リアクション
◆プロローグ◆
フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)たち一行が大瀑布へ、セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)たちが西の遺跡へと向かった後の中継基地。
何やら、アンテナ周辺に大勢が集まっている。
「探索に出た皆が帰ってきた時に、完成したアンテナ塔で迎えられるように、頑張ろう!」
「おおー!」
気合いを入れるように拳を突き上げたルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、同じく拳を天へと突き上げ返事をする施工管理技士たち20名。
とてもやる気満々のルカルカたちの元へ、1人の男がやって来る。
「ルカ。セレモニー開催は問題ないようだが、校長は出られないそうなのでな。ラクシュミ(空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん))にお願いすることにした」
「ほんとっ? よかったぁ」
書類片手に報告へとやってきた彼、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の言葉を聞いて、ルカルカは笑顔になった。
彼女たちは、探索に出かけたメンバーが帰ってくる前にアンテナ塔だけでも完成させ――すべての施設完成は無理なので――塔の落成セレモニーを行おうとしていた。
予算や時間の関係からそう派手な式はできないが、きっとみんなの慰めになってくれることだろう。
「まだ気を抜くのは早い。大瀑布までの往復はかなり時間がかかるだろうが、余裕があるわけでもないからな」
「分かってるってば」
ダリルへ頷きを返してから、ルカルカはアンテナ塔を見上げた。機能自体は果たしているアンテナ塔。現在はその外壁部分に取り掛かっており、大雑把な形はできあがってきている。
まだ色も絵もない白の壁があるだけなのだが、これから『時代の最先端の最先端』を突っ走る仕上がりになっていくのだろう。
(生活し探索する全ての人が安心して帰れる場所、通信で繋がる場所を作る事。それは探索隊の活動を背後から支える大切な事。
戦うだけが軍人じゃない。こういう基盤整備こそ忘れては駄目なのよ)
真剣に塔を見つめるルカルカの横で同じように塔を見上げたダリルは、できあがりを想像して『楽しみなような、怖いような』と苦笑を浮かべた。
「気合い入れすぎて、怪我するんじゃねえぞ」
「……よし。休憩を入れる。全員、しっかりと身体を休めろ」
他のパートナーたち、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と夏侯 淵(かこう・えん)は、現場で直接指揮を執っていた。
しかしいったん休憩となったため、ルカルカの元へとやって来た2人はダリルに気付き、目で尋ねる。ダリルは頷いた。
「ああ。式典はオーケーだそうだ。急がねばな」
「そりゃよかった」
「建設のスケジュールはどうなっている?」
ほっとしたのもつかの間。すぐに話し合いを始める4人。急がなければならないが、手を抜いても意味がない。すぐ壊れるような施設では困る。他にも同時進行の施設もある。
「ぐぎぁぎぁごごぉ?」
奇妙な唸り声が4人の傍から聞こえた。目を向けると、恐竜……の着ぐるみを身にまとった誰かと、美しい金の髪をなびかせた女性がいた。女性が頭を下げる。
「吾輩(わたし)はクロウディア・アン・ゥリアン(くろうでぃあ・あんぅりあん)。この子はテラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)といいます。ルカルカ・ルー殿に話があるのですが」
「私に?」
きょとんと首をかしげるルカルカに、クロウディアが頷く。
「吾輩たちは道を作ろうとしているのだが、貴殿も同じく道を作ろうとされている、とジェイダス殿に聞いたのでな」
なるほど、とその場にいた誰もが頷く。つまりクロウディアは、協力を申し出ているのだ。
街道を担当していた淵が進み具合を話す。
「ルートは3つある。地図で見ると、こうなるな。最短のルートはここ。だがここはモンスターが多い。また風が強く、砂の影響で視界も悪い」
「となると、残り2つ。しかしここは遠回り過ぎる」
「ああ。ここまで遠回りになればまたコストがかかる。現実的ではない」
話し込み始めたクロウディアの後ろで、テラーがじっとカルキノスを見上げていた。
「ん、なんだ?」
「ががぁぐぉー」
恐竜になりきっているテラーは、もしかしたらカルキノスに仲間意識を抱いたのかもしれない。が、残念ながらカルキノスに言葉は伝わらなかった。
テラーが手を振って必死に何かを訴えている。カルキノスがそれを必死に読み解こうとする……そんな奇妙な光景を、ルカルカが少し頬を緩めながら見ていた。
「……では、吾輩(わたし)たちが街道は引き継ごう。商会の為、我輩の為にも、必ず成し遂げて見せる」
「後ほど手配した資材が届くはずだ。これが資材の内容になる。確認してくれ」
ダリルが書類を手渡す。
「テラー、いくぞ」
「がぉ!」
現場へと向かうクロウディア。テラーは現状をよく理解してなさそうだが、「よーし、がんばるぞー」という気合いが見える、気がする。カルキノスに手を振ってからクロウディアの後を追いかけていった。
道中、グランギニョル・ルアフ・ソニア(ぐらんぎにょる・るあふそにあ)とドロテーア・ギャラリンス(どろてーあ・ぎゃらりんす)を拾い、現場へとたどり着いたクロウディアは、グランギニョルとドロテーアに街道建設を手伝うように言う。
「なぜわらわが、そのようなことをしなければならないでありんすか?」
「あ、テラー。さっきお菓子もらったのよ。一緒に食べよう」
しかしながらまったくやる気のない2人。ドロテーアに関してはテラーしか見えていないようだ。
そんなグランギニョルとドロテーアを見て、テラーが「がぁおぉ」としょんぼりした。なんと言ったかは、やはり分からないが「2人とも手伝ってくれないの?」と言っている気がする。
かっと見開く、銀と青の瞳。
「エージェント・Tが応援するから手伝うだけでありんすよ」
「テラー! ドロテーア頑張るからね!」
効果はバツグンだ!
兎にも角にも、テラーの応援によりやる気を出したグランギニョル(現場監督)とドロテーア(書類仕事)にその場を任せ、クロウディアは基地の中を奔走し始める。
使えるだけの資金を使い、道づくりのプロたちを呼ぶ。ジェイダスからオーケーも出ている。自身で動かせるお金と合わせ、考えうる最高の手立てを打って行く。
(安全な道を選んだとはいえ、危険が0というわけではない。護衛の手配もしなければ。基地から遠ざかれば資材の輸送も必要になるな。さらにはどのような作りにするかでも変わって来る、か)
さまざまなことがクロウディアの頭を流れていく。
(あとでジェイダス殿のところにも顔を出して、援助の礼と今後のつながりを作っておくとして……)
やることはたくさんある。しかしクロウディアの顔には、笑みがあった。
「基地へと続く道の開拓。この大きなプロジェクトを達成すれば、我輩の商会が機能するだけでなく、我が『陽竜商会』の宣伝にもなる。
なんとしてでもやり遂げてやろうではないか」
基地から延びる道は、躍進の道でもあった。
* * * * * * * * * *
「あの〜、この盗難事件ってなんですかねぇ?」
管理部の受付嬢は、その声に「はい?」と顔を上げる。目の前には、ピンクの髪をツインテールにしたどこか色気の漂う女性――
雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)がいた。
リナリエッタが指差しているのは、『盗難事件にご注意』の張り紙。受付嬢は1つうなづいてから、分かっている情報について話しだした。
「それが書いてある通り盗難事件、ではあるんですが、盗まれているものがどうも奇妙で」
「奇妙?」
苦笑した受付嬢が、今まで盗まれたもののリストをリナリエッタに差し出した。ざっと見てみれば、奇妙、な理由がすぐに察せられた。
・日記
・下着
・えっちなほん
・ポエム帳
などなど。金銭的価値はあまりないが、他者に見られると恥ずかしいものばかり。
「あと、どうもギフトのような影を見た……という方もいまして」
「犯人はギフトかもしれないわけねぇ」
他に分かっていることはあまりないらしく、リナリエッタはギフトのことも念頭に置きながら管理部を後にする。
「アキュートッ。アキュ〜ト〜」
「ん、どうした?」
管理室の戸を開けた瞬間に聞こえてきたのは、どこか焦った子供の声。目を向ければ、子供ほどの大きさの四角いロボ――機晶姫と思われる――と、依頼掲示板の前にいた1人の男が見えた。
機晶姫は
ハル・ガードナー(はる・がーどなー)、男は
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)。焦りの声を上げたのはハルの方らしい。
おもちゃのような手を必死に動かして「大変さ」をアピールしていた。
「ボクの、ボクの大事なねじ巻きが無いんだよ〜」
「ねじ巻き? って……ああ、いつも持ち歩いてる、あのねじ巻きか?」
「うん。テントも食堂も、トイレも探したのに、どこにも無いんだよ」
顔には出ないものの、ハルの声がだんだんと涙声になっていく。そんなハルに、リナリエッタが声をかけた。
「それってもしかしたらぁ、コレのせいかも」
「んぁ? 盗難事件発生中?」
「なんだか、人が恥ずかしいと思う物を盗むみたいよぉ」
「恥ずかしい……うん。えと、その」
話を聞いたハルは、先が丸くなった手で顔を押さえた。
ハルには記憶がない。
ねじ巻きは、そんなハルが記憶を失った時からずっと持ち続けていたものだ。
本来、機晶姫のハルにねじ巻きなど不要。しかしハルの背中にはねじ巻きの穴があり、それを巻いてもらうと、ハルはとても落ち着けた。怒っていることも、悲しんでいることも、すべて忘れ……ただひたすらに安心して元気が出る。
(でも、赤ちゃんが抱っこせがんでるみたいで、ちょっと恥ずかしいんだけどね〜)
「ま、他にも困ってるやついるだろうし、捕まえるか」
犯人を捕まえるべく、協力して罠を張る。おびき寄せる餌としてアキュートが『アイドルコンサートのチケット』を、リナリエッタが『パンツ』を用意した。
もしも『恥ずかしくないのですか? リナリエッタさん』と尋ねたならば、彼女は堂々とこう答えるだろう。
「元々はいてないから未使用品よ! 恥ずかしくないわ!」
まじでぇっ? とか思って身を乗り出したそこの君! 廊下に正座してなさい。
良く意味が分からなかったそっちの君! そのまま清い君でいてください。
チケットとパンツを餌にし、アキュートが大蜘蛛で罠を。リナリエッタが逃げられても後を追えるように、とパンツとチケットに絆の糸をつけておく。
さらには念のため、とカメラも設置。これで完璧だ。
ちなみにその時ハルが何をしていたかと言うと、必死に穴を掘って落し穴を作っていた。明らかに地面の色が変わっているが、可愛いから良しとしよう。
そうして3人が息をひそめて隠れること10分。それはそれは素早い影が、罠を横切っていった。
一瞬遅れて大蜘蛛が反応するも、すでにパンツとチケットはそこにはなかった。すぐさま糸の続く方向へと駆けていくが、途中で糸の反応が途切れてしまう。どうやら糸に気づいて外したらしい。
「予想以上にすばしっこい上に、知恵がありやがるな。蜘蛛の生態についても分かってるみてぇだし」
「ん〜? 今の影。子供っぽく見えなかったぁ?」
「うん。ボクとあまり変わらなかった」
「しょうがねぇ。カメラ見てみるか」
仕方なく罠の場所に戻り、カメラを確認して見る。そこに映っていたのは――
「さ、サル?」
緑の風呂敷を背負ったサルだった。
管理部前の張り紙の一枚に変更が加えられた。
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・奇妙な盗難事件が頻発していますので、注意してください。
※サル型ギフトが犯人と判明。見つけ次第、捕まえてください。
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「ん? なんか騒がしいな」
「そ、そうですね」
基地へと足を踏み入れた、とある男女が首をかしげた。基地の見学希望者、
ハーリー・マハーリーと
ニコーラ・アグゥリアだ。
彼らがここを気にいるかどうか。それはこれからのニルヴァーナを占う大事なことなのだが、よりにもよって盗難事件で騒がしい時に来てしまった模様。
さてさて、どうなることやら。