマイモ……。 それらを畑に植え終えた松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は、息を吐き出した。彼の通った後には綺麗に盛られた土が整然と並んでいた。 「ふぅ。あとは排水の穴と砂の投入で水はけを良くして、堆肥をまいて……ああ。土の改良もあるか。まだまだだな。時間が余れば畑も広げなくては」 口にして作業する順番を確認し、先が長いことに少しだけ苦笑。しかし、すぐに顔を引き締める。 排水の穴は雑草を捨てる場所と兼用で掘り。砂と堆肥を土に混ぜ。現在の土の成分を調べるため、サンプルをとる。まだ収穫量が少ないので、畑も増やさなくてはならない。 「植物によっては土の好き嫌いがあるからな。慎重に行かねば」 一口に植物、といっても育て方はまったく違う。同じ土。同じだけの水を上げていても根腐れしやすかったり、しにくかったり。虫がつきやすいものもあれば全然つかないものもある。 真剣に畑と向きあう岩造から少し離れたところでは、ドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)と武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)が井戸造りのために穴を掘っていた。 水はこのニルヴァーナにとって、とても貴重だ。畑には優先的に水を回してもらっているが、もっと安定して補給できるに越したことはない。さらにはなるべく近くが便利だろうと『鉄の龍神』がダウジングで水脈を探して、2人で掘っていた。これでもう3つ目になる。 そろそろ出て欲しいところだが。 「どうじゃ?」 「ん〜、中々でねぇ……お?」 交代しつつ掘っていた2人だが、今はドラニオが掘っているようだ。『鉄の龍神』の問いかけに穴の底で首を振り、目を見張った。少しだけ、土が湿っている。 シャベルをもう一度土に突き刺し、掘る。その土の下から染み出ているのは……。 「水、だな」 「ほお、それは良かったが、念のため水を調べねばの」 「ちょっと待ってくれ。もう少し掘れば」 もう少し掘り進めて水を小さな瓶に入れたドラニオは、それを『鉄の龍神』に渡す。 「ではわしはこの質を調べてくるかの」 「んじゃ、俺は畑の方でも手伝っとくぜ」 『鉄の龍神』の背を見送ってからドラニオが畑へ向かうと、ちょうど見学者たちもやってきたころだった。 彼らを横目に、ドラニオが岩造の手伝いをしはじめる。 見学者たちの説明は、あらかじめ案内役のトゥーラに伝えているので問題ないらしい。 「井戸の方は進んだのか?」 「ああ。とりあえず水は出た。念のため、水の検査に行ってる。他のところで調べた時大丈夫だったからいけるだろうけどよ。念のためにな」 「それが無難だな」 自分たちの常識があまり通じないニルヴァーナ。別のところが大丈夫だからと言って安心はしない方がいいだろう。 黙々と畑を耕したり、肥料をまいたり、している2人の元へ『鉄の龍神』が戻って来る。 「どうやら問題ないようじゃ。ついでに申請もしてきたぞ」 「うーし、じゃあ始めるか」 ドラニオと『鉄の龍神』、岩造はしばし話し合った後、それぞれの担当へと戻って行く。 「よし。今日はもう少し畑を広げるか。その後で作っている肥料の様子を見て……」 トラクターに乗りこんで畑の面積を広げていく岩造。なんだか妙に、似合っていた。 * * * * * * * * * * 「現在育てているのは、地球やシャンバラから持ってきた食物です。育てやすく強い、蕎麦、大豆、ひえ、粟、キビ、ジャガイモ、サツマイモですね。 最初はやはり苦労したようですが、中々順調なようです。井戸も先ほど畑近くで水が出たとのことですから、農作業しやすい環境が整いつつあります」 トゥーラの話を真剣に聞く見学者たち。やはり食の問題は大きい。中でも実家が農業を営んでいるという少年が、細かい質問をしてくる。トゥーラは嫌な顔一つせずによどみなく答えていった。 「問題点としましては、やはり周辺にいる魔物に対する備えと、触っていただいたら分かる通り土はまだまだ改良しなければならない点でしょうか」 そして良いところだけでなく悪いところも隠すことなく語る姿勢に、ハーリーが「へぇ」と楽しげな声を出した。 「ちなみにこれが、もしもこの畑で作られた作物を基地の中で売るとした時の最低価格だヨ」 「……たけぇな」 「まだまだ物流が安定してないからネ。ほとんどが支給品で、自給しているのは食べ物の一部だけだシ」 ディンスは、見学者の中でも特にハーリーやニコーラと会話していた。ハーリーとは土地や経済の話をしつつ、情報を得ようと腹の探り合い。ニコーラとは『魔法』をキーワードにする。 「建物を建てるには、あの真ん中に見えるアンテナ塔の中に設置される予定の管理部ってところに申請する必要があるヨ。今は仮小屋で別の場所にあるけどネ。 だから魔法具のお店を出すにも、そこで申請すればいいヨ。魔法具はイルミンスール生としても、気になるネ」 「はっはい」 ニコーラの緊張は、中々溶けないようだ。身体を縮めてしまった。ディンスはすぐに意識を切り替える。 「じゃあ次は街道を見に行こうヨ。まだ始まったばかりだけど、お二人とも興味あるでショ?」 ハーリーだけでなくニコーラの目も真剣になったのを見て、ディンスは自分の選択肢が間違っていなかったことを悟る。 (ちゃらちゃらしてても、おどおどしてても、商人ってことだネ) 中々、有望な人物と出会えたのかもしれない。 * * * * * * * * * * 「アンテナ塔はまだ建設中ですが、アンテナ機能や鳥よけ、発電室に関してはすでに機能しております。 水に関しては井戸の建設やため池を。あと病院も建設中で、生活環境は整いつつあります。 食料は、現在のところ狩りによる現地調達もしておりますが、やはり輸送物資に頼る部分も多々ありますね」 はきはきと分かりやすい説明を交えて基地の中を案内しているのは六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)だ。情報を発信する立場なだけあり、緊張が皆無なわけではないが、やはり慣れているようだ。 優希は、ゆっくりと足を進めていた。 「輸入については輸送費が非常にネックですが、大量仕入れによって価格を抑えられ、手が出る様な金額になれば事業拡大のチャンスは大いにあると思いますよ。商売人としての腕の見せ所ですね」 笑みを浮かべて茶化すように言うと、見学者の中からも「おう、任せろ」などという明るい声が返って来る。 大分緊張はほぐれて来たらしい。 「みなさん、そろそろお昼ですし、食べに行きませんか? 中継基地名物『大甲殻鳥の焼き鳥』、美味しいですよ」 ちょうどお昼時であったので、一緒に食事をとって緊張を解いてもらおうと優希は一軒の店に案内した。 「いらっしゃいませーご主人様!」 元気よく響いた声は、殺風景なニルヴァーナの中で浮いていた。見学者たちは、メイド服姿のユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)を見て、ぽかーんとしている。 「め、メイドカフェ?」 誰かがそう呟いてしまうのもしょうがない。 「わぁ、団体様だね。ちゃんと席とってあるから大丈夫だよー」 込み合う店内を上手く誘導し、奥の席へと向かう。全員が座ったところで、注文をする。 「焼き鳥とスープを人数分。カニちゅうの刺身を3人前、で間違いない?」 注文の確認に皆が頷き「じゃあちょっと待っててねぇ」そう言ってユウは厨房へと向かった。 (みんなの疲れを癒やすのよ! 天使! そう、オレ様ちゃんが天使!) ただ歩いているだけでもやたらと愛想を振りまくユウ。が、途中で良い男を見かけ、彼のスイッチ(何スイッチかは不明)が入る。 男の人と話をするため、ウェイトレスの補充へと向かった。 「おかしい……ボクは何故またこんな格好を」 厨房でフリルを揺らしながら、皆川 陽(みなかわ・よう)が料理を作っていた。大甲殻鳥の鳥ガラでダシをとったスープに、大甲殻鳥の肉をのっけた、大甲殻鳥ラーメンである。 美味しそうだが、ラーメンを作るメイドとは、なんだか不思議な光景だ。 例のごとく、ユウにほぼ無理やりメイドの服を着せられてしまった。それでもまだ厨房なら人の目がないし、とこうして働いている。それでも揺れるフリルが気になるのか。いつもより動きが小さくなっている。 と、そこへ狩りに出かけていたテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)が帰って来る。背負った大きな袋から鳥の足が見えた。どうやら店に出すメニューたちの材料を狩りに行っていたらしい。 「あ、おかえり」 陽が出迎えの言葉を告げると、テディは動きを止めた。その姿に見とれてしまったのだ。 (誰かなんとかしろよあの変態。被害者が出ても知らないぞ! と思っていたがこれは、いいな。可愛い。いいぞもっとやれ) 陽の可愛いメイド姿を見れるなど、大事な主のために、と汗水流したかいがある。 そんな折にユウが厨房に顔を出す。 「ちょっとウェイトレス足りないから、来て」 「え、ちょ……この格好(メイド服)で人前には出たくないって言ってただろ! やめろ! やめろーーー!」 やってきたユウに引きずられる陽。 (嫌がる姿も可愛いなぁ) とか思って見守るテディ。そして陽のためにも、狩りをがんばろうと改めて思う。 「誰にも見せたことのない、わたしの大事なものがなくなっちゃったの」 そうしょんぼりと、目当ての人と話を始めるユウ。ちなみに大事なものとはお仕事ネタ帳(エロくて腐っている)らしい。 「なぁ。実際、この基地の防衛力ってのはどんなもんなんだ?」 ハーリーが、料理を泣く泣く運んできた陽に声をかける。すでに店を営んでいる陽に聞きたかったのだろう。 「防衛? ん〜、契約者は、基本的にみんな戦闘能力があるワケで、だから契約者が集まる=防衛力があるワケで。 その意味もあって、契約者さん達が集まる場所としてお店やってるのもあるよー。うん」 「なるほどねぇ」 深く考え込んでしまったハーリーに、陽は「おかしなこと言ったかな」と首をかしげつつ、とりあえず料理を置いていく。 優希は、こっそりと隣に座っているニコーラに話しかける。 「基地の外に出たら危険かもしれませんが、彼が言ってるみたいに中は安全です。特に魔法具のお店は競合店は殆どないので、チャンスだと思いますよ?」 「え、は、はい……」 優しく話しかけても、俯いてしまうニコーラを見ていると、優希は昔の自分を見ている気分になった。 「私も昔、俯いてばかりいました」 「えと?」 「でも、パートナー達と出会えたことで、変われました。 ニコーラさんも独り立ちをされるようですし、今が変わるチャンスじゃないでしょうか?」 小さく。小さくニコーラが呟く。私でも、変われるだろうか、と。優希は力強くうなづいた。 「あなたに変わろうとする気持ちがあるなら」 その時は、良かったら私にもお手伝いさせてくださいね。 そんな言葉に、ニコーラは基地に来てから初めて笑みを見せた。 「はい。ありがとうございます」 |
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